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鱧の皮
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鱧の皮
上司小剣
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译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 4 of 9

四

腕組をして考へてゐた源太郎は、また俯いて長い手紙に向つた。さうして今度は口の中で低く声を立てて読んでゐたが、読み終るまでに稍長いことかゝつた。

お文は銀場から、その鋭い眼で入り代り立ち代る客を送り迎へして、男女二十八人の雇人を万遍なく立ち働かせるやうに、心を一杯に張り切つてゐた。夜の更けようとするに連れて、客の足はだん/\繁くなつた。暖簾を掲げた入口から、丁字形に階下の間と二階の階子段とへ通ふ三和土には、絶えず水が撒かれて、其の上に履物の音が引ツ切りなしに響いた。

これから芝居の閉場る前頃を頂上として、それまでの一戦と、お文は立つて帯を締め直したが、時々は背後を振り向いて、手紙を読んでゐる叔父の気色を窺はうとした。

「二十円送れ……と書いてあるやないか。」と、源太郎は眼をクシヤクシヤさしてお文の方を見た。

「さうだすな。」と、お文は軽く他人のことのやうに言つた。

「福造の借銭は、一体何んぼあるやらうな。」

畳みかけるやうにして、源太郎が言つたので、お文は忙しい中で胸算用をして、

「千円はおますやらうな。」と、相変らず世間話のやうに答へた。

「この前に出よつた時は千二百円ほど借銭をさらすし、其の前の時も彼れ是れ八百円はあつたやないか。……今度の千円を入れると、三千円やないか。……高価い養子やなア。」

自然と皮肉な調子になつて来た源太郎の言葉を、お文は忙しさに紛らして、聞いてはゐぬ風をしながら、隅の方の暗いところでコソ/\話をしてゐる男女二人の雇人を見付けて、

「留吉にお鶴は何してるんや。この忙しい最中に……これだけの人数が喰べて行かれるのは、商売のお蔭やないか。商売を粗末にする者は、家に置いとけんさかいな、ちやツちやと出ていとくれ。」と、癇高い声を立てた。男女二人の雇人は、雷に打たれたほどの驚きやうをして、パツと左右に飛んで立ち別れた。

「味醂屋へまた二十円貸せちうて来たんやないか……味醂屋にはこの春家出する時三十円借りがあるんやで。能うそんな厚かましいことが言はれたもんやな。」

何処までも追つかけるといつた風に、源太郎は、福造の棚卸をお文の背中から浴びせた。

「味醂屋どこやおまへん。去年家にゐて出前持をしてたあの久吉な、今島の内の丸利にゐますのや。あそこへいて、この春久吉に一円借せと言ひましたさうだツせ。困つて来ると恥も外聞も分りまへんのやなア。」

また世間話をするやうな、何気ない調子に戻つて、お文は背後を振り返り振り返り、叔父の言葉に合槌を打つた。

「味醂屋や酒屋や松魚節屋の、取引先へ無心を言うて来よるのが、一番強腹やな……何んぼ借して呉れんやうに言うといても、先方では若し福造が戻つて来よるかと思うて、厭々ながら借すのやが、無理もないわい。若しも戻つて来よると、讃岐屋の旦那はんやもんな。其の時復讐をしられるのが辛いよつてな。取引先も考へて見ると気の毒なもんや。」

染々と同情する言葉つきになつて、源太郎は太い溜息を吐いた。

「饂飩屋に丁稚をしてた時から、四十四にもなるまで、大阪に居ますのやもん、生れは大和でも、大阪者と同じことだすよつてな。私等の知らん知人もおますよつて、あゝやつて東京へほつたらかしとくと、其処ら中へ無心状を出して、借銭の上塗をするばかりだす。困つたもんやなア。」

漸く他人のことではないやうな物の言ひ振りになつて、お文は広く白い額へ青筋をビク/\動かしてゐた。

「あゝ、『鱧の皮を御送り下されたく候』と書いてあるで……何吐かしやがるのや。」と、源太郎は長い手紙の一番終りの小さな字を読んで笑つた。

「鱧の皮の二杯酢が何より好物だすよつてな。……東京にあれおまへんてな。」

夫の好物を思ひ出して、お文の心はさま/″\に乱れてゐるやうであつた。

「鱧の皮、細う切つて、二杯酢にして一晩ぐらゐ漬けとくと、温飯に載せて一寸いけるさかいな。」と、源太郎は長い手紙を巻き納めながら、暢気なことを言つた。

Chapter 4 of 9
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