Chapter 1 of 1

Chapter 1

だんだんと山の方へはいってゆく田舎の道ばたに、一軒の鍛冶屋がありました。その前を毎日百姓が通って、町の方へゆき、帰りには、またその家の前を通ったのであります。

「どうか、今年も豊作であってくれればいいがな。」と、話をしてゆきました。

家の内で、おじいさんは、その話し声を聞いていました。そして仕事をしながら、

「どうか、米や豆が、よく実ってくれるように。」と、鉄を打って、百姓のつかうくわなどを造っていました。

おじいさんは、できあがったくわを、店さきにならべておきました。百姓は、みんなこの店で、くわや、かまを買っていくのです。

「もう、くわの刃もへったから、新しいのを買って帰ろう。」と、一人の百姓は、店さきに並べられたくわを見ていいました。

「ああ、そうだ。私も買ってゆこう。」

「うちのくわも、だいぶん古くなったから、俺も買ってゆこう。」と、またほかの百姓が、いいました。

おじいさんは、話の好きな、いい人でありました。

「このくわは、私が念をいれて、どうか今年は豊作であってくれるようにと、神さまに祈って造ったくわなんだから、なかなかしっかりできている。」と、おじいさんはいいました。

百姓は、そこにあったくわを手に取ってながめました。

「なるほど、しっかりしている。」と、百姓はいいました。

そして、めいめいが、そこにあったくわを買って帰りました。

おじいさんは、自分の念をいれて造ったくわが、百姓の役にたつのを喜んでいました。

「あのくわなら、だいじょうぶだ。」と、おじいさんは、百姓が毎日手に力をいれて、田や圃で、くわを振り上げるようすを思って、独り言をしました。

すると、ある日のこと。いつかくわを買っていった百姓が、はいってきました。

「今日は。」

「おじいさん、せんだって買っていったくわは、まことにいいくわだが、重くて、手がくたびれます。もっと軽くして、造ってください。」といいました。

おじいさんは、「はてな。」と、頭を傾けました。どうして、そんなに重いだろう?

「ああ。わかった。私は、あのくわを造るときに、米や、豆が、たくさん実ってくれるようにとばかり思っていた。それだからだ。」

おじいさんは、うなずきました。

「こんど、軽いくわを造ってあげましょう。」といいました。

「どうか、そうしてください。」と、百姓は、頼んで帰りました。

おじいさんは、仕事場で、どうか軽くて、百姓が疲れないように! と心で祈りながら、鉄を打ち、くわを造りました。

「これなら、手の疲れるようなことはない。」と、おじいさんは、できあがったくわを取りあげてみて喜びました。

百姓は、やってきました。そして、そのくわを取りあげてみました。

「これは、軽くて、いいくわだ。」といって、喜んで持って帰りました。

「あれなら、だいじょうぶだろう。」と、おじいさんは思いました。

ある日のこと、また、いつかの百姓がやってきました。

「おじいさん、あのくわは、まことにいいくわですが、あまり軽いので、手ごたえがなくて困ります。もっと、いいくわを造ってください。」といいました。

「はてな。」と、おじいさんは、頭を傾けました。おじいさんは、どうかして、このつぎには、百姓の気にいるくわを造ってみようと思いました。

「よくわかった。そのうちに、いいくわを造っておきます。」と、おじいさんはいいました。

「お願いします。」といって、百姓は帰りました。

おじいさんは、仕事にかかりました。

「どうか、みんなの気にいるように、おもしろく働かれる、くわができるように。」と、鉄を焼いたり、打ったりしました。このくわが、できあがった時分に、百姓が、やってきました。そして、そのくわを手に取ってみながら、

「なるほど、このくわは、いいくわだ。これなら、私ばかりでない。みんなの気にいるだろう。」といって、持って帰りました。

その後で、おじいさんは、「あのくわなら、悪いことはあるまい。」と、思っていました。

すると、一日、また、百姓が、やってきました。

「おじいさん、ほんとうに、困ってしまいました。どういうものか、あのくわになってから、仕事を怠って、話ばかりしていて困ります。どうしたものでしょうか?」と、不思議そうな顔つきをして、いいました。

おじいさんは、この話を聞くと、しばらく黙って考えていましたが、

「なるほど、話のほうにばかり気をとられても困ったもんだ。こんどこそ、きっと、いいくわを造っておきます。」と、おじいさんは答えました。

「よろしく、お頼みします。」と、百姓はいって帰りました。

それからおじいさんは、仕事場にすわって、「よく土の掘れるように。」と、思いながら、鉄を打って、くわを造りました。百姓は、また店にやってきて、くわをもって帰りました。

「もはや、あの百姓は、なにもいってきまい。」と、おじいさんは思いました。

はたして、百姓は、やってきませんでした。ある日、顔を見合わすと、

「おじいさん、こんどのくわは、たいへんにいいくわで、みんな喜んでいます。」といいました。おじいさんの店は、ますます繁昌しました。

●図書カード

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