Chapter 1 of 5

今は昔、もうずっとの昔のことですが、北海道にコロボックンクルという、妙な神様が住んでおられました。その時分はまだ北海道には日本人が一人もいなくて、山には熊、川には鮭、そして人間といえばアイヌ人ばかりでした。だからコロボックンクルはアイヌ人の神様でした。この神様は大変体が小さいものですから、雨の降った日でも日の照った日でも、それが丁度屋根のようなつもりで、暇さえあると、蕗の葉の蔭に休んで一服することが好きなのだそうです。だからアイヌ人がこの神様のことをコロボックンクルと呼ぶのは、それはアイヌの言葉で「蕗の下の神様」という意味なんです。

ところが、この小さい神様のコロボックンクルはそんなに体が小さい癖に、大の悪戯好きで、無暗に、人間――と言っても今も言った通り、それはアイヌ人のことですが――と競争することが好きで、そしていつもアイヌ人を出し抜いては喜んでいました。と言うのは、例えばアイヌ人の誰かが山へ姥百合を掘りに行くとしますと、そこは神様のことですから、いつの間にかちゃんとそれを知ってしまって、先廻りをするのです、そしてアイヌ人の出かけて行った時分には姥百合をすっかり取ってしまっておくのです。或は又、アイヌ人が川に魚を捕りに行こうと思って、網をもって出かけるとしますと、それをどこかの蕗の葉の下から見付けると、早速その小さい体を兎のように走らして、やっぱり先廻りをしてその辺の川にいる魚をすっかり捕ってしまうのです。

すると、アイヌ人は「チョッ!」と舌皷を打って「又コロボックンクルさんが悪戯をしたな。仕様がない、帰ろう、帰ろう」と言って、別に腹を立てた顔もしないで、すたすたと帰って行くのです。と言うのは、前にも言った通り、悪戯好きの神様ではありますが、コロボックンクルはなかなかなさけ深い神様で、そうして人を出し抜いて取った姥百合でも、魚でも、その外何でもそれを決して自分の物にはしないで、それぞれ平等にアイヌ人たちに分けてやるのでした。

けれども、誰だって実はこの神様の姿を見た人はないのでした。歌っている声や、話をする声は誰にも聞えますが、肝心の姿は隠れ蓑という、姿を隠すものを着ていますので、誰にも見えないのです。だから、いろいろの物を持って来てくれるにしても、人の家の入口から品物だけを差し入れるようにして、そして姿を見せずに帰って行くのでした。誰かがその訳を聞くと、神様の仲間では人間に姿を見られることは、この上もない恥としてあったのだそうです。

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