Chapter 1 of 6

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「こいつがまた、いい機械なんです。」

旅人にそう言って、将校は、もう知りつくしたはずの機械を、あらためてほれぼれと眺めた。

ただの義理だった。

旅人は司令官に頼まれて、しぶしぶ来ていた。一人の兵士が、不服従と上官侮辱で処刑されるから、立ち会ってほしい、と。

この流刑地でも、この処刑に対する関心は低いようだった。

荒れ果てた深い谷の底に、小さな場所があった。周りの斜面には草が一本も生えていなくて、谷底に将校と旅人と囚人。

囚人はぼんやりとしていた。大きな口に、汚れるにまかせた顔と髪。

隣にはもう一人兵士がいて、重そうな鎖を握っていた。囚人の首、手首、足首には小さな鎖がくくりつけられてあって、それぞれをつなげる鎖がまた別にあり、最後に兵士の持つ重い鎖にまとめられていた。

しかし、囚人は犬のようにおとなしくしていたので、鎖を外して、この谷間の斜面で勝手に走り回らせても、処刑執行の際に口笛さえ吹けば、帰ってくるにちがいなかった。

旅人はこの機械にあまり関心がなく、囚人の後ろを何とはなしにただぶらぶら歩いていた。

一方、将校は最後の準備にとりかかっていた。地面にしっかりとりつけられた機械の下にもぐったり、梯子に登って、上の部分を調べたりした。

機械工にでもまかせればいいことだったが、将校自らが熱心に取り組んでいた。それはこの機械に思い入れがあるからかもしれないし、何か他の人にはまかせられない理由でもあるのかもしれない。

「準備完了!」

そう言って将校は、ようやく梯子を下りてきた。ひどく疲れた様子で、口を大きく開けて息をついた。薄い婦人用のハンカチを二枚、軍服の衿と首の間に押し込む。

「その軍服、この熱帯ではおつらいでしょうね。」

旅人が言った。将校は機械のことを聞いてくれると思っていたのだが、

「いかにも。」

そう返すと、将校は手についた油やグリスを、用意しておいたバケツの水で洗い落として、すぐに言葉を付け加える。

「しかし、この軍服は祖国も同様。祖国を失いたくはありませんので。さぁ、ぜひ、この機械をご覧ください。」

手を布でぬぐいながら、機械の方を示した。

「手がかかるのはここまでで、あとはみんなこの機械がひとりでにやってくれます。」

旅人はうなずいて、将校の後ろにつづいた。

将校は、何も問題が起こらないよう念入りに機械を点検する。

「もちろん故障もします。今日は起こってほしくありませんが、それでも備えは必要です。この機械は、連続十二時間動作しつづけてくれないと困るんです。たとえ故障が起こったとしても、たいていはささいなことで、すぐ修理できるのですけどね。」

そこまで言うと、将校が「お掛けください。」と、積み上げられた籐椅子の山から、ひとつ引き出して、旅人の前に置いた。

旅人は断りきれず、しぶしぶ坐った。

ちょうど前に穴のあるところで、何となく目をそちらに向けた。それほど深くない穴で、掘り出された土がそばに積み上げられてあった。その穴を挟んだちょうど向かいに、機械が設置されていた。

「この機械のことは、もう司令官からお聞きになりましたか?」

旅人は曖昧に手を振った。

将校はそれ以上訊ねようとせず、自分で機械のことを説明し始めた。

「この機械は――」

将校が機械のシャフトをつかんで、体重をあずけた。

「――先の司令官の発明なのです。私は企画立案から完成するまで、すべてに携わりました。しかし、これを発明した栄誉は司令官にこそふさわしい。先の司令官のことはご存じですか? ご存じない。そうですね、この流刑地のメカニズムそのものが、彼の作品だと言っても過言ではありません。友人たる我々は、司令官がお亡くなりになったとき、もう気づいていたのです。この流刑地は、それ自体で一個の完成品であり、後任の司令官にどんな新しい考えがあろうと、この先少なくとも数十年は、このやり方でやっていけるだろう、とね。まったくその通りで、後任の司令官もその点を認めざるをえませんでした。しかし先の司令官をご存じないとは、まったく残念です。さて――」

将校は一息ついて、

「――おしゃべりがすぎました。目の前にあるこれが、司令官の作った機械です。見ての通り、三つの部分からなっています。使っているうちにみんな、いわゆる通り名というやつで呼ぶようになりましてね。この下のやつが『ベッド』で、上のが『製図屋』、真ん中でぶらぶらしてるのが『馬鍬』と呼ばれています。」

「まぐわ、ですか?」

旅人はぼうっとしながら、聞き返した。

強い日射しが、影のない谷に突き刺さる。

何か考えようとしても、そう簡単にはいかなかった。

それにひきかえ、将校にはびっくりする。

この暑さにもかかわらず、式典用の正装を着ているのだ。飾りひもつきの肩章がある、ぴっちりした軍服だ。

そしてその恰好で、機械について熱弁をふるう。その上、話しながらドライバーで色々いじくっているのだから、たまらない。

兵士を見ると、旅人と同じような状態だった。囚人の鎖を両手首に巻き付け、手に持ったライフルにもたれかかって、だらりとしている。

旅人は、無理もない、と思った。

将校と旅人は外国語で会話していて、兵士と囚人はその言葉を知らなかったからだ。

しかしそれでも、囚人は将校の話を理解しようとしていたので、とても変な感じに見えた。

ある意味、しつこいとも言えた。将校が何かを示せば、自分もその方向を向いて、旅人は何か口を挟めば、将校と同じように、旅人をじろりと見るというように。

「いかにも、家畜に引かせて土を耕す、あの『まぐわ』です。まぐわみたいに針がたくさん取り付けられていて、これ全体が、まぐわのように掘る作業をします。本物と違うところは、これは一カ所から動きませんし、非常に精密な掘削をするというところです。実際の作業を見れば早いですね。ここ、この『ベッド』に囚人を寝かせます。――ええと、まず機械のことを説明してから、実際に動かすこととしましょう。その方がわかりよいですからね。――そう、この『製図屋』ですが、歯車がたいへんすり減っておりまして、動作中にきぃきぃ軋むのですよ。そのときにはお互いに会話もできないという有様でして。あいにく部品の調達もむずかしく……それはともかく、先ほども言いましたように、これが『ベッド』です。ぐるぐると綿が回してありますが、理由は後で説明しましょう。この綿の上に、囚人を腹這いに寝かせます。もちろん裸です。ここに両手、ここに両足、ここに首をしばる革ひもがありまして、留め金で固定します。この『ベッド』の頭のあたり、ここですね、腹這いにした囚人の頭がくるあたりに、フェルトの栓があります。色々調節できるようになっていて、これを囚人の口の中に押し込みます。なぜかと申しますと、泣きわめいたり、舌を噛みきったするのを防ぐためなんですよ。もしこれを拒否しようなんてすると、首につけた革ひもがきつくしばってありますから、首の骨が折れてしまうでしょうね。」

「これが、綿ですか。」

旅人が前にかがんだ。

「ええ、そうなんです。」

将校は微笑んだ。

「触ってみてください。」

将校が旅人の手を取って、綿のところへ持っていった。

「この綿は特注なんです。ですから、疑問に思われても仕方ありません。その理由を話すときが、いずれ来るでしょう。」

旅人は、この機械に少し興味がわいてきた。

まぶしくないように片手をかざして、機械の上の方を見た。

大きな機械だった。同じ大きさの箱が上下に並んでいて、上が『製図屋』、下が『ベッド』。どんよりと暗い感じだった。『製図屋』は『ベッド』のだいたい二メートル上に取り付けられていて、そのふたつが、四隅にある真鍮の柱で繋がっていた。日射しで真鍮の柱がぎらぎら光っていて、ふたつの箱の間で、『まぐわ』の針金が宙づりになっていた。

将校はそれまで旅人が無関心だったことにまったく気がついていなかったが、今、旅人が少しずつ興味を抱き始めているということはわかったようだった。そこで将校は説明をいったんやめて、旅人が機械を眺めるのを邪魔しないようにした。

囚人が旅人の真似をしようとしたが、手をかざすことができなかった。目だけは自由に動くので、目を細めて、機械を見上げた。

「そこに、人を寝かせるわけですね。」

旅人が言った。椅子にもたれかかって、脚を組んだ。

「そうです。」

将校は帽子をくいと押し上げ、手で額の汗をぬぐった。

「さあ続けましょうか。『ベッド』、『製図屋』どちらにもそれぞれバッテリーがついています。『ベッド』は自分用ですが、『製図屋』は『まぐわ』のためです。囚人を固定したら、すぐに『ベッド』の電源を入れます。すると小刻みに震えます。振幅はとても小さくて、上下左右に動きます。病院でこれと似たような機械を見たことがあるかもしれませんね。でも、この『ベッド』はその動きのすべてが精密に計算されています。というのも、『まぐわ』の動きと寸分違わず連動させなければならないからです。そして、この『まぐわ』がまさに処刑執行人となるわけです。」

「どういった処刑をするのでしょうか?」

「えっ、ご存じないのですか!」

将校は、びっくりするあまり唇を噛んだ。

「申し訳ありません。脈絡のない説明をしてしまったようです。どうかお許しください。以前は常に司令官から説明があったのですが、新しい司令官はその名誉な役目を避けておりまして。せっかく、やんごとない客人が来られているというのに。」

旅人は、その誉め言葉に謙遜するような素振りを見せたが、将校はなおも続けた。

「やんごとない客人に、我々の処刑方法をお伝えしていないとは、まったくあいつは――」

将校は、外に出かけた悪態を飲み込んだ。

「いやいや、私は何も知らされてなかったのだから、私の責任ではない。しかし、我々の処刑方法を説明することにかけては、私が最も適任ですよ。なんといっても、ここに――」

将校が、上着の内ポケットの上を叩いた。

「――先の司令官が書いた、生の図面が入っているのですから。」

「司令官の書いた図面、ですか。」

旅人が言った。

「すると、その人は一人ですべてを兼ねていたわけですね。兵士であり、裁判官であり、設計者であり、科学者であり、製図者でもあった。」

「いかにも。」

将校が、感慨深い目をしてうなずいた。それから自分の手を眺め回した。図面に触れるにはまだまだ汚いとでも思ったのか、バケツのところまで行って、もう一度手を洗った。

終わると、小さな革製の書類入れを取り出した。

「我々の処刑というのは、それほど厳罰なものではありません。囚人に、自分が破った規則を、『まぐわ』でもって身体に刻みつけるのです。この囚人の場合は――」

将校が、囚人を指差した。

「次の文言を彫り込みます。“上官には敬意を払え!”」

旅人は、囚人の方に目を向けた。

囚人は、将校に差されたとき、うつむいて、必死に耳を傾けているように見えた。何をしゃべっているのか知りたいようだ。

だが、囚人のたらこのような唇が、がっかりしたような感じだったので、どうやら何も分かっていないようだった。

旅人は、色々と尋ねたいことがあったが、囚人を見て、一言だけ聞いた。

「この人、判決については?」

「何も。」

将校が言った。すぐさま理由を続けようとしたが、旅人が割って入った。

「自分の判決なのに、ですか?」

「ええ。」

将校は言葉を切った。その理由を詳しく聞いてほしいというように待ち構えていたが、やがて自分から話しだした。

「知らせる必要などありません。自分の身をもって、知るのですから!」

旅人は、これ以上しゃべりたくなかった。

囚人の視線が、自分の方に痛いほど突き刺さってくる。

お前はこの所業に同意するのか、しないのか、と問われているような気分がした。

旅人は、椅子から身を乗り出して、質問を続けた。

「でも、この人は、自分が有罪になったということは、知っているんでしょう?」

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