(一〇)登山競争
町付村から、山道は漸く深くなり、初めは諸所に風流な水車小屋なども見えたが、八溝川の草茂き岸に沿うて遡り、急流に懸けたる独木橋を渡ること五、六回、だんだん山深く入込めば、最早どこにも人家は見えず、午後四時頃、常州第一の高山八溝山の登り口に達した。登り口には古びた大きな鳥居が立っている。ここから山道は急に険しくなるのだ。絶頂までは一里半、頂上間近になれば、登山者の最もくるしむ胸突八丁もあるとの事だ。
例の剛力先生なかなかやって来ない。鳥居の下で待つこと約三十分、杉田子、衣水子、木川子など付添で漸くやって来た。聴けばある坂道で、剛力先生凹垂れて容易に動かばこそ、仕方がないので、衣水子金剛力を出して、エイヤエイヤと剛力の尻を押上げたとの事。これではまるで反対だ。呆れ返った剛力どのかな。
八溝山の登り口からは、一里半登山競走という事に相成った。凹垂れ剛力などは眼中にない。後からゆっくり来いというので、一同疲れし膝栗毛に鞭を加え、力声を揚げてぞ突貫する。初め山道は麓の村落で嚇された程急ではないが、漸く樵夫の通う位の細道で、両側から身長よりも高き雑草で蔽われている処もある。赤土の急勾配、溝のごとくになり、辷って転ぶ事も幾回なるを知らず、足を大の字形に拡げて両側の草を踏みつつ、ヨタヨタ進まねば容易に登る事の出来ぬ場所も五、六町。巌角の突出で巌石の砕けて一面に転ばっている坂道は、草鞋の底を破って足の裏の痛きこと夥しく、折から雲霧は山腹を包んで、雨はザアザア降って来れば、水はこの巌石の細道を滝のごとく上から流れ落ち、さながら急流を踏んで山を登るに異らず。
ここに奇妙な事には、昨年日光の山中旅行では、常に凹垂れの大将となり、一行の厄介者であった吾輩、今日はいかなる風の吹き回しか、その元気凄まじく、水戸の津川五郎子と前後して先頭に立っている。ああら有難し、これも腹式呼吸のお陰、強健術実行の賜物ぞと、勇気日頃に百倍し、半身裸体に雨を浴びてぞ突進する。こんな場合にいつも先陣を争う髯将軍はいかにせしぞと後に聴けば、将軍、剛力の遅々が癪に触って堪らず、暫時叱督励していた為に、思わず大いに遅れたという事だ。
だんだん山道を高く登れば、四方に聳ゆる群山は呼べば応えんばかり、今まで遥か高く見えた山々の絶頂も、いつの間にか視線と平行になり、更に登ればはや眼下に見えるようになる。その愉快なることいわん方なく、膝栗毛の進みもますます速く、来た処は、音に名高き胸突き八丁の登り口。日ははや暮れかかり、渓谷も森林も寂寞として、真に深山の面影がある。
胸突き八丁の登り口に近く、青い苔の生した断崖からは、金性水と呼ぶ清泉が滾々と瀑布のごとく谷間に流れ落ちている。これぞ八溝川の水源で、この細流に四方の水が合し、滔々として常州の山野を流れ行くのだ。