Chapter 1 of 4

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人造人間の秘密

海野十三

ドイツ軍襲来

「おい、起きろ。ドイツ軍だ!」

隣室のハンスのこえである。部屋の扉は、いまにも叩き割られそうである。

私は、自分でも、なんだかわけのわからない奇声を発して、とび起きた。

扉は、めりめりと、こわれはじめた。

「もしもし、今、扉を叩きこわしていられるのは、ドイツ軍のお方ですか」

私は、いそいでズボンをはきながら、入口の方へ、こえをかけた。

「おどけたことをいうな。この際に、ひとをからかうもんじゃない」

ハンスは、扉をこわすのをやめて、裂け目の向こうで、ふうふう一と息をついている。夜光時計をみると、ちょうど午前三時であった。

「おい、ハンス。これから、どうするつもりか」

「すぐフランス国境へ逃げださないと、もう間にあわないぞ、手取り早く、用意をしろ。――おい、早くここをあけないか」

「なんだ。あんなに大きな音をたてながら、まだ扉はあいてないのか」

「よけいなことは、一口もいうな」

ハンスは怒っている。

私は、ちゃんと服を着てしまったので、扉の鍵に手をかけた。

とたんに、それがきっかけでもあるかのように、戸外で、だだだだだン、だだだだンと、はげしい銃声がきこえた。

「あっ、機関銃の音だ! さては、市街戦が始まったんだな」

鍵をまわすのと、ハンスが室内へころげこんでくるのと、同時だった。

「今のを聞いたか。ドイツの落下傘部隊だ!」

「えっ、そんなものが、やってきたか」

私は、ドイツ軍の大胆さと徹底ぶりとから、大きな感動をうけた。

「おい、千吉。早くしろ、早くしろ。例のものを、持ち出すんだ」

「例のもの?」

「ほら、例のものだ。モール博士から預けられた例の密封した二本の黒い筒を持ちだすのだ」

「うん、あれか。あんなものを持って逃げなければならないか」

「もちろんだ。われわれ二人の門下生は、特に博士から頼まれてるのだ。博士の信頼をうら切ってはならない」

モール博士というのは、このベルギー国のモール科学研究所の所長で、私もハンスも、この門下生だった。博士は、ちょうどドイツ軍がオランダに侵入したことが放送された直後、われわれ二人をよんで、その二つの黒い筒を預けたのだった。

――非常の際には、君たちは、何をおいても、これを一本ずつ背負って逃げてくれ。そして世界大戦が鎮まって、わしが再び世にあらわれるまでは、それを各自が、ちゃんと保管していてくれ。もちろん、その密封を破ることはならない。もし、万一この筒を捨てなければならないときが来たら、底のところから出ている導火線に火をつけるんだ。だが、いよいよもういけないというときでなければ、火をつけてはならない。わかったね。――

モール博士は、長さ三十センチほどの、なんの印もついていない黒い筒を二本、二人の前に並べたのであった。

――博士、一体この筒の中には、なにが入っているのですか。いや、もちろん、それは秘密なんでしょうが、お預りする以上、その中身のことがいくらか解っていないと、保管するにしても、持ちはこぶにしても、用心の仕方がありますからね――

と、これは、私がいったのである。すると博士は、怒ったような顔になって、しばらく呻っていたが、やがて強いて自分の気分をほぐすように、広い額をとんとんと叩き、

――なるほど、そういわれると、君たちのいうことは尤もだとおもう。ではいうが、これは絶対に他人に洩らしてはならない。じつはこの二本の黒い筒の中には、わしが生命をかけて完成した或る兵――いや、或る器械の研究論文が入っているのだ。ここへ書いて置いては、焼けてしまうか、失ってしまうかだ。だから、君たち二人に委して、いざというときには、持ってにげてもらおうとおもう。殊に、これがドイツ側の手にわたることを、わしは、極端にきらいかつ恐れる。そういうことがあれば、天地が、ひっくりかえる。すべてがおしまいになる!

博士は、蒼い顔をしていった。

――博士。なぜドイツ側の手に入ると、万事がおしまいになるのですか。一体、どんなことが起るのですか――

と、私は、博士のおもっていることを、もっとはっきりしたいと考え、追窮した。

――それ以上、いえない。なんといっても、いえない。――

そういったきり、博士は、頑として、そのあとのことを喋ろうとはしなかったのだ。

ぐわーン。がらがらがらがら。

家が、大地震のように鳴動した。迫撃砲弾が、この建物に命中したらしい。もう猶予はならない。

「おい、ハンス。もう駄目だ。逃げよう」

と、私は友を呼んだが、そのときハンスは、黒い筒の一本を抱えたまま、ものもいわず、二階の窓から外へとびおりた。

ニーナのこえ

それ以来、私はハンスと、別れ別れになってしまった。

私も、自分に預けられた一本の黒い筒を小わきにかかえて、階段を下り、裏口から戸外にとびだした。そのときは、空はまっくらであったが、銃声と反対の方へ逃げだして、五分ぐらいたって、後をふりかえると、私たちのすんでいた町は、三ヶ所からはげしい火の手が起っていた。

砲声は、しきりに、夜の天地をふるわせている。気がつくと、頭上を、曳光弾が、ひゅーンと、気味のわるい音をたてながら、通り越して行く。しかもこれから私が逃げようという方角へ、その曳光弾はとんでいきつつあることを知ると、さすがの私も、足がすくんでしまうように感じた。

「これは、いけない。ぐずぐずしていると、ドイツ兵にみつかってしまうぞ」

日本人である私が、ドイツ兵に見つかっても、友邦のよしみをもって、大したことがないらしくおもわれるであろうが、今の私の場合は、そうはいかなかった。というのは、当時私たち日本人は、ことごとく、ベルギー国から引揚げてしまったことになっていたのだ。私は、或る事情のため、極秘にこの土地にのこっていたのだ。だから、もしドイツ兵に見つかれば、有無をいわさず、敵性ある市民、あるいはスパイとして殺されてしまうであろう。殊にモール博士から託されたこの黒い筒などをもっていることなどが発見されれば、さらにいいことはない。

「困った。これは、うまく逃げられそうもなくなったぞ」

私は、乾いて、やけつくような咽喉の痛みを感じながら、ぜいぜい息を切って、雑草に蔽われた間道を走った。走ったというよりは、匐いながら駈けだしたのであった。頼む目標は、イルシ段丘のうえに点っている航空灯台が、只一つの目当てだった。その夜、イルシ段丘の灯火が、ドイツ軍の侵入をむかえて、いつものとおり消灯もされずに点いていたことは、全くふしぎなことでもあった。だが、そのとき私は、こう思った。

「ふん、ドイツ軍のスパイがやった仕事だな。それにちがいない」

私は、それ以上、うたがいもせずに、どんどんと、灯台の灯を目がけて、前進した。足をとられてごろんごろんと転がること数十回、数百回。これでも私は、すぐ跳ねおきて、イルシ航空灯台の灯を目あてに、次の前進をつづけるのだった。

こうして、くるしい前進をつづけ、時間は、はっきり分らないが、約一時間以上かかって、私はようやく、上り坂になった段丘にたどりついたのであった。

砲声や銃声は、ひっきりなしに、鼓膜をうち、脚にひびいてくるが、幸いにも、この段丘附近は、しずまりかえっていた。私は、ほっと、息をついた。ここまで来て、どうやら、戦闘の渦の中から、うまく外れることができたように感じたからである。私は、にわかに、たえ切れないほどの疲労をおぼえて、そのまま段丘の斜面に、うつ伏してしまった。

それから、どれほどの時間が流れたのか、私は、全くおぼえていない。

私は、しきりに、算術の問題をとこうとして、くるしんでいる夢をみていた。

そのとき、私は、誰かに呼ばれているような気がした。

「千吉、千吉!」

ほう、私の名を呼んでいる。

(誰? お母アさん!)

「千吉、千吉!」

私は、はっと正気に戻った。

「千吉、千吉!」

私は、その場に、とび起きようとした。

「し、静かにして……」

その声が、私の耳もとに、ささやいた。そして、私の両肩は、下におしつけられたのであった。

電灯が、点いている。そして私は、ふんわりした藁のうえに寝ている。

「おや。君は、ニーナじゃないか」

私は、目をみはった。私の傍についていたのは、ニーナといって、私たちの住んでいたアパートの娘だった。彼女は、小学校の六年生だった。私は、ふしぎな気持になった。私は、ドイツ軍の侵入の夢をみながら、アバートで睡っていたのではなかろうか。

いや、違う。アパートには、こんな妙な室はなかった。ここの部屋ときたら、まるで工場の物置みたいである。

「あたし、ニーナよ。でも、千吉、うまく気がついてくれて、よかったわね。あたし、千吉はもう、死んでしまうのかと思ったのよ。だって、あたしが見つけたときは、千吉は、青い顔をして倒れているし、上衣は血まみれだし、シャツの腕からは、傷口が見えるし……」

「傷?」

私は、そのとき始めて、脈をうつたびに、左腕がずきんずきんと痛むのに気がついた。

「あっ、左腕をやられていたのか」

腕には、誰がしてくれたのか、ちゃんと繃帯がまいてあった。

そのとき私は、たいへんなことを思いだした。左手でわきの下に、しっかり抱えていた例の黒い筒は、どうしたのだろう。どこへいってしまったのだろうか。

怪しい設計図

私が、きょろきょろとあたりを見廻すものだから、ニーナはそれと気がついたらしい。

「どうしたの、千吉」

「大切な品物だ。私は黒い筒をもっていたんだが、ニーナはそれを見なかったかね」

ニーナは、にっこり笑った。

「黒い筒ならちゃんとあるわ」

「どこに?」

「千吉の寝ている藁の下にあるわ」

「えっ、ほんとうか」

私は、むりやりに起きあがった。そして藁の下に手をいれようとしたが、左腕を傷ついている私には、ちと無理だった。ニーナは、それをみると、自分の手を入れて、黒い筒を引張りだした。

「これでしょう?」

私は、うれしかった。正しく、それは、モール博士から預かった黒い筒だった。私は、それを右手にとって、筒をよく改めてみた。ところが、私は、筒のうえに、異変のあるのを発見しておどろいた。

「あっ、開けてある。誰が、この筒を開けたのだろう」

その筒のうえに、厳重に封をしてあったのに、その封緘が二つにひきさかれ、そして筒には開いたあとがついている。

私は、ニーナをにらんだ。

「ニーナ。君だね、これを開けたのは」

ニーナは、首を左右にふった。

「でも、君でなければ、誰がこれを開くのだろうか」

そういいながらも、私は、筒の中にどんなものが入っているか、それを早く見たくて、ならなかった。だから私は筒の一方を、両脚の間に挟むと、他方の端を右手にもって、引張った。

筒は、苦もなく、すぽんと音がして、開いた。私は、胸をおどらせながら、筒の中をのぞきこんだ。

すると、筒の中には、十五六枚の紙が、重ねられたまま巻いて入っていた。私は、早速これを引張りだして、ひろげてみた。

青写真だった。こまかく描いた、器械の設計図であった。急いで、一枚一枚、繰っていくうちに、私は、その青写真が、どんな器械をあらわしているかについて、知ることが出来た。

「おお、これは人造人間の設計図だ!」

私は、おどろきのこえをあげた。

人造人間! モール博士が、人造人間の研究をしていたことを知ったのは、今が始めてであった。博士が、自分の生命をうちこんで完成した器械というのは、人造人間の発明のことであったか。

「ふうん、大したものだ」

私は、むさぼるように、十八枚からなるその設計図を、いくどもくりかえして眺め入った。じつに、巧妙をきわめた設計図である。しかも、この人造人間は、新兵器として作られてあることが、分ってきて、私は二重におどろかされた。モール博士は、ベルギーの国防のために、このような大発明を完成したのであろうが、ドイツ軍のキャタピラにふみにじられた今となっては、手おくれの形となってしまったことを、私は博士のために気の毒にもおもい、またベルギー国のためにも、惜しんだのであった。

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