(八)盆踊り見物
それより山道を或いは登り、或いは降り、山間の大子駅の一里半ほど手前まで来かかると、日はタップリと暮れて、十七夜の月が山巓に顔を出した。描けるごとき白雲は山腹を掠めて飛び、眼下の久慈川には金竜銀波跳って、その絶景はいわん方もなく、駄句の一つも唸りたいところであるが、一行は疲れ切っているのでグウの音も出ず、時々思い出したように、オイチニ、オイチニなどと付景気をして進んで行くと、この山中諸所の孤村では、今宵の月景色を背景に、三々五々男女相集って盛んに盆踊りをやっているが、我が一行の扮装は猿股一つの裸体もあれば白洋服もあり、月の光に遠望すれば巡査の一行かとも見えるので、彼等は皆周章てて盆踊りを止め、奇妙頂来な顔付をして百鬼夜行的の我等を見送っている。ある農家の前に差し掛かった時など、ここでも確かに我が一行に驚いて盆踊りを止めたものと見え、七、八人の男女はキョトンとした面付をして立っておったが、我等の変テコな扮装を見て、
「なんだ、査公でねえだ」と、一人の若者、獅子鼻を動しつつ忌々し気にいうと、中に交った頬被りの三十前後の女房、黄い歯を現わしてゲラゲラと笑い、
「白い物が何でも査公なら、俺が頭の手拭も査公だんべえ」と、警句一番、これにはヘトヘトの一行も失笑さずにはおられなかった。
元来盆踊りは先祖代々各村落に伝わり、汗を流して働く農民随一の娯楽で、その唄とても、「ままになるならこの丸髷を、元の島田にしてみたい」位なもので、東京の真中、新橋や赤坂等の魔窟で、小生意気なハイカラや醜業婦共の歌う下劣極まる唄に比すれば、決して卑猥なるものという事は出来ない。彼の舶来の舞踏など、余程高尚な積りでおるかは知らぬが、その変梃な足取、その淫猥らしき腰は、盆踊りより数倍も馬鹿気たものである。しかるに、盆踊りは野蛮の遺風だとかなんとかいって、一も二もなく先祖伝来の盆踊りを禁止し、他に楽み少なき農民の娯楽を奪い去るとは、当世の役人や警官はよくよく冷酷な根性になったものかな。盆踊りの後で淫猥の実行が行われるから困ると非難する者もあるが、その実行は盆踊りの後に限った事ではない。芝居の帰途にもある。活動写真の戻りにもある。日々谷公園の散歩中にもある。それら淫猥の実行は他の方法で取締るのが当然だ。帝都の真中で密売淫や強姦を十分に取締る事の出来ぬ警察力や、待合の二階で醜業婦共に鼻毛を読まれている当世の大臣や役人輩に、盆踊り位をとやかくいう権能は余りあるまいテ、馬鹿な話である。
その夜十時頃、大子駅に到着。山間の孤駅であるが一寸有福らしき町である。未醒子や吾輩は水戸から加入の三人武者を相手に快談に花を咲かせ、髯将軍や木川子や衣水子は夜中にも拘らず、写真器械引担いで町見物にと出掛け、折よく町はずれで盛んな盆踊りを見付けたので、今度は巡査と間違えられる気遣いもなく、髯将軍は盆踊りの親方らしき若者と交渉の上、首尾よく珍妙な踊りを二、三枚撮影したが、夜中の事とて不意に閃電のごとくマグネシヤを爆発させて撮影するので、その音に驚き、キャッと叫ぶ女もあれば、閃光に眼を射られて暫時は四方真暗、眼玉を白黒にしてブツブツいっている男のあるなど滑稽滑稽。