Chapter 1 of 24

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怪星ガン

海野十三

臨時放送だ!

「テレ・ラジオの臨時ニュース放送ですよ、おじさん」

矢木三根夫は、伯父の書斎の扉をたたいて、伯父の注意をうながした。

いましがた三根夫少年は、ひとりで事務室にいた。そしてニュースの切りぬきを整理していたのだ。すると、とつぜんあの急調子の予告音楽を耳にしたのだ。

(あッ、臨時放送がはじまる。何ごとだろうか)と、三根夫は椅子からとびあがって、テレ・ラジオのほうを見た。その予告音楽は、そこから流れでていたし、またその上の映写幕には目にうったえて臨時放送のやがてはじまるのを、赤と藍とのだんだら渦巻でもって知らせていた。

テレ・ラジオというのは、ラジオ受信機とテレビジョン受影機がいっしょになっている器械のことだ。みなさんはすでに知っておられることと思うが。……

(臨時放送は、まもなくはじまる。そうだ、すぐおじさんに知らせておかなくては。……あとで「なぜそんな重大なことをおしえなかったのか」などといって目をむくおじさんだから、知らせておいたほうがいい)

三根夫は、事務室をとびだすと、廊下を全速力で走って、いまものべたように、伯父の書斎までかけつけると、扉をどんどんたたいたのである。

なかから、大人の声が聞こえた。

「臨時ニュースの放送か。よしわかった。……鍵はかかっていないよ。こっちへはいってミネ君も聞くがいい」

伯父は三根夫のことを、いつもミネ君と呼んでいる。探偵を仕事としている伯父のことだから、なかなか気むずかしいこともあるが、ほんとはやさしい伯父なのである。

三根夫は扉をあけて、書斎にはいった。

伯父の帆村荘六は、寝衣のうえにガウンをひっかけたままで、暗号解読器をしきりにまわして目を光らせていた。このようすから察すると、伯父は夜中にとび起きて、なにかの暗号をときにかかったまま、朝をむかえたものらしい。

伯父の頭髪はくしゃくしゃで、長い毛がひたいにぶらさがって目をふさぎそうだ。卵形をしたりっぱな伯父の顔は、たいへん色が悪く目ははれぼったい。三根夫は伯父に同情し、そしてまた仕事に熱心すぎる伯父の健康についてしんぱいになった。三根夫がはいっていっても、伯父はちらりと、ひと目だけ甥を見ただけで、あとはふりむいても見ず、声をかけようともせず、ますますいそがしそうに暗号解読器をまわしつづけているのだった。

そのとき、臨時放送がはじまった。

アナウンサー田村君の声が、いつになくきんきんとするどく響く。――

「お待たせしました。臨時ニュースを申しあげます――」

すみの三角棚のうえにおいてあるテレ・ラジオがしゃべりだす。その器械のまん中にはまっている映写幕には、アナウンサー田村君のきんちょうした顔がうつっている。

「――地球連合通信。九時五分発表。

サミユル博士以下六十名の搭乗しております宇宙艇『宇宙の女王』号が遭難したもようであります。

その遭難地点は、地球より約四千万キロメートルのところと思われます。

『宇宙の女王』号が金星探検のために宇宙旅行をつづけていたことは、みなさんよくごぞんじの通りであります。

地球時間の本日七時五十五分に『宇宙の女王』号は謎の文句をのせた無電を放送いたしました。その文句は、

『……航行不能におちいった、どこの故障なるや解くことをえず。艇および艇内気温異様に急上昇す、室温摂氏三十五度なり。乗員裸となる。二等運転士佐伯、怪星を前方に発見す、太陽系遊星にあらず、彗星にあらず、軌道法則にしたがわずふしんなり。ただいま突然、怪星怪光をあげて輝き、にわかにわれに接近す。われいまや怪星ガン』

電文はここで切れております。

それいらい『宇宙の女王』号よりの無電連絡はとだえておりまして、すでに一時間余を経過しており、同号の安否はすこぶる憂慮されております。

同号は、非常のときに五種の救難信号を発するように設備せられていますが、いままでにその一つもつかまらないのであります。それから推察して、『宇宙の女王』号は、まえに読みました謎の無電の停止した直後に、おそるべき破壊または爆発をとげたものではないかと思われます。

なお、遭難地点にちかき空間を航行ちゅうの宇宙艇にたいし、救難のためその地点へ急行するよういらいをしましたが、調査によれば約三隻あり、そのもっとも近きものは、現場より千三百万キロメートルをへだてた空間にある宇宙採取艇ギンネコ号であります。

以上がただいまお知らせすることの全部でありますが、十時の定時ニュースのときに、ついか放送することがあるはずでございます。

サミユル博士の『宇宙の女王』号遭難説に関する臨時ニュース放送をおわります」

国際電話で

臨時ニュースを聞きおわって、三根夫は、すがりつくように伯父のほうへ目を向けた。

すると帆村は、いつのまにか暗号器からはなれていて、小さな腰掛のうえに腰をおろして足を組み、膝のうえにメモをひらいて、鉛筆をにぎっていた。三根夫が見たとき、帆村はメモのうえに書きつけた速記文字を熱心に見入っていた。

「おじさん。たいへんなことがおきたものですね」

すると帆村は無言のままメモを持って立ちあがり、しずかに事務机のうえにおいた。このとき帆村の唇が、ぎゅっとへの字にまがった。それはこの名探偵が、何かある重大なる手がかりをつかんだときにするくせだった。

「おじさん。どうしたんですか」

三根夫は、伯父からしかられるだろうと思いながらも、そういって聞かずにはいられなかった。

「うん。これはまさに重大事件だ。わら小屋の一隅に、マッチの火がうつされて、めらめら燃えあがったようなものだ。見ていてごらん。いまに世界じゅうをあげてさわぎだすようになるだろう」

「いまではもう世界的事件になっているではありませんか。臨時ニュースで放送されるくらいですもの」

「いや、それでもいまは、まだマッチの火がわら束にうつったくらいだ。やがで世界じゅうの人々が火だるまになってわら小屋からとびだしてくるだろう。――おや、おや、僕はとんでもない予言をしてしまったね。予言することは、このおじさんはほんとは大きらいなんだが……」

そのとおりであった。伯父は、事件の捜査にあたって、いろいろな証言や証拠品がそろって、もうだれにも「かれが犯人だ」といえるようになっても、伯父はけっしてそれを、ひとにいわないのだった。また次の日、犯人がある場所へあらわれることを知っていても、それをけっしていわない人だった。そういうときは、伯父はその日になってその場所へいって待っている。そして犯人がほんとに姿をあらわしたときに、伯父ははじめて「そうだ。そうこなくてはならなかったのだ」と一言つぶやくのがれいだった。

だから伯父帆村荘六が、いままでになく『宇宙の女王』号の遭難事件が、やがて全世界の人々をすっかりおびやかすほどの大事件にまで発展することを予言したのは、伯父がこの事件について、よほどおどろいたせいなのであろう。

いや、さもなければ、伯父はなにかこういう事件の発生を待ちかまえていたところだったので、臨時ニュースを聞いているうちに、それだと知ってきゅうにおどろいたのかも知れない。伯父がメモに取った速記は、いまの臨時ニュースの全文のうつしなのであろう――と、三根夫は思った。

「世界じゅうの人々がさわぎだす事件て、それはいったいどんなことが起こるんですか」

「さあ、それはしばらくようすを見まもっているしかないね」

このときはやくも伯父は、いつもの慎重な探偵の態度にもどってしまった。

そのときであった。けたたましい呼出し音響とともに外から電話がかかってきた。

「お、きたようだ」

帆村は、かれにしか意味のわからないことをつぶやいて、電話機のほうへ足早にいった。

かれがスイッチを入れたのは、国際電話の器械のほうだった。やはりテレビジョンがついていて、電話をかけてくる相手の顔が映写幕にうつる方式の電話機だった。

映写幕のなかに、血色のいいアメリカ人の顔がうつった。顔の背景に、宇宙図が見えていた。

「やあ、ミスター・ホムラ。ぼくはきみを引っ張りだす役目を仰せつかったのだ。うちの社できみを雇って、出張してもらおうというんだがね、行先は宇宙のまっ只中だ。聞いたろう、さっきの臨時ニュース放送を……」

ぶっきら棒に、さっそく用件を切りだしたそのアメリカ人は、ニューヨーク・ガゼット新聞の社会部記者として名の高いカークハム氏だった。そして彼カークハム氏は、これまで二、三の事件を通じて帆村荘六と知合いなのであった。

「だしぬけにぼくを引っ張りだして、どういう仕事をやれというのかね、カークハム君」

そういう帆村の声は、いつもの落ちついたしずかな調子であった。

「明朝はやく、こっちから『宇宙の女王』号の救援艇が十隻出発する。その一つにきみは乗るんだ。もう救援隊長テッド博士の了解をえてあるが、きみは『宇宙の女王』号の捜査にしたがうんだ。そして記事を全部わが社へ送ってくれるんだ。わが社は、それを新聞、ラジオ、テレビジョンを通じて特約報道としてアメリカはもちろん全世界にまき散らすんだ。――もちろんきみは引きうけてくれるね」

「その他に条件はあるのかね」

「ない。それよりはきみのほうの条件を聞かしてくれ」

「条件は別にないよ――おッと、ちょっと待ってくれ、カークハム君」

帆村は送話口でしゃべるのをちょっと中止して、横へ首をのばした。そこには三根夫がいて、しきりにじぶんの鼻を指さしていた。

「ゆきたいのか。……ふーん。しかしひどい目にあって泣きだしても知らないよ。大丈夫か。きっとだね」

帆村は小声の早口で甥とはなしてから、ふたたび映写幕のなかのカークハム氏と向きあった。

「条件はただ一つ。ぼくの甥の矢木三根夫という少年をぼくの助手として連れていくこと。いいだろうか」

「オーケー。では契約したよ」

カークハム氏はにっこり笑った。

「救援艇の出発一時間まえまでに、社へぼくをたずねてきてくれたまえ。それまでにこっちはいっさいの準備と手続きをしておく」

三根夫の買物

えらいことになった。

きゅうに話がきまって、アメリカへ飛ぶことになった。――いや、アメリカどころか、何千万キロ先のひろびろとした宇宙のまっ只中めがけて旅立つのだ。

帆村荘六は、三根夫に、あと三時間の自由行動をゆるした。そして本日十三時に東京発の成層圏航空株式会社の『真珠姫』号に乗りこんでニューヨークへたつこととなった。それに乗れば目的地へ五時間でつく。

三根夫は、すっかりうれしくなり、顔をまっ赤にほてらせたまま、往来へとびだした。この三時間に、かれは宇宙旅行の準備をととのえるつもりだった。必要だと思ういろいろな品物を買いそろえなくてはならない。

それから、いとまごいをしておきたい先生や友だちも四、五人あったが、それを全部まわる時間はないかもしれない。テレビ電話をかけて、それでまにあわせることにするか。

いとまごいをするのは、それだけだ。三根夫には両親も兄弟もない。兄弟は、はじめからない。両親は、はやくに亡くなった。だから、一番近いみよりといえば、帆村伯父だけであった。

「さあ、なにを買って、持っていこうかなあ」

三根夫は商店街を歩きまわった。そしてぜひ必要だと思うものを買い歩いた。

たとえばかれは十冊ぞろいの名作小説文庫を買った。また愛曲集と画集を買った。それから工学講義録二十四冊ぞろいも買った。これらは艇内にとじこめられて、たいくつな永い旅行をつづけるあいだに、たのしんだり、勉強をするためだった。

受信機や万年筆や手帳やトランプやピンポン用具などは、買いかけたが、やめにした。こんなものは艇内にそなえつけてあるだろう。

薬品を買うひつようはないであろう。

服装に関するものもないだろう。靴なんかのはきものもいらないであろう。艇内には、そういうものを作ってくれる裁縫師や靴屋さんがいるであろうから。

だんだん考えていくと、ぜひ買っていかねばならぬ品物があまりないことに気がついた。

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