昭和二十三年 一二〇句
陳氏来て家去れといふクリスマス
クリスマス馬小屋ありて馬が住む
クリスマス藷一片を夜食とす
除夜眠れぬ仏人の猫露人の犬
猫が鶏殺すを除夜の月照らす
蝋涙の冷えゆく除夜の闇に寝る
切らざりし二十の爪と除夜眠る
朝の琴唄路に鼠が破裂して
うづたかき馬糞湯気立つ朝の力
寒の夕焼雄鶏雌の上に乗る
老婆来て赤子を覗く寒の暮
木枯の真下に赤子眼を見張る
百舌鳥に顔切られて今日が始まるか
誰も見る焚火火柱直立つを
犬の蚤寒き砂丘に跳び出せり
北風に重たき雄牛一歩一歩
北風に牛角を低くして進む
静臥せり木枯に追ひすがりつつ
木枯過ぎ日暮れの赤き木となれり
燈火なき寒の夜顔を動かさず
寒の闇ほめくや赤子泣く度に
朝若し馬の鼻息二本白し
寒の地に太き鶏鳴林立す
寒の昼雄鶏いどみ許すなし
電柱の上下寒し工夫登る
寒の夕焼架線工夫に翼なし
電工が独り罵る寒の空
寒星の辷るたちまち汝あり
数限りなき藁塚の一と化す
酔ひてぐらぐら枯野の道を父帰る
汽車全く雪原に入り人黙る
雪原を山まで誰かのしのし行け
波郷居焼原の横飛ぶ雪の中に病む
マスク洩る愛の言葉の白き息
巨大なる蜂の巣割られ晦日午後
友搗きし異形の餅が腹中へ
女呉れし餅火の上に膨脹す
膝そろへ伸びる餅食ふ女の前
餅食へば山の七星明瞭に
餅を食ひ出でて深雪に脚をす
暗闇に藁塚何を行ふや
春山を削りトロツコもて搬ぶ
雨の雲雀次ぎ次ぎわれを受渡す
祝福を雨の雲雀に返上す
雨の中雲雀ぶるぶる昇天す
梢には寒日輪根元伐られつつ
弁当を啖ひ居り寒木を伐り倒し
横たはる樹のそばにその枝を焚く
蓮池にて骨のごときを掴み出す
蓮池より入日の道へ這ひ上る
春の昼樹液したたり地を濡らす
麦の丘馬は輝き没入す
暗闇に海あり桜咲きつつあり
真昼の湯子の陰毛の光るかな
靴の足濡れて大学生と父
不和の父母胸板厚き子の前に
体内に機銃弾あり卒業す
野遊びの皆伏し彼等兵たりき
青年皆手をポケツトに桜曇る
岩山に生れて岩の蝶黒し
岩山の蟻に運ばれ蝶うごく
粉黛を娯しむ蝌蚪の水の上
春に飽き真黒き蝌蚪に飽き/\す
天に鳴る春の烈風鶏よろめく
烈風の電柱に咲き春の星
冷血と思へおぼろ野犬吠ゆる
蝌蚪曇るまなこ見ひらき見ひらけど
蝌蚪の上キユーン/\と戦闘機
一石を投じて蝌蚪をかへりみず
くらやみに蝌蚪の手足が生えつつあり
黒き蝶ひたすら昇る蝕の日へ
日蝕や鶏は内輪に足そろへ
日蝕下だましだまされ草の上に
塩田や働く事は俯向く事
塩田のかげろふ黒し蝶いそぐ
塩田の足跡夜もそのままに
塩田の黒砂光らし音なき雷
蚊の細声牛の太声誕生日
誕生日正午蛇行の跡またぐ
麦熟れてあたたかき闇充満す
蟹が眼を立てて集る雷の下
梅雨の窓狂女跳び下りたるままに
梅雨の山立ち見る度に囚徒めく
ベコベコの三味線梅雨の月のぼる
ワルツ止み瓢箪光る黴の家
黴の家泥酔漢が泣き出だす
黴の家去るや濡れたる靴をはき
悪霊とありこがね虫すがらしめ
滅びつつピアノ鳴る家蟹赤し
蟹と居て宙に切れたる虹仰ぐ
雲立てり水に死にゐて蟹赤し
深夜の歯白し青梅落ちつづく
かくさざる農夫が沖へ沖へあるく
海を出で鍬をかつぎて農夫去る
狂女死ぬを待たれ南瓜の花盛り
晩婚の友や氷菓をしたたらし
ごんごんと梅雨のトンネル闇屋の唄
枝豆の真白き塩に愁眉ひらく
枝豆やモーゼの戒に拘泥し
月の出の生々しさや湧き立つ蝗
こほろぎが女あるじの黒き侍童
仮寓甘藷を掘る一家の端にわれも掘る
炎天やけがれてよりの影が濃し
青年に長く短く星飛ぶ空
炎天の墓原独り子が通る
モナリザに仮死いつまでもこがね虫
秋雨の水の底なり蟹あゆむ
悼石橋辰之助 二句友の死の東の方へ歩き出す
涙出づ眼鏡のままに死にしかと
紅茸を怖れてわれを怖れずや
紅茸を打ちしステツキ街に振る
踏切に秋の氷塊ひびきて待つ
天井に大蛾張りつき仮の家
耕せり大秋天を鏡とし
父と子の形同じく秋耕す
老農の鎌に切られて曼珠沙華
稲孕みつつあり夜間飛行の灯
赤蜻蛉分けて農夫の胸進む
豊年や松を輪切にして戻る
豊年や牛のごときは後肢跳ね