返回
五重塔
Table of Contents
五重塔
幸田露伴
Reading Settings
字体大小
18px
主题
浅色
深色
棕褐色
护眼模式
行距
阅读模式
译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 9 of 35

其九

小僧がもって来し茶を上人みずから汲みたまいてすすめらるれば、二人とももったいながりて恐れ入りながら頂戴するを、そう遠慮されては言葉に角が取れいで話が丸う行かぬわ、さあ菓子も挾んではやらぬから勝手に摘んでくれ、と高坏推しやりてみずからも天目取り上げ喉を湿したまい、面白い話というも桑門の老僧らにはそうたくさんないものながら、このごろ読んだお経の中につくづくなるほどと感心したことのある、聞いてくれこういう話しじゃ、むかしある国の長者が二人の子を引きつれてうららかな天気の節に、香りのする花の咲き軟らかな草の滋って居る広野を愉快げに遊行したところ、水は大分に夏の初めゆえ涸れたれどなお清らかに流れて岸を洗うて居る大きな川に出で逢うた、その川の中には珠のような小磧やら銀のような砂でできて居る美しい洲のあったれば、長者は興に乗じて一尋ばかりの流れを無造作に飛び越え、あなたこなたを見廻せば、洲の後面の方もまた一尋ほどの流れで陸と隔てられたる別世界、まるで浮世のなまぐさい土地とは懸絶れた清浄の地であったまま独り歓び喜んで踊躍したが、渉ろうとしても渉り得ない二人の児童が羨ましがって喚び叫ぶを可憐に思い、汝たちには来ることのできぬ清浄の地であるが、さほどに来たくば渡らしてやるほどに待っていよ、見よ見よわが足下のこの磧は一々蓮華の形状をなし居る世に珍しき磧なり、わが眼の前のこの砂は一々五金の光をもてる比類まれなる砂なるぞと説き示せば、二人は遠眼にそれを見ていよいよ焦躁り渡ろうとするを、長者は徐かに制しながら、洪水の時にても根こぎになったるらしき棕櫚の樹の一尋余りなを架け渡して橋としてやったに、我が先へ汝は後にと兄弟争い鬩いだ末、兄は兄だけ力強く弟をついに投げ伏せて我意の勝を得たに誇り高ぶり、急ぎその橋を渡りかけ半途にようやく到りし時、弟は起き上りさま口惜しさに力を籠めて橋をうごかせば兄はたちまち水に落ち、苦しみいて洲に達せしが、この時弟ははやその橋を難なく渡り超えかくるを見るより兄もその橋の端を一揺り揺り動かせば、もとより丸木の橋なるゆえ弟も堪らず水に落ち、わずかに長者の立ったるところへ濡れ滴りて這い上った、その時長者は歎息して、汝たちには何と見ゆる、今汝らが足踏みかけしよりこの洲はたちまち前と異なり、磧は黒く醜くなり沙は黄ばめる普通の沙となれり、見よ見よいかにと告げ知らするに二人は驚き、眼をりて見れば全く父の言葉に少しも違わぬ沙磧、ああかかるもの取らんとて可愛き弟を悩ませしか、尊き兄を溺らせしかと兄弟ともに慚じ悲しみて、弟の袂を兄は絞り兄の衣裾を弟は絞りて互いにいたわり慰めけるが、かの橋をまた引き来たりて洲の後面なる流れに打ちかけ、はやこの洲には用なければなおもあなたに遊び歩かん、汝たちまずこれを渡れと、長者の言葉に兄弟は顔を見合いて先刻には似ず、兄上先にお渡りなされ、弟よ先に渡るがよいと譲り合いしが、年順なれば兄まず渡るその時に、転びやすきを気遣いて弟は端を揺がぬようしかと抑ゆる、その次に弟渡れば兄もまた揺がぬように抑えやり、長者は苦なく飛び越えて、三人ともにいと長閑くそぞろに歩むそのうちに、兄が図らず拾いし石を弟が見れば美しき蓮華の形をなせる石、弟が摘み上げたる砂を兄が覗けば眼も眩く五金の光を放ちていたるに、兄弟ともども歓喜び楽しみ、互いに得たる幸福を互いに深く讃歎し合う、その時長者は懐中より真実の璧の蓮華を取り出し兄に与えて、弟にも真実の砂金を袖より出して大切にせよと与えたという、話してしまえば小供欺しのようじゃが仏説に虚言はない、小児欺しでは決してない、噛みしめて見よ味のある話しではないか、どうじゃ汝たちにも面白いか、老僧には大層面白いが、と軽く云われて深く浸む、譬喩方便も御胸の中にもたるる真実から。源太十兵衛二人とも顔見合わせて茫然たり。

Chapter 9 of 35
|