Chapter 1 of 3

お嬢さんはジャズがお好き

浮風にさそわれて隅田川のボート・レースをながめていたら、

「アラ、小野の旦那、いいところでお会いしましたわ」

お隣りの奥さんが一人娘のポッポちゃんをつれて、途方に暮れた顔。

「このポッポたらしょうがないのですよ、私が猫の手でも借りたいぐらい忙しいというのに、馬鹿々々しいたら、国際のジャズ大会につれて行けっていうんですよ。こんなアプレ娘一人でやれば、何を仕でかすかわからないし、しかたがないのでここまでは来ましたが、どうせ先生は遊んでいるんでしょう。イイエ、いつもブラブラしていらっしゃいますんでしょう。このジャズ娘連れて行ってやって下さいな。ほんとにこまったオッチョコチョイ娘ですよ。ではおたのみしましたわよ、これでも私の一人娘、掌中の珠みたいなものですから、そそっかしくあつかわないでちょうだい、ではよろしくオホホ、これで安心」

チョチョ、ちょっと待って、というひまもなく、人混の中に消えて行ってしまった。

「ヘヘエ、小野のオジさん連れてってね――」

十六娘のくせに、ちょっとウィンクした。

「うちのお母さん馬鹿なのよ、私がジャズを勉強して、素晴しいジャズ・シンガーになる、そうすれば美空ひばりや江利チエミのように有名になるでしょう、素晴しいわ、一本の映画出演料が二百万円、一回の舞台出演料が十万円、私の眼が鳩のように可愛いいってポッポていうのよ、芸名は鳩ポッポとするわ、すごいなあ、そうなれば、お母さんも豪勢な家に住めるし、自家用車も二台位もてるのに、神ならぬ身の知るよしもなく、お母さんたらジャズ娘、ジャズ娘って怒るのよ」

アア世はまるで熱病か台風のように、日本全土は猛烈な勢いでジャズ熱に浮かされているのである。救われざるジャズの群の一人ポッポちゃんも、ここに早や百度程度の高熱患者である。

「サァ、おじさん早く行こう、レッスンしに」「レッスン?」

「ポッポにとっては国際劇場は教室よ」

アアわれここに至りては負けたり、歩くのにもジャズの如く踊りの如く、人の流れにおし流されて行ったのである。

Chapter 1 of 3