山中の骸骨
実験室の前の庭にある桐の若葉が、ようやく出そろった五月なかばのある朝。塚原俊夫君が「Pのおじさん」と呼ぶ警視庁の小田刑事は、珍しくも私服を着て、私たちの事務室兼実験室を訪ねられました。小田さんは東京に近い△△県の田舎の生まれだそうですが、その村の小田さんの親戚の家に一つの事件が発生したので、俊夫君にその解決を依頼すべく来られたのです。
今日からちょうど五日前、△△県××村の付近の山奥で、先年関東の大地震の際、山崩れのあったところを、二人の農夫が掘りかえしていると、一本の松の木の根元から、以外にも、十二三の少年の死体があらわれました。死んでからよほど日数がたっていると見えて、単衣に包まれた身体も、学校帽子をそばに置いた頭も、ほとんど骨ばかりで、どこの誰とも分かりませんでした。
二人の農夫はびっくりして、転ぶように走って、F町の警察署に事の次第を急報しましたので、警察署からは直ちに三人の警官が取り調べのため、現場に駆けつけました。
掘りだされた死体は紺絣が単衣の筒袖で、黒い兵児帯をまとい、頭の部分には手拭いが巻きついていて、それが後ろの方で結んでありました。頭のそばに落ちていた学校帽子の徽章は、まごう方なく××村の小学校のそれであって、懐にある蟇口の中はからっぽであり、下駄には「草野」という焼印が捺されてありました。
その山は××村からF町へ行く途中にありますが、死体の発見されたところは平素めったに人が行かぬところだそうです。でも、噂を聞いた村人は、われ先にと集まってきて、程なく死んだ少年は、村の相当の資産家なる草野ふさ方の長男草野富三であると分かりました。ことに母親が来て着物も下駄も何もかも富三のものだと申しましたので、顔はもとより分かりませんでしたが、もはや疑う余地はなくなりました。
話は大正十二年八月三十日に遡ります。死んだ少年草野富三は、同級(尋常六年生)の少年津田栄吉と、各々、家の金五十円ほどずつを持ちだして行方不明になりました。二人は学校の教師も持てあましたくらいの不良少年でして、今までよく家をあけることもありましたが、こんなに大金を盗みだしたのは稀であるのと、二人がF町の方へ連れ立ってゆくのを見たという者があるのと、富三が東京行の汽車に乗るのを見たという者があったので、両家では、翌日一日じゅう待っていよいよ帰らぬことが分かると、それぞれ使者を出して、九月一日の朝東京の心当たりの先を訪ねさせることにしたのであります。
すると、あの大地震です。二人の少年を捜しに出た人々も、少年たちも、もろともに焼死したと見えて、そのまま帰ってきませんでしたので、みんな東京の土となったものと思いこんでおりました。
ところが東京へ行ったはずの富三が、こうして山奥に死んでいるところを見ると、もう一人の少年栄吉もいっしょに山崩れの下敷きになったかもしれない、こう考えて、村の人々は、力を合わせて付近を掘りかえしましたが、栄吉の死体はどうしても見つかりませんでした。
富三はなぜ一人でこんな山奥へ来たか、警官はまず二人の少年がF町へ連れ立ってゆくのを見たという者を呼んで、よく尋ねてみますと、何しろ一年半以上にもなったところですから、その返事は曖昧で、ことによると、二人は別々に家の金を盗んで出たのかもしれないということになりました。
そこで警官は、さらに考えを進めて、蟇口の中がからであるということと、首に手拭いが巻かれてあるということからして、富三は、盗人のために山奥に連れられ絞め殺されて、五十円の金を奪いとられたのであろうと推定しました。
しかしその盗人が誰であるか、もとより分かろうはずはありませんけれど、何とかして犯人を捕らえたいと思った警官は、富三の家庭の事情を聞くなり、富三の母親に向かって恐ろしい嫌疑をかけたのであります。
というのは、富三は母親ふさの継子であって、富三の腹ちがいの弟に、家の財産を譲りたいために(父親は数年前に亡くなりました)富三を山奥に連れていって殺し、栄吉が金を持って逃げだしたと聞いて、富三も金を持ちだしたように言いふらしたにちがいない、と推定したのであります。
ですから、警官は富三の継母ふさを警察署へ拘引してきびしく尋問しました。その結果、どうでしょう、継母ふさは、富三を殺したことを白状したそうであります。
小田刑事はこの継母ふさの従兄妹に当たるそうですから、継母に会って話した結果、ふさは絶対に富三を殺したのではなく、義理のために白状したのだと信じて自分で取り調べようかとも思われたのですが、職掌上面白くないから、俊夫君に事件の捜査を依頼に来られたのであります。
「承知いたしました。面白そうな事件ですね」
と、俊夫君は、小田さんの話を聞き終わって、快く申しました。
「何よりもまずその死体を見なければなりません。これからすぐ出かけますから、どうか案内してください」
間もなく私たち三人は汽車に乗ってF町へ来ました。警察署へ入ると、小田さんは、
「俊夫君、おふささんに会ってくれるか?」
と申しました。
「いいえ、まず、死体を検べさせてもらいましょう。その都合で必要があったらお目にかかりましょう」
と俊夫君は答えました。
死体は別室に置かれてありました。見るもあわれな、黒みがかった骸骨でありまして、帽子衣服などの付属品はそのそばにならべてありました。俊夫君はまず、頭蓋骨を取りあげて、しばらくいじくり回した後、小田さんに向かって、富三君の写真があったら借りてきてくださいと言いました。
小田さんが出てゆくと、俊夫君は、骸骨のそばに置かれてあった付属品を取り調べにかかりました。いずれも破れかけ腐りかけたものばかりでしたから、俊夫君はいかにも大事そうに取り扱い、まず帽子を取りあげて、頭蓋骨にかぶせると、ちょうどぴったりはまって、少し小さいくらいでありました。
俊夫君は何思ったか、にっこり笑って、帽子をかぶせたまま頭蓋骨をわきへ置き、次に破れかけた絣の単衣を検査しました。すると何か不審なことでもあるのか、しばらく、首を傾けて考えておりましたが、やがて手帳を出して次に示してあるような図を描き、さらに、図に示すように「泥のついて居ないところ」という文字を書きこみました。
それから、俊夫君は下駄や、蟇口や兵児帯を綿密に検べましたが、別に変わったところも無いと見えて、手帳には何も書きこみませんでした。
かれこれするうち、小田さんは富三の写真を持って帰ってきました。見ると、それは、手札形のはっきりした半身像で、帽子はかぶっていませんでしたが、なんとなく狡滑そうな顔をしておりました。俊夫君は、しばらく写真を見つめ、さらに帽子をかぶせてあった頭蓋骨を取りあげて見比べ、次いで帽子を取ってじっと、眺め合わせておりましたが、やがて小田さんに向かい、
「Pのおじさん、僕ちょっと検べたいことがあるから、この頭蓋骨を一週間ばかり、貸してもらうよう交渉してください」
と申しました。
小田さんはすぐ交渉に行ってくれましたが、長いこと帰ってきませんでした。
「兄さん、田舎の警察は物分かりが悪いのだねえ。これじゃ、本当の探偵なんかできやしないよ」
と俊夫君は私に向かって、憤慨して言いました。
やっと二時間も待ってからようやく小田さんが顔を出し、
「とうとう説き伏せて借りることにしたよ」
と申しました。小田さんはさらに言葉を続けて、
「俊夫君、おふささんに会ってくれるか」
と尋ねました。
「今日は会わなくってもよろしい。それよりも栄吉君の家へ行ってお母さんに会ってきましょう」
栄吉には兄弟が五人あって、やはりお父さんはなく、お母さんは実母でしたが、栄吉が不良少年になったのも、富三のおかげであるとて、たいへん富三を恨み大金を持ちだしたのも、富三にそそのかされたのだと腹を立てておりました。
そうして、富三がああした横着ものになったのも、みんなあの継母が悪いからだ。あの継母は鬼だ、だから富三を殺して、とうとう天罰を受けるようになったのだと、小田さんがおふささんの親戚だということも知らずに、私たちに向かって、さんざんおふささんのことを罵りました。俊夫君は黙って聞いておりましたが、急に意地悪そうな目つきをして、
「栄吉さんは富三さんといっしょに家出したというんですか?」
「そうですとも、そそのかされたんですよ」
「もしそうだとすると、富三さんの殺されたことを栄吉さんは見ているはずです」
「そんなこと分かるものですか」
と栄吉の母は答えました。
「分かってますよ。富三さんが、殺されて栄吉さんがそのそばにいたとすれば、殺したのは……」
と俊夫君が皆まで言わぬうちに、先方はその意味を察したと見えて、眼をむいて驚きました。
「まあ、この子はずうずうしい。よくもそんな……」
こういってぷいと奥へ入っていってしまいました。
実は俊夫君は栄吉の写真を借りるつもりで来たのですが、母親を怒らせてしまったので、駄目になってしまいました。
東京へ帰る汽車の中で俊夫君は小田さんに言いました。
「Pのおじさん、東京へ帰ったらすぐ新聞記者をよんで、明日の新聞にこう書かしてください。××村の事件は、塚原俊夫君の取り調べの結果、継母が犯人でないという見込みがつき、俊夫君はその見込みを確かめるために、頭蓋骨に肉付けすることにした。頭蓋骨の肉付けは、日本では初めての試みであるが、俊夫君のことだから、きっと見事に成功するだろう。その結果、殺された少年の顔が分かるはずだが、もし富三でなかったら、事件は意外な方面に発展するかもしれない、と」
これまで俊夫君は一度も自慢したことがないのに、今日に限って自慢するとは、どうしたわけでしょう。また、殺されたのは、富三でなくて他人なのでしょうか?