Chapter 1 of 4

二十年も、そのもつと前に、自分は詩を書き初めたとき、こんな念願をたてたものであつた、それは一生の間に自分の身長だけの高さの、詩集の冊数をもちたいものだといふことであつた。またその頃は、若く生命の燃焼ともいふべきものが旺盛であつたから、眼にふれるもの、心にふれるもの、みんな詩になりさうで、身長位の高さに詩集がもてさうな気もしたのである。

ところで現在その慾望は果されたらうか。自分は今度の詩集発行を加へて、三冊目で当年四十三歳になつてしまつた。その詩集の高さは、身長どころか、ようやく足のクルブシを越へたにすぎない。詩人の中では自分は多作の方だがこの分では一生の間に、膝頭の高さまでにも達しないでしまふだらうと思ふ。今度の詩集に就ても、特別な選択を加へて、外見的にももうすこし、良い詩を集めることができたのだが、さういふ選択がいかに悪いことであるかといふことを感じたので、何にもかも洗ひざらひ収めることにした。

この詩集は、選ばれた良い詩を読者に読んでもらうのではなくて、やつぱり良い詩も、悪い詩も、みんな読んでもらつて、人間小熊を理解してもらうことが一番正しいと思つたのでさうした。

この詩集は頁の始めの方は極く最近の作であつて、後にゆくほど昔のものになつてゐる。大体昭和十二年始めから現在までのものである。

だから若い読者は、後の方から読んでもらつて、年代的に自分の心の発展、推移といふものに触れてほしい。そこには若い正義感や、若気の過失や、いろいろのものがあるだらうと信じてゐる。

そして年を老つた読者は、第一頁から読みすすめて、若さの性質といふものがどんな風に変るものかといふことを理解していただきたい。

そして自分は、なんてまあ近頃の詩が、温順な、温和なものになつたかといふことを、自分でびつくりしてゐるほどだし、これから後にも決して乱暴な詩をつくるのが自分の目的でないといふことも反省してゐる。

これは自分で発見したことであるが、この詩集をまとめてみると、その詩の中にいかに『夜』を歌つた詩が多いかに気づいて、それは日本といふ現実が、私の心の城廓の周囲を、いかに深い夜のやうな状態でとりかこんでゐたかといふことが回顧される。しかし自分は、独断とヱゴイズムでその暗黒の中を切抜けてきたなどとは思つてゐない。自分の心の城は崩れたのである。しかもそれはもつとも自然な状態に於て崩壊したやうに思はれる。

(入力者注)

底本には中野重治による「序」が掲載されている。ここではそこに引用されている小熊秀雄自身による序を独立させて収録した。

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