二 ターナー島の実名は四十島
『坊つちやん』が赤シヤツと野だに誘はれて釣りに行つた事がある。停車場で待ち合せて浜へ行つたといふその浜を若しこの高浜とするなら赤シヤツの気障説に阿諛して野だが『あの島をターナー島と名づけようぢやありませんか』と発議したといふ島は向ふに見ゆる四十島と想像したい。高浜の海岸に今一つ樹木欝葱たるもつと大きい島がある。岩礁の裾に一つ穴が明いて居て赭土色の禿頭の上へ捻つた枝の松を笄のやうに挿してる。野だが『あの岩の上に、どうです、ラフアヱルのマドンナを置いちや』といつた岩を左手の凸起と想像するのも一興だ。予は『坊つちやん』の心持ちを味ふ為め宿へ頼んで同じやうな釣に出て見た。世界丸といふ名前丈け素晴らしい欄干附の遊船で船頭としては遊び半分の漁師の子が三人乗つた。四十島まで六七町もあらうか。其蔭で綸を垂れた。船側に青竹を縛り付け手釣りの上下に滑りよき便りとする。餌は綺麗な小海老の尻尾を去つて鈎なりに刺す。鬼のやうな顔のホゲ(東京でおこぜ)が釣れた。それからメリンスの着物を着せたやうなギド(東京でべら)青ギドだの姫ギドだのナマイタギドだのが釣れた。折角釣れ盛つて来たら三人の小船頭が綸を縺らかした責任の塗り合ひを始め、『お前がねや』『わしがねや』と語尾にねやねやとつけ乍ら喧嘩を始めた。そいつを仲裁して済すと今度は陸から子供の盥船の一隊が波を掻き分けて来て、『世界丸よーい、おわえてみんかい』『おわえてみい』『世界丸よーい、世界丸よーい』と盥の中へ用意して来た石を投げる。こつちの小船頭等も応戦するといふ騒ぎで釣はおぢやんだ。赤シヤツが露西亜の文学者みたやうだねと洒落て軽蔑し乍ら然も三人で切りに釣つたゴルキといふ魚は坊つちやんの説明によると如何にもこのギドの事らしいが、いくら船頭に聞いて見てもゴルキなんて魚は無いときつぱり云つた。図中遠く向ふに見えるのがごゝ島。