郷土飛翔吟
小序
我弱冠、郷関を出て処女詩集「邪宗門」を公にして以来、絶えて故国に帰ること無し。その間、歳月空しく流れて既に二十の星霜を経たり。時に望郷の念禁じ難く、徒に雲に島影を羨むのみ。偶昭和三年夏七月、大阪朝日新聞社の求むるところにより、その旅客輸送機ドルニエ・メルクールに乗じて北九州太刀洗より大阪へ飛翔せんとす。これ日本に於ける最初の芸術飛行なり。事前、乃ち妻子を伴ひて郷国に下る。山河草木、旧のごとくにして人また変転、哀楽また新にして恩愛一のごとし。南関柳河行これなり。二十三日、本飛行を決行するに先立つて、幸ひに試乗してその太刀洗より郷土訪問飛行の本懐を達するを得たり。恩地画伯、長子隆太郎と共なり。ここにその長歌十七篇短歌二百五十三首を録す。
序篇
海を越えて
七月十八日朝、関門海峡を渡る。
海を越ゆるただち胸うつ国つ胆我が筑紫なり声に荒くも
母の国筑紫この土我が踏むと帰るたちまち早や童なり
見るただち顔に溢るる親しみは故郷にあれや帰り来にけり
我が言へば音の響に添ふごとく響き応ふる国人君は
明日飛ぶと
雲美しき山門のまほらここにして我はや飛ばむ高き青雲
南風のむた真夏大野を我が飛ぶと明日待ちかねつ心あがりに
産土よこの山河をかくばかり直にし見ずて我恋ひにけり
山門の歌
山門はもうまし耶馬台、いにしへの卑弥乎が国、水清く、野の広らを、稲豊に酒を醸して、菜は多に油しぼりて、幸ふや潟の貢と、珍の貝・ま珠・照る鰭。見さくるや童が眉に、霞引く女山・清水。朝光よ雲居立ち立ち、夕光よ潮満ち満つ。げにここは耶馬台の国、不知火や筑紫潟、我が郷は善しや。
反歌
雲騰り潮明るき海のきはうまし耶馬台ぞ我の母国
妻と子らに
汽車いよいよ生国筑後に近づく。
筑紫野は大き出水の田つづきを簑笠つけて人遊ぶかに
筑紫は我を生ましける母の国大き出水の田の広ら見よ
父我はここに響けりまつぶさにこの愛しかる山河は見よ
父恋し母恋してふ子の雉子は赤と青とに染められにけり
「雀の卵」
夏山は赤と青との雉子馬の清水寺も雨こめにけり
夏かすむ女山の岩の神籠石老け鶯も谷にくだるか
午近く、大牟田に着けば、既に師友、肉親の人々、柳河或は南関より来りて、我等を待ちたまふに会ふ。
我が帰る心矢のごとありけらし早や着きたりと笑ひて泣かゆ
南関・外目篇
肥後玉名郡南関、そのかみの関町、その字外目は我が母の生地にして、我にも亦、第二の故郷たり。乃ち、大牟田より先づ出迎の叔父たちと共に上内の山を越えてその土を踏む。親戚知音の人々の喜びかぎりなし。一夜、町の招宴に臨み、竜田川の橋ぎはなる島田家に泊る。翌十九日、外目近郊の外祖父母の墓に詣で、後、石井本邸に帰る。山河旧のごとくなれども、その母の生家は既に昔の俤なし。
索麪の関町
掛け竝めて玉名少女が扱きのばす翁索麪は長きしら糸
手うち索麪戸ごと掛け竝め日ざかりや関のおもてはしづけかりにし
山間は貧しき関のありやうを暑き日ざしにて敢て見て過ぐ
恩賜の時計
南関田町の島田家は我が母の異母姉の家なり。従兄敏三は帝大法科に学びて聞えし俊才なりき。いま一家すべて死に絶ゆ。
しろがねの恩賜の時計、畏むやその子秘めにき。秒隔かず死ぬまで愛でぬ。子が死にて愛しき時計、形見よと、父は後愛で、命よと、いとほしと、日も夜も持ちき。時刻むその秒の、その秒すらも絶えざりき。その小さき恩賜の時計、父死にて母に伝へき。その母も、ちちちちと、その音聴きき。子の敏三あはれよと、命よと、また継ぎ巻きぬ。生けるあひだ、その臨終まで、その螺子巻きき。人の世の真実の、この音の、つきつめにけり。
反歌
時計の秒針は進むと子が死にて父へ母へとつたふる絶えぬ
老柿
島田家その後、従妹類子(北原氏)夫妻之を継ぎたれども遠くロスアンゼルスに在り。一の叔父隆承老その跡を守る。老は生来徳望高く、今また南関町長たり。
中庭の柿の老木は庇より手のとどかむに暑き日照や
乏しきを老いて豊けき大人見れば鶏割け風呂焚け造酒よと麪よと
割く鶏の胆青きまで下照らす柿の葉ごみに風とどまりぬ
低屋根に鉄砲風呂の煙立ちあくまでも暑き西日たもてり
外目、祖父母の墓に詣でて
お墓山煙草の花にふる雨のほの紅うして身はうつつなり
この道よ椎の落葉にふる雨のいたくもふらねよくしめりつつ
外目、石井本家
母の生家石井家は南関の西、外目の丘にあり、いま二の叔父貴道氏、その兄に代りて本邸にあり、而も世の転変は甚だしく、旧時の高閣既にその半ば取りこぼたれ、庭前庭後、ただ荒るるにまかせたり。
百日紅老木しらけて厠戸の前なる石もあとなくなりぬ
白き鶏あさりさわめく影のみぞただに照り反る動きにてあり
老樹なほ存す
背戸柿やこれの爺さが木洩れ日に身うちゆるがし我ら遊びし
蚕室の跡にて
玉名のや少女索緒て煮る繭のころろ小をどる玉白かりき
そのあたりの家々をまた見てまはるに
粗壁に影して低き草庇いまも山家は貧しかるなり
零余子
裏なる三の叔父武雄氏を訪ふ。
七面鳥乳嘴かき垂り尾羽張りてとめぐる庭の日ざかり今は
病み臥す人が眼うつす外の庭に零余子そよぎてげに外目なり
遠近を眺めて
高き屋に常眺めてし前の山いまも恋しき一つ松見ゆ
上内は谷をへだつる前の山肥後と筑後の境松あはれ
§
母の里外目の夏は月夜には笛おもしろく子ら吹き立てぬ
横笛は子らが手づくり南瓜の花かかるあたり月夜吹きつつ
§
幼なくて裸馬をせめたる山坂に磨墨川といふが響きし
§
赤ん谷山桃実る梢越えて鷲巣山は雲近かりき
夏山は霞わけつつ持て来たる山桃ゆゑにそのよき姥を (母の乳母)
柳河・沖ノ端篇
青櫨
葉がくりにいまだか青き櫨の実の幼なごころよ我はゆめみし
塁なす櫨の木群の深みどり我が水上はみ霧霽れつつ
山門は丘も水際も櫨群のたわわのみどりしたたりにけり
瀬高にて
十九日、外目を出でて筑後の瀬高へかかる。上ノ庄の江崎氏を訪ふに
酒屋には酒屋よけむと嫁に来しお加代姉さもただの古嬬
空飛ぶを弟があやつる翼かと早やおぼすらし声おろおろに
御許には童女童数群れて亦若かりしけぶりだになし
童女柳河
午後、いよいよ郷里に入る。柳河女学校にて
額髪の笑ふ女童このごとくあどなきものを恋ふとありにし
我老いぬただに愛しき額髪の面あげてあるその子ら見れば
夏ごろも匂ふ少女は朝ひらくからたちの花と清しかるべし
中学伝習館にて
我、中学伝習館を学業卒へずして去りぬ。寧ろ追はれたるにちかし。而も我が今日ある、恨無くしてただ感謝あるのみ。
儺はれし我の来し方ここにして早や遥かなり帰り今在り
これの子ら歎知らざり我が言ふをただおもしろと笑ひ爆ぜたる
我が声にひびき応ふる子らありて顔ことごとく笑ひくづれつ
沿道
沖ノ端に近づくに、城内、矢留両小学校の生徒、既に旧藩侯邸の前に整列して我が一行を迎ふるあり。雨中三時間の余も佇立したりきと。
雨に佇ち竝びゐやまふ子ら見れば我幼なくてかくも迎へし
林泉の鴨
旧藩侯邸の林泉は古来の名苑にして、所在の鴨おのづからに集り嬉遊するもの数を知らず。
石多き林泉のたをりにつく鴨の寄り寄りにさびしおのがじしをる
この林泉に潜く野鴨の夏鴨の数は光れど広き水の面
か広くて却てしづけさまさりけるこのよき林泉に鴨おほくゐる
昼の林泉石のあひさにゐる鴨の一羽は黝しつれづれの鴨
泉石のここだあかるき真日照に青鷺が佇てり泛く鴨のあひだ
日のうちも幽けくあらし引く水のかがよふ方へ鴨の寄り行く
日は暑し林泉の撓りにつく鴨のゆきあひの鴨のくわうと啼きたる
林泉の鴨おほに遊べばゆふつ方荒き野鴨も下りて来にける
林泉や夏空の広らを飛び来る荒き野鴨のふりもおもしろ
林泉や夏この夜浅きに水にゐて月の光を潜くものあり (その後に夜一首)
矢留小学
遂に我が唯一の母校矢留小学校に臨む。乃ち我、故老、旧知、児童を前にして嗚咽、しばし言葉絶ゆ。
息つめて子らまじろがず空飛ぶに何悲しきと思ふなるらし
我が言ひて絶ゆる言葉は子らはいざ老いたるどちや知りておはさむ
雲仙の山を眺むる朝霞ここに学びて童なりにし
村社、太神宮に詣でて
宮裏はそこらの砂の日に蒸れて土糞のにほひいまにをさなき
裸足には小砂ざらつく絵馬殿に幼なかりける子ら遊びにき
神にうつ大き太鼓はその朝やとうとうとあげてゆくらつづけぬ
宮司は旧師木下登三郎先生なり。ぼそぼそと老いたまへり。
この神酒は中ほど黒き土器にとよと注がれていや沁みにけり
展墓
専念寺甍黝みて閑かなり我が寺と思ふはひりの照りを
閻魔堂草むす軒のうらべよりつぶやききこゆ蜂か巣ごもる
夏闌くる寺のお堀のとちかがみ源五郎虫も黝みつつあり
夕凪はいきるる草を墓所には人多に来居り我が泣かむ見に
明治三十四年、十三にてみまかりし妹ちか子の墓は、まだ土を盛りしままなり。
土に沁む線香の火のまだ見えて散るいくつあり青き折れ屑
沖ノ端
柳河の西南半里、我はこの沖ノ端に生れぬ。漸くにしてその石場に帰るに、すでに夕に近し。町には祭の楼門チョウギリといふものを我が為に立て、人々、また宴を張りて泣く。
街堀は柳しだるる両岸を汲水場の水照穏に焼けつつ
かいつぶり橋くぐり来ぬ街堀は夕凪水照けだしはげしき
我が見るは入日まともにさしあたる駐在所脇の二挺堰の渦
町祠石の恵美須の鯛の朱の早や褪せはてて夏西日なり
その日に
もの言ひて前かがみなる甚吉は柳の洩れ日まぶしむならむ
菎蒻屋の弟の末吉泣きめだち女子さびしか今は媼めく
葉柳や今の日ざしに相見れば誰彼の頭も薄くなりつる
生家
我が生家は今、人手にわたりて、とどろしき鑵詰工場となりぬ。初めて妻子を伴ひて、この我家にあらぬ家の門をくぐるに、胸塞がりてまた言ふこと無し。
泣かゆるに日は照り暑し湯気立てて蟶を今釜に煮沸す
照る砂に雷管のごと花落す朱欒一木が老いてお庭に
棟瓦千石船の朱と碧は正目仰ぎて深き雑草
鍋二つ汲水場に伏せて明らけき夏真昼なり我家なりにし
白栄に蛇奔る裏堀は水紋の動き光とありつつ
我が書斎たりし隠居家は、なほ遺れども、既に久しく鎖しぬ。
空しかり縁に眼をやる泉石も常水たたへ濡れてありしを
我家は菅家の裔と宣らしたる大伯母ましき敢て読みにけり
我が幼な遊びの穀倉いまなほ存す。外壁破れ、ひとへにあはれ深し。
穀倉は外板壁のか黝きが日中の堀に影映すのみ
十数棟にもあまりし酒倉の跡はと見れば
五月雨に麦は落穂も取り入ずて染色黝し土に還らむ
青光るめくわじやの貝に眼は大き鴉降りゐてまた旱なり
三日三夜さ炎あげつつ焼けたりし酒倉の跡は言ひて見て居り
沖ノ端の鹹川
葦むらや開閉橋に落つる日の夕凪にして行々子鳴く
潮の瀬の落差はげしき干潟には櫓も梶も絶えて船の西日に
洋越ゆと六騎が伴は舟竝めて勢ひ榜ぎ連れ矢声あげにし (鮟鱇組)
夕凪の干潟に黒き粒だちは片手の小蟹貝ひろひ食ふ
註、ここの蟹すべて片手なり。
西日して潮満つるまの夕干潟営み長く蟹ぞつぶやく
夕凪の干潟まぶしみ生貝や弥勒むく子の額髪にして
西日には蟶むきて居るならし後姿気ぶかき四五の女童
女童や我は思へば額髪のかぐろき瞳此方見あげつ
潮くさき突堤に沁むる夏西日音あわて落つるむつごろ影あり
註、沖ノ端にては突堤をうろこと云ふ。石にて鱗のごとく畳める故なるべし。尚「むつごろ」は小さき山椒魚に似たる魚にて、よく潟を走り、突堤の石垣にも登る、前世紀の遺物の由。日本にていま棲息するはこの土地のみ。
魚市場落日あかきに手品師は鍔までもりゆうと刀を呑みつも
乳母
字、筑紫村のほとりに、妹の乳母を訪れて、同じくその日、
風かよふ蘆のまろ屋に息ほそり白鷺のごと臥やる姥はや
老の息かくて絶えなむ女童の陰どころさへも知りきと泣くを
朝の揮毫
柳河町の旧友川野三郎氏宅に泊る。盛んなりしこの柳河にての歓迎の一夜も明けて、
墨を磨り若かへるでは朝光のすずしきがほどをゆとりもたなむ
夏の三柱宮
高畠公園の三柱神社は藩祖を祀る。二十日、ここに詣でてまた幼き日を偲ぶ。
太鼓橋欄干橋をわたるとき幼子我は足あげ勢ひし
三柱宮水照繁なる石段に瑪瑙の小蟹ささと音あり
神楽殿砂吹きあぐる白南風に小蟹ちり走る鋏立てたり
宮地嶽神社は、その裏参道にあり。
鹹涸川堰の下の葦むらに行々子鳴きて鳰はお堀に
水路舟行
二十日、再び沖ノ端に帰りて、人々と共に楽しむと柳河まで小舟に棹さしのぼる。恩地画伯も同舟なり。
我つひに還り来にけり倉下や揺るる水照の影はありつつ
註、倉下とは倉の庇の内らの壁。
夏真昼わが故郷は外に干して巻線香のにほひかなしも
しづかさは殿のお倉の昼鼠ちよろりとのぼりまたも消ぬかに
註、昼鼠とは土俗に水陽炎の影をいふ。
御船倉水照ゆたかに舟うけて吹き通る風の夏はすずしさ
御船倉いとど明るき水の上は蛙のこゑもよく徹るなり
水のべは柳しだるる橋いくつ舟くぐらせて涼しもよ子ら
土橋をわが往きかへる柳かげ青銭一つ投げてわたりし
南風すずし籠飼あげをる舟わきをわが舟にして声はかけつつ
風のさき黄なるカンナの群落に舟棹しかへす今はまぶしみ
橋ぎはの醤油竝倉西日さし水路は埋む台湾藻の花
背戸ごとに小舟纜へる汲水場にはをりをり女居りて日暑し
夏堀と狭む水曲の葦むらはたださわさわし小舟棹しつつ
二十年前
処女詩集「邪宗門」の上梓の直後なりけむ。かかるわかき日の帰省の夢を境として、その後二十年絶えて帰省することなし。之等の感懐も今は昔となりぬ。
合歓
葉のとぢてほのくれなゐの合歓の花にほへる見れば幼な夕合歓
水のべにいまだをさなき合歓の花ほのかに紅く君も眠ななむ
鳰の浮巣
水の街棹さし来れば夕雲や鳰の浮巣のささ啼きのこゑ
旗雲と匂だちたる月の出はたぐふすべなしあかき旗雲
幼な遊び
過ぎし日の幼な遊びの土の鳩吹きて鳴らさな月のあかりに
爆竹の花火はぜちる柳かげ水のながれは行きてかへらず
汗あゆる夏のゆふべはすがすがし葦の葉吹きてあるべかりけり
菱売のこゑ
都べへ立たむ日近し菱売の向脛黒く秋づきにけり
童子柳河 追憶篇
馬
馬描かば前脚曲げて、蹄上げ、内腹蹴れと、尾の張りに力こめよ、跳ぶごとく描けよと見せぬ。土けぶり後にあがらむ、勢や和子もかくあれ、早や描けと筆持たしめき。末爺、三代に仕へて老ゆる大き爺よく馬描きぬ。よく見よと雲に馬描く和子や我や、三つ児のたましひ、かくぞ生きぬく。
反歌
馬描かば内にためたる蹴上げよと老いたる泣きぬ幼児に言ひて
描く馬よ青雲のぞむ勢の上なかりしが墨はかすれき
石合戦
石うてやよしや若殿、何負けむ、石場の子ら、小舟にて早や漕ぎ出だせ、石積めよ、水棹とれ、土橋くぐれ、鳰鳥の火の点く頭、いま夕日、それとかかれと、我が仰ぐ館の築地、濠めぐるここをよろしと、采配やささとかかれと、前うちの金の鍬形、紙鎧、桜縅の大将我は。
反歌
十二万石殿の若子はさもあらばあれここに六騎の町の子我は
註、石場は字石場町、六騎とは平家の六騎、ここに落ちのびて漁る。故にこの町の漁師を時俗六騎と呼ぶ。
外ながめ
風の日は風をながめて、雪の日は雪をながめて、玻璃戸越し、大き店さき、朝には餅焼かせて、日暮にはお膳竝べて、さて師走、我が家の市、馬ぞ、鮪ぞ、鰤ぞ、牛ぞと、おもしろと、見るとながむと、子供らの一の和子我は。
反歌
外厠戸ごとあけたる町すぢに冬は西日の寒けかりにし
初売
あらたまの年のはつ売、暁を大戸あけさせ、早や待つに挙り入り来る。たうたうと人ら入り来る。※の濃染手拭、酒の名の「潮」の盃、引出よと祝ふとわけて、我が老舗酒はよろしと、新の桝酒に磨くと、春や春、造酒よ造酒よと、酒はかり、朱塗の樽の栓ぬき、神もきかせと箍たたき、たたきめぐれば、ほのぼの明けぬ。
反歌
春の夜と滴りあまる豊造酒は朱塗の樽に添ひて流れつ
習字
太竹の青き筒、つやつやし筒に、たぷたぷと素水入れ、硯の水清けし、墨磨れと、傍注ぎ、注ぎてまはりぬ。勢ひける何なるならし。幼などちそのかの子らの、筒袖の、その中にしも級長われは。
反歌
女童はほのかなりしか小硯の赤間が石に墨片避けて
雲畦先生
幽人雲畦先生は我が書の師なりき。
よく坐しきあてに墨磨り唐やうの画をたしなみと書を楽しみと
田のそなた堀に柳のしだれたる離家のに老いていましき
藩札
藩札は赭き紙ぎれ、皺に寂び黴くさき札、うち廃り忘られし屑、うち束ね山と積めども、用も無し邪魔ふさげぞと、放られてあはれや朽ちぬ。竹鉄砲紙の弾丸よし、花火筒につめよ押しこめ、煙硝よ染めとはじけと、ぱんぱんと響け、火花よ飛びちれと、幼な児我は。
反歌
しゆうしゆうと花火ふき出る竹の筒幼らすでに勢ひそめにし
青銭
青銭は穴あき銭よ、字のおもて寛永通宝、裏に波文久永宝、よく数へよく刺し貫くと、手もすまにそろへて締むと、幼な児や息づかし我、青太藺綯ひし小縄の、撚りつよきその緒くくりて、夜々をなげきし。
反歌
青銭の穴あき銭をかなしよと父のみ前に貫きて数へつ
魚市
魚市は師走の市、歳のすゑ、大つごもり前の三日、雪よ霰ふる中を、塩鰤や、我が家の市、競り市や、魚市場、戦や、船に馬に大八車、わさりこ、えいやえいや、かららよ、えいやえいや、人だかりわらわら、はいよ、天秤、担棒、走る走る、えや肩掻きわけて。
諸国船歳の塩鰤競りあぐと寒もものかは裸でおらぶ
千石船
師走業我が家の市は大歳と千石船の群れて泊てにし
南風にして千石船の箱ぐるま金比羅までも我は曳かせつ
篦
篦や篦、漆掻く篦、篦はよし、色掻き交ぜ、たらりとよ、垂りしたたらす。ぬめりや漆のねばり、たらりとよ一つ反し、つるりとよ二つ反し、日に透かし、時をや見る。乾きや潤ひや、にほひとや持ち味。漆は、漆はや、あやかし、こは子らよ生物、かく言ひて一つ反し、二つ反し、たらりとよ、つるりとよ、爺は見てゐつ、春の日永を。
反歌
滴りいとど仏師がい掻く赤漆篦うちかへし春もいぬめり
白鷺 童ぶり
夕焼には、夕焼にはの、白鷺が紅つける。白鷺が潟のそこりに足なづむ。簑毛風にそよいで。ハレヤ、霞の雲仙、島原は追風の一と潮、風さきの向う突堤は三潴ばの、のうもし。
反歌
春もやや潟の水曲を行きありく白鷺の眼の黒くするどさ
童子柳河
涼しさは水豊かなる柳かげ葦笛吹きて我等行けりし
夏の照り葦辺行く子は魚籠もちて何か真顔の我にかも似る
今ぞ見む郷国は童がどの顔も我によく似る太郎によく似る (妻に)
町内
菎蒻屋桶に藷磨り、飴形屋掛けて飴練る、蚊ばしらや春より立たむ。藍俵夏よ染み出む。綿うたす媼はさもあれ、提灯屋老の猫脊が、さてゑがく牡丹に唐獅子、太神宮祭近しと、子供組勢ふよろしと、えやうやと受け合ふものから、向ひ屋の浄瑠璃の師匠、越太夫を我は。
反歌
照る日には傘を干し竝め雨ふれば提灯に紅き牡丹描きける
柳河風俗
菱採りはか揺りかく揺り桶舟に両手掻きしてその菱堀を
菱売は久留米絣の筒袖に手も脛も黒く菱やとふれ来る
飛翔篇
太刀洗飛行場
昭和三年七月二十二日、午後一時十分、愈一期の郷土訪問飛行を決行せむとす。恩地孝四郎画伯同乗、幼児隆太郎をも伴ふ。乃ち太刀洗飛行場に参集す。
驟雨の後日の照り来る草野原におびただしく笑ふ光を感ず
草原にまだ滴する格納庫日は直射して白雨過ぎぬ
蟻のごと兵列小さく曲り来て格納庫角の銀灰の照り
照りを来し頭右して過ぎにけり二列縦隊の地上作業の兵
空は夏光沢あるはたてうるほひて格納庫の上の白き断雲
新野飛行士この人あり
飛行帽まぶかに笑ふ逞ましきこの赭顔見れば期するあるなり
単葉ドルニエ・メルクール機両翼張り大き安らあり尾を地に据ゑぬ
平らけき今日の地平のあさみどり軽気球あがる空気がありぬ
音に澄みまはるプロペラ風速し我が天翔る時ちかづきぬ
その後にて、妻のいふを聴くに
滑走し去りてふはりと上る単葉機の流るるがごとき脊筋なりしと
雲ぎはに機体消えてより胸せまる虫のすだきを原に聴きぬと
離陸、柳河へ柳河へ
飛ぶただち空と大地の入りかはるこの驚きに我くつがへる
滑走しとどろ応へしいつ知らず身は離陸して軽きに似たり
上昇し早や翼かろしあをあをと退き流るる筑紫国原
単葉のドルニエ・メルクール軽快なり今影落す遥か下の原に
雲の先遥かにし見む我が軽き合金属の銀灰の翼
上梶を護謨の滑車に照りつむる陽ははげしくて下空虚し
海胆なす草山脊筋朱砂なるが眼下に暑し匍匐したりぬ
久留米師団合歓ほの明し影つけて二列行進の兵隊が見ゆ
いよいよ柳河見ゆ
水多に柳しだるる四つ手網今ぞ盛夏の柳河が見ゆ
我が飛翔挙り出て見む郷人に心は昂れ虚しかりけり
故郷の
故郷の水のことごと、柳河や橋のことごと、たまゆらと、空ゆ一期と、我が見ると、飛ぶと翔ると、我が和子連れぬ。
反歌
柳河は城を三めぐり七めぐり水めぐらしぬ咲く花蓮
柳河上空旋回
草家古り堀はしづけき日の照りに台湾藻の群落が見ゆ
柳河、柳河、空ゆうち見れば走り出る子らが騒ぎの手にとるごとし
大殿の濠は広らと水照りして内なる池の鴨むらも見ゆ
殿の池ここだおどろく鴨むらの飛ぶまあらせずその上過ぎぬ
うち低み榎か黒き布橋の日ざかりの靄我は飛び過ぐ
遂に恩讐を超えぬ
伝習館ここぞと思ふ空にして大旋回一つあとは見ずけり
沖ノ端上空旋回
空よりぞ我が沖ノ端を見る時し機体ことごとが光る眼なりき
鯉のぼりけふは視界に吹きながし沖ノ端あり飛びて行くなり
§
矢留校身もて地に書く子ら見れば白光つよしヤの字一つ書く
矢留校に呼ぶ
子らよ見よ、我かく翔る、かの童、かく今翔る。空はよ、皆飛ぶべし、山河よ越えむに、時なし、またたく間ぞ、鳴かぶら矢留の子ら、いざや勢ひ、土たたら踏み飛べや。
§
嵐なす羽風我が切りとよもすと的の矢留の空飛び抜けぬ
泣かむかに我は突き入る低空を子らぞ騒げるその仰ぎ見に
命なり散華の五色早や撒きて地に著かぬまを突入す我は
六歳の子が強く口緊めこらふるに父なる我が何ぞわななく
§
風立てて我が家の空を過ぎにけるこのたまゆらよ機は揺れ揺れぬ
大揺れに我が家の甍すれすれと飛び過ぎにける今ぞその空
我が挨拶夏は青田のただ中と子らを目がけて落下傘落す
雲仙と有明の海ひと目見したちまち喚き機は旋回す
右に見し今は左翼にある海の浩蕩として筑紫潟ここは
いや騰り国原恋ふるその父をこの子は空に神を見むとす
父よ、児は遂に飛びぬ
父の顔ありありと見る雲間にて涙条なす我堪へむとす
大牟田上空
煙吐く煙突林の大傾斜我が驚くと見やる間も無し
三池山中
この日、南関を見失ひ、あらぬ山中を旋回す。
夏照りの山の小峡にひそかなる部落あり我は空ゆ見むとす
童ひとり空を仰ぐは山中に路あるならし歩みゐるなり
南関上空
二十三日、本飛行に先立ち、南関の上空を求む。
母の里外目の空は雨雲の間青く潤ひ母の眼かとも
山方は野町原町北の関その関越えて官軍は来し
註、野町、原町もともに村の名。南関は西南戦争の時官軍の本陣なりし由。
棚畑の煙草の花の夏霞祖父のみ墓今ぞ飛び越ゆ
石の井に釣瓶は置きて影ありしきのふの庭の空通り過ぐ (二の叔父の家)
老人のその眼に小さき愛鷹と見え来む我か山は飛び越ゆ
町の長その老ゆゑに山峡の小峡の関に空翔けくだる
柿諸葉てらてらい照り黒瓦今ぞ見え来つその家とし見つ (島田家二首)
その家の低空にして昨浴びし風呂の煙の早や立ちそめぬ
老柿と築石畦に日の照りて草屋がいくつ関のせせらぎ
幼くて裸馬をせめたる山河を桑の葉照に空かけめぐる
瀬高の上空をも、またあらためて
上ノ庄棟もま黒に群がるはそのかの子らしよく生ましけり
本飛行
二十三日、はじめて本飛行に就く。南関の上空よりそのまま一路ただ大阪へ大阪へと飛ぶ。
天の路ひとすぢ徹り遥かなり今飛ぶべきはこの航路のみ
眼下の深田に映る日の在処かがやきしるし月のごと見ゆ
昼がすみ水曲の明りほのぼのと合歓の花は咲き匂ふらし
天つ辺は飛びつつ泣かゆまなしたに虹の輪円く顕ち明るめり
目にとめて下なる虹の中飛ぶは単葉機我の蜻蛉なす影
北の方雲にか黝き山の秀は英彦ならむ尖り出る見ゆ
我が飛ぶや山はさやらず畳はり畳はる蒼き梢のみ見る
山なるは森厳にして雲湧けり梢かぐろき杉の群立
空行けば目も恋しかも山ふかく人家居して衣干す見ゆ
物駭悲しかるらし山の峠嶮峻にして鹿走り出ぬ
プロペラは音ひびかへれいつ知らず密雲の中に入りて暫あり
新野飛行士生地の上を過ぐ、二首
密雲のま中衝きゆく我が下に嘉穂の郡はありと言ふかや
山中は音響かへば雨雲の上行く脊をか妹見けむかも
夏山は思はぬ岩に飛沫してたぎつ川瀬の水わかれ見ゆ
我が飛翔しきりにかなし女子の小峡の水浴夏は見にけり
飛びつつを行失ひし夕影はまさに女の脛を見けむか
深山木の黒檜の木群秀に濡れて降りしばかりの雲断るるなり
深山辺よあはれは久し人入りておのづからなる道通ふ見ゆ
四方の雲ひたに閑けくなりにけり山峡ふかく瀬のたぎち見ゆ
真夏空絶えず涌き来るいつくしき白木綿雲の中わくるなり
ここの空真夏闌けつつしづかなり行きあひの白き雲の部厚さ
じんじんと山上百メートルを飛びつつあり緑に徹る命あるのみ
裸童居る山の中なる風景の何ぞ空なる我に笑み来る
雑草の高原斜面緑なす気流に乗ると一気に我は
ひた恋ふる地上のみどり逆にして流動し去る総てなるなり
国東は積乱雲のいや騰る夏空青し灘に映ろふ
ひた飛びに周防へ向ふ灘の空何か後追ふ音ある聴かゆ
簑嶋は玉にかつづるひと簑の雨うつくしく光るその嶋
航空はしづけきものと人言ふを夕海の空をわたりうべなふ
翼のうら滑車に映る影見れば微動しつつあらし飛行はつづく
飛ぶものは尾翼平らに今あらし瀬戸の内海の夏夕霞
水平動感じつつあり夕暮は思ふともなく母恋ふらしき
天上に桃の和毛をひた撫でてはかなやと言ふも我がうつつなり
たまゆらと翔るたまゆら天にして我がひた噛るくれなゐの桃
厳嶋潮満ちたらし海中と鳥居ひたりて鹿あがる見ゆ
空に観て活字函なす家群に都市の真実の声はあるなり
夕かげは陸の岬々嶋の岬遠ながく見て高度行くなり
雲の塊夕紫に脈なして屋嶋ぞと思ふ嶋々暮れぬ
翼のかげ支柱に映りしづかなる飛行はつづく夕火照る海
ほのぼのと匂ふ淡路のそなた空飛びつつは見ゆ霞む夕浪
早や愛し和田の岬の夕潮に藷洗ふごとく子らぞ混み合ふ
水のべの天満の祭篝焚き空翔り来し我やそぐはず
終篇
二十四日、我空を飛びて大阪へ向ふあひだ、妻は子らを伴ひて、太刀洗より大分なる生家へ下る。我、行を了るや、その翌の日、紅丸に乗じて、そを迎ふと航海す。かくして、別府、大分、由布院に淹留旬日、再び妻子と瀬戸の内海を渡りて帰る。その折の長歌竝に短歌二三。
大分にて
白雉城お濠の蓮のほの紅に朝眼よろしも妻がふるさと
母びと
母びとはかなしかるかな。老いましてなほとやさしな。妻と来て、お許に来て、今日くつろぐと、子らもゐて。茶寮には灯のはひり、石いくつ水うつあひだ、彼方見て、もの言ひてます物ごしのあはれ、よくぞ似る妻が母刀自、子らにもけだし。
反歌
水うちて残んの日かげ濡れたるにもの言ひてます母のしたしさ
おなじく
街中は瓦重なる夕かげをまだじじとある蝉が庭木に
瀬戸内海
しづかや船ゆきゆく。安らや船ゆきゆく。飛ぶべくはその空飛びぬ。ひさびさや会ふべく会ひぬ。子らにしも父が母国、まつぶさに見よとし見せぬ。さて見むと、母の里をも、子ら見よと隈なく行きぬ。淡路嶋かよふ千鳥、明石の浦、このそよぐすずしき風に、親子づれ帰さ安しと、この日なか、波折光ると、甲板に鼠出でぬと、おもしろとその影見やる。
反歌
昨飛びて空ゆながめし瀬戸の海を今日船路行き波の面わたる
空ゆ見し全き淡路の夕がすみ船はすべなもただに片附く
あとのたより
君が飛ぶことごとの人が仰ぎぬと涙せりとぞ友ら言ふかも
その空は涙たまりて見ざりきと下べのその家我も見ざりき