Chapter 1 of 8

一九三×年のことである。新潟も変つた。雪国の気候の暗さは、真夏の明るい空の下でも、道路や、建築や、行き交ふ人々の表情の中に、なにがなし疲れの翳を澱ませて、ひそんでゐる。さういふ特殊な気候の暗さや、疲れの翳が、もはや殆んど街の表情に見られないのだ。まづ第一に鋪装道路。表通りの商店街は、どの都市にもそつくり見かけるあたりまへの商店建築が立ちならび、壁面よりも硝子の多い軽快な洋風商店、ビルディング、ネオンサイン、酒場、同じことだ。築港の完成。満洲国との新航路開通といふこの市の特殊な事情もあるけれども、変つたのは、あながちこの市の話だけではないらしい。欧洲で言へば、世界大戦を境にして、と言ふところだが、日本では、恐らく関東大震災を境にして、と言ふのであらう。日本中の都会の顔が、例外なしに変つたらしい。

青木卓一は久々に故郷へ戻りついた夜、叔父の田巻左門と大寺老人に案内されて、食事がてら街を歩いた。遠来の客をもてなすためといふよりは、老来益々出不精で、夜街の賑ひを忘れてゐる左門叔父の好奇心が強かつた。三人はダンスホールへもぐりこんだ。これも亦東京と同じことだ。廻転する光の色が踊りにつれて変化する。違つてゐるのは踊りての数が少いだけのことである。と、踊りに来合せてゐた幼馴染の一婦人が、卓一を認めて呼びかけた。その顔は卓一の記憶の底をつきまくり、ひつくりかへしても、雲をつきまはすと同じやうに、手掛りのないものだつた。え、俺の幼馴染といへば仔豚か鴉のやうな薄汚い餓鬼ばかりぢやないか。誰がいつたいこんなバタ臭い麗人に変つたのだらう? 卓一は呆れかへつて女の顔を視凝めつづけた。

「私の顔、思ひだせないでせう」女は笑つた。「あしたの今頃この場所でまた会ひませうね。お待ちしてますわ」

女はくるりと振向いて行つてしまつた。

「私はかういふ艶つぽい場所が好きだ。芝居、ダンス、活動、待合。総じて人だまりと女のゐる場所はみんないいね。一晩に一場所づつ、粋な場所で遊んでくらして、それからゆつくり寝るのさ。ほかに娯しみもないのでね」

と大寺老人は卓一にささやいた。さうして二十数貫の巨躯をゆすぶり、笑ひだした。左門も大寺老人ももはや七十を越えてゐた。左門は痩せ衰へてゐたが、珍奇な国の魅力のために、眼は生き生きと輝き、軽い上気がやつれた顔を若返らせてゐるやうだつた。

「え、誰だ。さつきの婦人は。あれも踊り子のひとりかね?」と左門がきいた。

「僕も見当がつかないのです。幼馴染だといふのですが……」

卓一は久々に故郷へ帰つた思ひよりも、見知らぬ土地へ突きはなされた旅人のむせるやうな異国情趣をむしろ感じた。

「まるで変つたものでせうが……」と大寺老人が左門に言つた。

「まるで変つたね。然し、変るのがあたりまへだ」と左門は自分の老齢を蔑むやうな苦笑をうかべた。「卓一お前も踊つたらどうだ」

「生憎踊りを知らないのです。ダンスホールへ這入つたのが、生れてこのかたこれが始めての経験なんです」

「東京で何をして暮してきたのだ。お前もやつぱり穴熊の一族か」

左門の眼は踊る人々を飽くこともなく追ひつづけた。少年の好奇心に燃えた眼だ。なんて新鮮な眼付だらう、と卓一は思つた。東京へ脱ぎすててきた耽溺の日々もただ退屈でしかなかつた。旅も、旅愁も、退屈つづきの重苦しさの底にあつた。故郷も、然し新鮮ではない。俺にはもはや少年がないのだ。

――この老人にこんな新鮮な少年の眼がどうして残つてゐたのだらう……

それが再び彼に異国の思ひを強めた。

「大寺老」と左門はよんだ。「あなたは時々ここへ遊びにきて、踊つた例はないのかね?」

「さて、そこだね。長生きの恥かきとはここの理窟だ。いつぺんだけ踊つてみたことがありましたがね(と老人は急に当時を思ひだして、暫くは笑ひがだらしなく止まらなかつた)年寄りのくせに、豚のやうに太つてしまふと、赤んぼの足つきと同じやうにヨチヨチして、器用なうごきはできないものだ。女の子が怒つたね。あはは。私はかうして見てゐるだけで、なんと言つたね。卓一さん。その、ホルモンといつたかね。そのたしになりますからな」

その翌日から卓一は越後新報へ出社した。卓一はこの新聞の編輯長に招かれたのだ。前編輯長の野々宮が事務を教えるために、出社してゐた。

「僕は始め人並みの抱負をもつてゐたのです。然し一年。恐らく一ヶ月といふ方が、むしろ正しいかも知れません。抱負は、すでに、なかつたのですね」野々宮は笑つた。卓一と同じ年齢のころ、彼も招かれてきたのであつた。「それからは、ニュースを編輯するだけの仕事でした。地方新聞は、青年の野望と抱負を傾けても、歯の立ちがたい種類のものです。抱負のうすれた毎日に、この土地の長い冬の暗らさほど、憂鬱なものはありません。毎日低い灰色の空に押しつけられてゐると、気違ひにならないことが、不思議な気すら起るのですね。この薄暗らい編輯室に一日坐つてゐるだけで、何か微塵に破壊したくなるやうな、苛立ちを覚えずにはゐられなくなつてくるのです」

野々宮は、やつれてゐた。肉体も虚弱であつたが、神経衰弱の気味ださうな。東京に彼の赴任を待つてゐる新らたな仕事があるのだが、恋のために、動けなかつた。彼の妻君は、刃物を揮ひさうだつた。

「むしろ抱負が、この土地では、無役な障碍にしかすぎないのです。地方新聞が、地方的な啓蒙の役割をもつてゐたのは、明治中年の頃のことで、今日では、地方のニュースを伝えるだけが、精一杯の仕事ですね。そのほかの大きな仕事は、東京の大新聞が、するのです。東京の大新聞が地方に販路をひらいて以来、どれだけ仕事をしてみても、すでに、信用がないのです。むしろ抱負が、誤解の理由になるだけでせう。この仕事で生きるためには、自分を殺すことですね。それだけが、自分を生かすことなのです」

野々宮の悲観的な述懐も、卓一の心を殆んど悲しませはしなかつた。この仕事は、彼にとつて、もともと息ぬきの心算でしかなかつたのだ。この仕事が、ずるずるべつたり、一生のものになるにしても、ままよ、一生が息ぬきだ。

「僕に抱負はないのです。生活が、ひとつの旅行にすぎないのですね。生活の変化。環境の変化。それを一途に考へてゐたのです。環境を変えさえすれば、すでに道がひらけてゐる理窟なのだ、と今も信じてゐるのです。そして、流れてきたのです。思ひ通りに仕事を運んだり、変化させやうといふのではなく、仕事の通りに自分を変え、順応しようといふのですね。阿呆のやうに暮らすつもりにほかなりません」

と、卓一は笑つて言つた。

然し希望の裏打ちのない若者の行為があり得ようか。むろん有り得る筈はない。そして卓一にも、やつぱり希望はあるのであらう。然し絶望に変形しがちな、疲れきつた希望に就いて語ることは、人性と謎に就いて語ることにほかならないのだ。この解きがたい人性に就いて。自信の壊滅。野望。そして成功のあこがれ。必死。けれども安らかな時間。第二の希望。等々。それはもう人性に訊ねるがいい。個人の知つたことではないのだ。卓一は心に叫ばずにゐられなかつた。息ぬきだ。もはや俺の一生が。

然し卓一を故郷へ呼び寄せた心のひとつに、女の面影を消し去ることができなかつた。彼はそれを意識したが、意識がそれにふれることを、余り好んでゐなかつた。

田巻左門に一男と三女があつた。三女はそれぞれ他家へかたづき、一男は、結婚まもなく夭折した。子供はなかつた。嫁の文子は、まだ若かつた。恐らく三女のひとりから、養子をもらうべきだらう。そして文子は実家へ帰へすべきだつた。然し左門は文子を手離す勇気がなかつた。俺は、いよいよ、ひとりになる。……まるで棄てられてしまふやうな、切ない思ひがするのであつた。そして文子の人柄に、手離しがたい愛着を覚えざるを得ないのだ。むしろ文子に聟を探さう、左門は思つた。そして甥の卓一をその候補者に選んだのだ。それは左門の胸にかくした計画だつた。卓一と文子はまつたく知らないことだつた。

折から越後新報が野々宮の後任を物色中のことを知ると、彼にゆかりの新聞のこととて、難なく甥を後釜にすえることができたのだ。そして卓一は帰郷した。文子のことは知らないのだ。これだけで、ひとつは済んだ。次は自然にまかせることだ、と左門は肚に思つてゐた。もし卓一が文子を好いたら、そして文子が卓一を好いたら、彼を養子に迎へよう。万事は自然のなりゆき次第だ。然し文子の温順な性質や、容貌の美しさを思ふにつけて、自然にまかせてをくことが、いつとなく二人を結ぶ同じ希望になることだと左門は思つた。きつと自然にさうなるだらう。さういふ安堵がわかるのである。とくにひどく落付いた、まるで落胆であるかのやうな、安堵を感じる思ひがする。俺が口をだすことはない。誰が口をだしてもならぬ。自然が二人を結んでくれるに相違ないと思ふのだつた。いはば左門の胸底に、左門も知らない小さな嫉妬がかくされてゐるせゐかも知れない。さうしてやりたい反面に、さうさせたくない悲しい思ひが、ひそかに燃えてゐることを想像してもいいのであつた。

「え。卓一さん」三人が夜の散歩にでかけるとき、大寺老人が卓一に言つた。「あの若い後家さん綺麗だと思はないかね。え。つやつぽいね。水々しいといふ奴だ。俺が三十年若かつたら。いや。男子一生の大後悔さ。さて、そこだ。ここは一番、あんたひとつ口説くところだ。誰に遠慮がゐるものか」

卓一は文子を見るのがその日はじめてのことだつた。そして文子を見てゐるうちに、左門が自分を故郷へよんだ魂胆が、分りかけてきたのであつた。この女と、やがて一緒になるだらう。無気力な、ぬきさしならね予感のために暗らかつた。

然し女。卓一を故郷へよんだ面影は。それは文子ではなかつたのだ。

四年前のことだつた。

卓一は古川澄江と知りあつた。澄江も新潟をふるさとに持ち、ピアノの修業に没頭してゐた。人々は、二人の結婚を、信じてゐた。二人のひたむきな情熱によつて、結婚だけが、当然のことに思はれたのだ。

卓一は、然し自然に澄江から離れていつた。まるで澄江に裏切られ、棄てられたやうな、深い嘆きに沈むのだつた。然し澄江から離れて行くのは、卓一なのだ。澄江は愛しつづけてゐた。卓一もそれを知つてゐた。然し卓一の胸底を、常に裏切られた切なさが、去らなかつた。その切なさを、どうすることもできないのだ。次第に澄江から遠退くことに焦りだし、心は自然に荒みを深かめて、自暴自棄に落ちてゐた。

スタンダアルは、メチルドに寄せる愛に就いて語ることを、かなり好んでゐたらしい。二人に肉体の関係はなかつた。彼がメチルドに会つたのは、その生涯の極めてわづかな時間のことだ。特に深く立ち入つて、愛の告白を語り合つた仲でもない。然し彼は失意のとき、また、そぞろ歩きのひととき、この恋を知りそめてのちの多くの時間は、メチルドの思ひ出によつて豊かになり、救はれもしたと言ふのであつた。その恋は、人の世にいれられないが、神の前に許るされるであらう、と好みの誇大な表現で告白する。この愛すべき恋愛道の大家は、それゆえ甚だ常識的でもあるのである。彼は酔ふことが好きなのだ。そして時代の精神が、恋の酔ひをさまさせるほど、苛酷でなかつた。

まことの愛は、怖れのなかに、あるのだらうか。これも奇矯だ。然し愛情は甘くないのだ。また愛情は、肉体を超えて、有りうるだらうか。むしろまことの愛情は、肉体を怖れることがないだらうか。これはどうも理解のできない節がある。我々の精神内容には、あらゆる葛藤の歴史を賭けた複雑なからくりが隠されてゐるのだ。精神は肉体を裏切り、肉体はまたその精神を裏切つて、今更その源へ還ることは困難らしい。然しとかく人間は、聖母の姿を胸に秘めてゐやすいのだ。愛の対象に、ひとつの神格を与えたくなつてしまふらしい。これは純粋な恋ではない。すくなくとも、肉体のもとめる恋ではないのである。いはば人生観的な、思想活動と結びついた、極めて理知的な工作でもあらう。

「あのひとは、多情な女だ」

卓一は、人に向つて、ときに浩嘆を洩らしたことがあつたのである。然しその浩嘆ほど、彼の激しい切なさもなかつたのだが、またそのことほど彼の信じえぬ事柄もなかつた。

なるほど澄江に、かつて愛人があつた。澄江に限つたことではない。卓一だつて、くされ縁の女があつた。どつちにしても、二人以前の、すでに過去の話であつた。澄江の心は、一途に卓一のものだつた。卓一はそれを知つてゐたが、自ら最も信じがたい事柄を掴んで、浩嘆せずにゐられないのだ。言はざるを得ないのだ。嘆かざるを得ないのだつた。

澄江の眼光に甘さはなかつた。彼等は愛情のさなかに於てすら、貪婪に裸かの心を探りあひ、己れの理知のうるささに、むしろ当惑するのであつた。そんな恋の中にゐると、まるで試験台にねせられて、手術を受けてゐるやうな恐怖が去らないこともない。澄江も亦、同じ思ひがするであらうと彼は思つた。今に、いつと怖ろしいことが、きさうだ。……

卓一は、ぬきさしのならない力にせめられて、次第に澄江から離れながら、澄江を蔑む多くの時間を、日々の友にするのであつた。一途に憎む思ひばかりが、自然であつた。

恐らく澄江も、愛しつかれ、憎みつかれたに相違なかつた。そして澄江は故郷へ帰つた。卓一は、風の便りに、それを知つた。もはや四年の歳月が流れてゐた。二人はむろん音信を交したこともないのであつた。

「野々宮さんも、若いですね」と、木村重吉といふ編輯部員が、新編輯長に親しみを見せたいために笑ひながら、言つた。「まるで、はたちの青年のやうに、恋にあつあつなんです。げつそりやつれてしまつたのです。複雑な事情は知りませんが、僕達は、これを野々宮さんの深刻なる恋愛と称んでゐるのです。あいにく事が奥さんにばれて、その方のもつれ方も、一通りではないさうですね」

仕事中の一人の編輯記者が、筆を握つた手を休めずに、鼻唄のやうな呟きを洩らした。

「若いよ。とにかく、小説中の人物さ」

その野々宮は、窓際に茫然立つて、外を見てゐた。野々宮は三十八だつた。そして卓一は三十だつた。野々宮の後姿を眺めてすら、その衰えと、不健康のみ知り得ずにゐられなかつた。人生を鼻唄に換えて流れてきたのに、着任匆々恋にやつれた人物にめぐりあふとは。すでに心が重かつた。卓一は筆を措いて立ち上り、彼も亦窓に凭れて外を眺めた。下をこの市のメーンストリートが走つてゐる。人も自動車も動いてゐるが、東京の生き生きとした賑ひには、たうてい比ぶべくもない凋落の白さがみちてゐた。雪国の長い冬が、訪れようとしてゐた。街に一冬の灰色の空が、すでに低くしきつめてゐた。青空は、もうこの土地を立ち去つたのだ。

来ない方が、よかつたようだな。と卓一は思つた。俺が新潟へ流れてきたのは、自分を抛棄したつもりであつた。そのくせ、やつぱり恋心もあつたのだ。さう言はれても、たしかに仕方がないではないか。恋が俺を休める筈は有り得ないのに。俺にとつて必要なのは、恋のあこがれだけなのだ。あこがれの中に生きるものは、現実では、死ななければならないものだ。それを知りすぎてゐながら、俺はすこし、現実に甘えすぎてゐたようだ。ほんとの現実に生きるためには、あこがれのもつ現実性を、抛棄しなければならないだらう。俺の一生が、浪費なのだ。そして現実を殺すにまさる浪費はない。その貪婪が、せめて俺の生き甲斐であるらしい。

その朝、道を歩いてゐると、向ふに見えた女の姿が、咄嗟に澄江のやうな気がした。それに類した軽い不安は、この町の停車場へ降りてこのかた、道行く彼につきまとふてもゐたのである。彼は路上へ釘づけになつた。然し次の瞬間に、彼はすでに振向いて、細い道へまがつてゐた。彼は自然に走つてゐたのだ。彼の意識は、然し同時に、かなり冷静な批判もあつた。逃げる動作が不快であつた。然しすでに仕方がないのだ。彼は寺町の墓地の中へ、来てしまつてゐた。彼は思はず心に曠野を見るのであつた。一途の悲しさが胸を流れた。孤独であつた。その安らかさが、唯一の分ることだつた。それでいいのだ。彼は静かに呟いてゐた。ぬれた墓が雑然とならんでゐる。小さくて、うすぎたなくて、みぢめで、冷めたさうだつた。各々の石の表情は、各々冷めたい孤立であつた。それが卓一の心を安らかにしたと思はせる。その聯想と安らかさは、ぎごちなかつた。まるで幼児達の不手際な組立遊戯のやうに。然し彼は自分の安手な感傷に腹立つ気にもならないほど、張合ひのない落胆のなかへ落ちこむのだつた。彼は墓に腰を下して、あたりの静寂にしばらく浸る甘さを愛した。

要するに、俺に必要なのは、澄江その人ではないらしい。卓一は思はずにゐられなかつた。澄江はきつと、俺の心に仕掛けられた魔法の玩具のひとつなのだらう。俺の一生の退屈は、この玩具なしに生きられないのだ。そして俺に必要なのは、不可能な現実と、あこがれだけであるらしい。

そしてまた、この物思ひが、俺の一生の子守唄かと彼は思つた。

「数年前のことですが、三遊亭喜楽といふ落語家が、この町へ興行にきたのです。社へ挨拶にきて、僕とこの部屋で会つたのですが」野々宮が卓一の旁に歩み寄つて、話しかけた。「僕の顔を視凝めながら、突然大きな声で、あなたは三十五歳でせうと訊ねるのですね。さうです。三十五歳になるですけど、どうしてそれがあなたにお分かりですかと訊き返したのです。あの人は、高座の姿を見ただけでは予想もつかないことですが、非常に内気な人なのですね。ふだんは、いくらか顔を伏せるやうにして、吃りがちにしか、喋ることができないやうな人なのです。僕の反問にあふと、見るも気の毒なほど悄気返つたのですね。然しやがて語りはじめたのです。私も実は三十五歳になるのです。この歳になつてから、自然に気持が滅入りこんで、四方暗らさでふさがれたやうな自分の心に、ふと気付いてしまつたのです。理由といつて、これと思ひ当る何物もなく、ただ心の重さだけがのつぴきならないものですから、これはもう年のせゐだと思ひこまずにゐられなかつたのです。なにか宿命のやうなものを、毎秒感じさせられてゐるやうな、重い跫音がきこえてならない思ひなのです、と言ふのですね。僕の顔をひとめ見ると、かねがね怯えてゐる翳があつたので、この人も三十五歳だといふ確信が、閃く同時に叫んでしまつてゐたのです、と気の毒なほど悲しさうに言ふのでした。新潟に興行のあひだ、毎晩僕を訪ねてきて、頻りに二人だけの時間を持ちたがる風でしたが、その友情は今もつづいてゐるのです。旅興行でこの町の近くまで来たときは無論ですが、東京の本興行のひまをぬすんで、わざわざ新潟まで、僕を訪ねずにゐられなくなるときが、あるらしいのですね。あの人は酒の飲めない人ですから、番茶を飲みながら、夜の明ける頃まで、ひとりで喋つているのです」

三遊亭喜楽の落語は、卓一も数回きいた覚えがあつた。芸の本質を遠く逃した邪道の人と信じてゐたので、その名前には、ただ軽蔑がついて廻るにすぎなかつた。

「あの人が、女と心中のつもりで、佐渡へ渡らうとしたことがあつたのです。僕に会はず、新潟を素通りして行くつもりだつたさうですが、新潟へ着いた日があいにくひどい吹雪の日で、船がでないのですね。宿をとつて、くすぶつてゐるうちに、僕に会ふ気になつたのだと言つてゐました。さて、僕に会ふ気になつてみたら、娑婆気が出たといふわけか、心中もひとつの心なら、生きることもひとつの心で(彼はさういふ表現を用ひたのです)心中も、その日の汽船と同じやうに諦らめる方が自然らしい。そのうへ女と別れる方が、なほ自然だと思つたさうです。この土地で、この日なら、別れられると思はずにゐられなかつたさうですね。そこで一思ひに別れ話を切りだしてみると、女も存外落付いてゐて、素直に同意したのが、夢のやうに不思議でならないと言つてゐました。別れる場所を探すために、心中にでかけたやうなものさ、と喜楽は笑つてゐたのです。女を乗せた上野行きの急行列車を見送ると、早速ここへ駈けつけてきたのですが、僕を認めると、憑かれたやうにとりとめもなく喋りだして、ヘラヘラ笑ひだしたりする様子が、あの商売の人ですから、巧まなくとも芝居がかつた不自然な誇張が目立つのですね。そのくせ何か際どい危なさが、チラチラ洩れて、薄い刃物の刃ざはりのやうな無気味な感じもあるのです。そのうち、いくらか落付いてきて、とりとめてきた心中の話を、ポツポツ語りはじめてゐたのでした。ひどい吹雪の日なのです。あのときの風の唸りを、今も歴々耳にきくことができるほどです」

卓一は、ききたくなかつた。欠伸がしたくなるのであつた。出社匆々、辻占の悪い数々だつた。暗らさは、あまり、退屈だ。……

夜がきた。約束のダンス・ホールへ彼は行つた。心はひどく浮いてゐた。ポケットに小銭の音をヂャラ/\鳴らし、口笛を吹きながら、酒場の扉を肩先でぐいと押し開けて這入つて行く活動写真の人物のやうだ。

女はゐた。踊り子と踊つてゐたが、彼を認めて、眼で笑つた。曲が終ると、彼の前へ歩いてきた。その顔が近づけば近づくほど、夢の中にゐるやうな、遠い気持が激しくなるのだ。夢にのみ知りうるところの、現実を鵜呑みにしてゐる多彩な心が、彼に生れてゐるのであつた。この現実と狎れ合つた気易さばかりが、すべてであつた。予想通り新鮮な心の誕生を見出して、彼は自分を有頂天にするために益々拍車をかけてゐるのだ。

「踊りませう」と女が言つた。

「踊つたことがないのです」と彼は答えた。

「意地の悪いこと、仰言るものぢやありませんわ。田舎のホールが、おいやですの」

「踊りたいと思つてゐます。然し、ダンスホールをのぞいたことすら、一度もなかつた始末です。昨日のここが、はじめての経験ですから」

女の眼に半信半疑の色が浮かんだ。そんなこと有り得ない、とその眼が言はふとしてゐるのだ。然し女は当惑して、やがて笑ひだしてゐた。

「それぢや、私」と女は突然言ひかけて、噴きだしさうになるのであつた。

「え?」

「ここを出ませう」女はすでに歩いてゐた。

卓一の素朴な挙動が、いくらか執拗すぎるほど、中断した女の言葉をうながしてゐた。それぢや、私。……どうしたのです? 卓一は、びつくりしてゐるわけでもなかつた。踊りを知らないといふたかがそれだけのものにすぎない彼の返事が、女に与えた新鮮な動きに就いて、彼は考えてゐるのであつた。好色のみを尺度にして。魔性の心にひめられた妖しい幼なさのひとつであらうか。とにかく、然し、新鮮だ。女に寄せる好奇心が、決定的なものにならうとしかかるのだつた。そしてもはや抑へがたい愛着が、いくらか野暮に見受けられるほど執拗な挙動となつて、中断した女の返事をうながしてゐるのであつた。

要するに女は――と、卓一は自分の心に言ひきかすことが大切だつた。この新鮮な情感だけで沢山なのだ。俺にとつて、それが女のすべてなのである。むしろそれ以上のどのやうな宝も女にもとめてはいけないのだつた。然しもとめすぎてゐた! 結局それらの高貴なものは、女に具はるものではないのだ。自己の所有に属するところの何物かの投影にしかすぎず、結局自分に恋をしかけてゐるやうなものだ。それゆえに、孤独と自殺を恋の中にもとめてゐるにすぎないやうなものでもあらう、と。

「雪国の冬に、生気なんか、ありませんわ」歩きながら、女は冷めたく言ふのであつた。ひとりごとであつたなら、その冷めたさに、親しさを嗅ぎ出すこともできたであらう。卓一に話しかけた言葉なのだつた。それゆえ、冷めたさが、卓一を殺す言葉のやうだつた。中断した女の言葉をうながしてゐる卓一の素朴な挙動と、執拗すぎる野暮な心を、とりつく島もないやうに、遠く突き放してゐるのであつた。女は、なほも、冷淡に言葉をつづけた。「東京からお帰りでしたら、墓の下のやうでせう」

卓一は然し殆んど平気なのだ。卓一の有頂天に、衰えの気配が見えなかつた。

女の返事は彼に不要なものなのだ。彼はただ、返事をもとめる挙動によつて、その愛着を示すことしか、知らないのだつた。勝手な返事をするがいいさ。冷めたくとも、温かくとも。どうせ言葉といふ奴は、装身具のひとつにしては、いくらかナンセンスな存在だ、と卓一は肚に呟いてゐた。それにしても、これも亦、たしかにひとつの新鮮ではないか。色情を拒絶した冷めたさ。それも情慾の秘密なのだつた。女の幼なさの表れであれ、偽装の下手な狡るさの表れであれ。人とその情慾は、いつもその悲しい相剋の故に、美しい。そこまで蓋をわつてみれば、これも厭味で、月並でないこともなからう。然しその月並だけで、沢山だつた。そのほかに、月並でないどんな神秘があるといふのだ。そのいはゆる神秘といふ奴が、俺にはよつぽど退屈で、鼻持ちのならない月並加減といふものだ。――そして卓一は、突然女のいとしさを身近かに感じる思ひがして、その情慾の危なさに驚くのだつた。と、有頂天の不自然さに、いくらか興ざめてしまふのだ。

踊り場の階下にも酒場はあつたが、二人は古町通りへでた。古町通りは、新潟の銀座だ。然し冬の訪れの近い古町通りは、人も灯も、もとより多い筈はない。寒々とした闇と気候が、もはやすべてのものだつた。

――あつちを向きなさいと言へば、素直にあつちを向くのね。こつちを向きなさいと言へば、素直にこつちを向くだけのことだ。誠実はないのだ。反対の手数が、うるさいだけのことでせう。怖ろしいほど、冷めたい。こんなに突き放されてゐて、どうしたらいいのだらう。あなたの心を、はつきり言ひなさいよ。男らしく。

半年ほど前だつた。そのころ卓一は、ひとりの女と、憂鬱な一年あまりの生活ののち、その近づいた破綻の重さに苦しんでゐた。そのころ聞きあいた言葉のひとつだ。

自分の心を言ひなさいよ。男らしく。と言はれながら、彼はたうとう殆んど語りはしなかつた。未練がましい女の言葉の相手になつて「それなら別れよう」と答える甘さも不快であつた。黙つてゐても、別れることはできるのだ。すでに心は別れてゐた。言ふべき言葉は、もはやない。路旁の心。それが俺の生涯の心なのだ、と彼は自分に教えるのだつた。家の心は、つくりものにすぎないのだ。家の心が、路旁の心と同じ物であり得ぬとすれば。冷めたさ。まづそのほかに頼れるものはないではないか。すべてはそれから後のことだ、と。

そんな一日のことだつた。二人は横浜の海岸通りを歩いてゐた。

「死んでしまふ」と女が言つた。「いま。一緒に死んでくれなんて、今更いやがらせじみたことは、言はないわ。あなたは幸福に生きなさい。さうなのだ。ああ。たまらない未練なのだ。ひと思ひに。急がずにゐられない。未練に殺されてしまふのだもの」

海の方へ振向いた女の肩を、彼は無心に抑えてゐた。女はその手を振りきつて、彼を睨んだ。怒りのために、牙をむいてゐるやうに見えた。

「死んでしまへばいいと思つてゐるくせに。かかりあひになるのが、怖ろしいのでせう」女は泣いた。「蛇のやうな手。卑怯な心。誠実は、微塵もないのだ」

冷酷といふ誠実が分からなければ、すでに仕方がないだらう。卓一は黙つて静かに振向いてゐた。すでに彼は歩いてゐた。うしろに水音がきこえるがいい。振り向きもしまい。言ひ訳けもしまい。俺もとにかく俺の誠実をやりねくほかに仕方がないのだ。

女は彼にとびついてゐた。彼の胸に顔を押し当てて、泣きぬれた。

「行つちや、いや。お願ひだから。最後の。可愛がつてくれなくとも、いいの。どんなに冷めたくとも、好きなのだ。もう一生、はなさない……」

「昔から、芝居や、小説にあることだ。とつくに終つてゐなければならないことだと思はないかね。同じ悲劇を、再び繰返す愚を、したくないのだ。すでに喜劇の領分だから」

卓一は、もしできるなら、慟哭したくなるのであつた。どうして人は、このやうに愚かでなければならないのだらう。欲するものも知り得なければ、知り得ても、為し得ないのだ。この愚かさでは堪えられぬ思ひのために、せつないのだつた。

眼を閉ぢ、そして耳をふさげば、それですむことも、惨めなのだ。それだけで、すでに安らかで有り得ることが、せつないのだ。それはあまりにも生き易い場所だ。だから、まるで死のやうだつた。

逃げるやうに女と別れてしまつたのは、それからまもないことだつた。この憂鬱を繰返すこと、そのことほど、欲せぬものも尠かつた。

新潟港も四五千噸の貨物船が埠頭へ横づけになるやうになり、紅毛碧眼のマドロスが、むしろ暗らさを訝しげに、古町通りを歩いたりする。二人は、古町のとある明るい店で、休んだ。

卓一は、明るい店内へ這入ることを、幾分怖れたほどだつた。なぜなら、女の足どりは、そして笑顔は、かなり溌剌としてゐたが、また明らかに、淡い当惑に悩みはじめてゐることが分かつてゐた。せつかくの夢の開花が、もういちはやく、萎もうとしかけてゐるのだ。そして明るい店内では、忽ち夢がさめはてるやうな思ひがしたから。

「私ユーランバに住んでゐた嘉村由子といふ者ですの。あなたが中学校の一二年生のころ、私まだ小学校の三年生か四年生ぐらゐでしたもの。お忘れでせうね」

ユーランバ。それは懐しい場所だつた。卓一の少年の日が、すべてそこに、つつまれてゐた。嘉村由子。卓一は思ひだした。記憶の中のその人は、十才前後の少女であつた。

ユーランバ。どういふ漢字を当てるのだらう。卓一は、それを知らずに過したのだつた。新潟には、これに類した曖昧な地名が、ほかに二三あるやうだ。ダッポン小路といふのがある。卓一は、少年の頃、その空想で、考へてゐた。その昔このあたりに賊でも住んでゐたのだらう。捕吏に追はれ、この小路を脱走したので、脱奔小路と言ふのであらう、と。然し一般の言ひ伝ひでは、この小路に沿ふて流れる堀があり、舟の通るにつけ、水の音がダッポン/\ときこえるといふ。そこから起きた名ださうな。ダッポンといふ擬音語は、新潟市民の忘れられない、親しみのこもつた方言だつた。恐らく最も素朴な泳法のひとつであらう。手で水を掻き、足はむやみに水面を上下に打つて、むしろ進むためではなく、しぶきをあげるにすぎないやうな原始的な泳ぎがある。新潟では、これをその水音から命名して、ダッポンコといふのである。いつたいに、擬音語の豊富な土地だつた。

ユーランバは、遊覧場とあてるのかも知れない。然し卓一の知るころは、戸数十四五戸の極めて小さな住宅地だつた。その南方は異人池。東は天主教会堂。北はキナレ亭の廃屋の崖にとざされ、西は海へでるポプラの繁つた砂丘であつた。さういへば、異人池もポプラの繁みを映すためにあるやうな池であつたし、天主教会堂も、ポプラの林の中にあつた。そしてキナレ亭の廃屋も、一面ポプラと雑草の中に隠れてゐたことが忘れられない。ユーランバは、ポプラに囲まれた千坪ほどの極めて小さな住宅地だつた。昔はこのあたり一帯が異人池々畔の草原で、自然の公園の体をなし、市民達の遊覧場であつたかも知れない。異人池は、卓一の子供のころの最も親しい遊び場だつた。卓一は、この一劃の砂丘の上に、生れたのである。

「新潟へいらつしやること、野々宮さんからうかがつて、知つてましたの。田巻さん(左門)と御一緒でしたから、分つたのですわ。(卓一の訝しげな面持に答えて、言葉をつづけた)私の住居は、野々宮さんの隣りです。それに、私のお友達は、野々宮さんの愛人なんです」

あの深刻なる恋愛の片割れが、彼女の友達だと言ふのであつた。

そのころ、新潟に、「候鳥」といふ倶楽部があつた。元来この市の最高学府は、新潟医科大学だつた。従而、そこの教授は、この土地の最高の知識人と目されてゐる。彼等の生活は、雪国の因循な市民達を瞠目させるに充分な洋臭と華やかさを持ち、異常な質素と忍耐のみに馴れてきた陰鬱な市民達には、直ちに他質の優秀人種を感じさせるほどだつた。

候鳥倶楽部の前身は、これらの教授や、その夫人や、金廻りのいい開業医達のあひだにできた小さな登山倶楽部であつた。その名称も、ワンダーフォーゲルからきたものらしい。当時越後新報の編輯長だつた野々宮が、彼等の一人に旅行記の執筆を依頼したことから始まつて、野々宮もその会員のひとりとなつた。

野々宮は、自惚や感傷に汚されない叡智と眼の所有者だつた。汚れを知らない彼の眼が、彼自らを傷ける刃物であつた。そして彼の才能を萎縮させてしまふのだ。かういふ悲劇は、かなりたくさん見受けることだ。そして詩人の魂をもつた、ひとりのディレッタントができるのである。野々宮は、旅の趣味をもつてゐた。その旅は、精神の放浪につながる暗さと孤独の相がきびしかつた。一生を旅愁に托した衰弱が、激しいのだつた。肉体の虚弱のせゐもあるのであらう。彼は岩山を愛さなかつた。また必ずしも高山を愛さなかつた。峠を愛し、高原を愛し、沼沢を愛し、渓谷を愛し、路を愛した。棄てられた村落や、その落日を愛すのだつた。野々宮の低山趣味が、やがて「候鳥」の趣味となり、彼の意志ではなかつたのに、倶楽部は彼を中心に、自然に活気づいてきた。

やがて彼等の機関誌ができ、サロン風の例会が毎週欠かさず行はれて、まつたく自然の推移のうちに、会員達の有志によつて、候鳥アンサンブルや合唱団が組織された。白髪の老博士が娘と一緒にコーラスを唸り、それが高い趣味のものだと思ひこんで、疑ふ者がなかつたのである。野々宮は、発言することがすくなかつた。然し彼のつつましやかな眼光をめぐつて、会は自然に針路を定めがちだつた。そのくせ会の華やかな波は、最も屡々野々宮を除け者にする風があつたと言ふことができる。いはば会の欠くべからざる壁の花のやうだつた。

野々宮は、いつも片隅に坐つてゐた。それが部屋の中央ですら、彼の坐席は、常に片隅にすぎないのだつた。彼は弱々しい微笑を浮かべ、一見つつしみ深い静かさで、坐つてゐるのが普通であつた。その様は、孤独を愛す多くの人々の外形が概ねさうであるやうな、いかつい沈黙や無粋な孤独で人を威すものではなく、あなた達は喋りなさい、歌ひなさい、私はそれをききませうと常に語つてゐるやうな、柔和な心を浸ませてゐた。そして人々は各々語り、各々歌ひ、雰囲気に酔ひ、この慇懃な孤独者を無視することが、最も自然の状態だつた。否。屡々彼は席上で歌ふことがあつたのである。声量は乏しかつたが、なかなか渋いテノールを持つてゐたのだ。彼はピアノを叩きながら、時々巧みに低唱した。そして会衆の喝采を浴びた。それにも拘らず、その個性は、低唱の瞬間に於てすら、また喝采の瞬間に於てすら、忘れられ、無視されてゐる趣があつた。いはば会員のひとりとしての彼の特質を一言にして語るなら、最も目立たぬこと、或ひは、人々を豊かにするために己れの姿を消し去ること、そのやうなものであつたらしい。何ごとを人に押しつける気配もなかつた。人々は彼をめぐつて饒舌や笑ひに疲れ、いつも彼を忘れてゐるのが自然の状態であつたのである。

嘉村由子も、その会員のひとりであつた。そして野々宮の愛人も、その会員のひとりださうな。

ある日のこと、それは初秋の真昼であつたが、野々宮とその愛人が、砂丘の松原を散歩してゐた。日本海の海風は荒い。その海風に吹き集められた砂丘は、大の男も登るのにうんざりするほど高いのだ。防風と防砂の目的で砂丘に植えられた松林は、この町の最も静かな自然であつた。二人は松原の砂をふみ、松籟の澱みの中を歩いてゐた。突然野々宮が歌ひだした。夜会では甚だ目立たぬ低唱だつたが、そして松籟の渡るたびにその歌声は消えがちだつたが、自然の深い静寂の中では、彼の個性がはつきりしてゐた。その歌は「帰れソレントへ」といふ伊太利の民謡であつたさうな。室内で歌はれる音楽には、生活の剰余とも言ふべきところの感傷があるものである。このとき、それがなかつた。生活自体の暗らさばかりが、すべてであつた。

「私達の恋愛は絶望だ」その夜、野々宮の愛人は、嘉村由子に語つたといふことである。「どうすることもできないといふ感じだつた。歌をきくと直感だけが、分かつたのだもの。然し悲しいことではなかつた。仕方がないといふ諦らめの気持であつた」

そして野々宮の愛人は、彼の低唱がすでに語つてゐるかに見える恋愛の、かつまた人生自体の悲劇性に反撥し、殆んど激越な怒りをもつて、野々宮の存在を呪ふ思ひに落ちたといふ。つきつめて生きることは、確かに暗らい。つきつめた恋も暗らいであらう。その暗らさでは、生ききれないのだ。

「絶望的な暗らさを一途の生き甲斐に生きぬけなんて、女にはできない。私が我儘で浮気つぽいのかも知れないけれど、明るさや、莫迦さや、子供つぽい悪戯だつて、必要だ。私だけぢやない。野々宮だつて、必要なのだ。野々宮の低唱は、私達の生き生きとした明るさを、暴力で奪ひ取つてしまふやうな残酷なものに見えたのだもの。あんまり不当だと怒鳴りたくなつたくらゐだつた」

野々宮の愛人は嘉村由子に語つたといふ。それを由子は卓一に語つた。

「女は誰しも、さうですわ」嘉村由子は卓一に言つた。「暗いのは、いやですわ。暗さだけでは。恋愛が悲しい歌と同じものでしかないやうな余裕のない現実の中では、女は反逆なしに生きられないのです。愛し合ひながら、自殺できるほど、女はロマンチストではないのですもの。女は弱いのです。子供つぽくて、馬鹿ですわ。陽気な、遊ぶことが、好きなのです」

「だから、あなたも」と、由子は突然卓一を視凝めて、笑ひだしてゐた。「歌つちや、だめ。男と女のあひだには、エレヂイなんか、ない方がいいのですもの。だから、ダンスを、習ひなさい」

卓一は、由子の笑ひと言葉とを、閃くやうなまぶしさで、受取つてゐた。そしてむしろそれを不当な好色で受取つたために、突然狼狽するのであつた。その狼狽を隠すために、彼は顔をあからめずにゐられなかつた。そして無役な返答にすぎないことを知りながら、「さうですね。僕も踊りを覚えたいと思つてゐるのです」と、益々気持をくさらせながら、鹿爪らしく答えてゐる始末であつた。

「でも、私ぢや、ダンスの御相手、却つて御迷惑でせう」と、由子の視線は柔らかく、静かで、親しみが籠つてゐたが「古川さんにお会ひになりまして?」と言つた。

卓一には理解しかねる言葉に見えた。

「古川澄江さんに、ですわ」

すでに卓一は落付いてゐた。然し落付にも拘らず、身体は硬直せずにゐられなかつた。呼吸の苦しい一瞬間を意識せずにゐられないのだ。冷静にそれを測る理知はあつたが、肉体の狼狽を防ぐことがむつかしい。その名は怖るべきひとつの概念であるらしい。理知をもつて打ち勝ちがたい怪獣だつた。

「会ひません」

落付きにも拘らず、彼の言葉に、ぶつきらぼうな荒々しさが、ぬけなかつた。すると由子の瞳に、信じることができないわと語るやうな、かなり低俗な揶揄に類した明るさが表れたので、むしろ卓一は、はじめてゆとりに返ることができたのだ。由子の月並な応接ぶりに、むしろ不自由を見出したから。

「あの人のことを、どうして知つてゐるのですか?」と卓一は訊いた。

「古川さんも候鳥の会員です。お二人のこと、私達のあひだでは、知らない人がないのです。きつと結婚のために、お帰りなんでせうよつて、噂してゐるほどですもの」

「人は何ごとによつて名を得るか分からないものですね」と卓一は、笑つた。すべてを知られてゐることが分かつたので、他人の噂をきくやうに、すでに心は気楽であつた。

なるほど卓一の周囲にも、それと同類の噂はあつた。彼等二人の結婚を、本人達が信じるよりも、友人達がむしろ信じてゐたのである。愛情の極点が、二人の結婚を不可能にする。友人達も、それを知らないわけではなかつた。手数をかけてゐるのだな、と、友人達は笑ふのである。結婚を不可能にする愛情だつて、要するに、結婚のための愛情ぢやないか。所詮要するに愛情なのだ。まごついてゐるのは、本人同志だけのことさ、と。

然し愛情の極点は、愛人に就いて、すべてのことを考へさせてしまふものだ。そして二人の前途に就いても。そこには可能なあらゆる計量が費やされる。妥協も、中途半端な誤魔化しも、この冷酷な計量を防ぐことができないのだ。

卓一は、次の事実に当面すると、苦笑せずにゐられなかつた。そして心の脆弱とたよりなさに驚くのだつた。卓一は屡々思はずにゐられないのだ。なにゆえ澄江が、特殊なひとりの女であらうか。澄江のどこに、忘れられない女の資格があるのであらう、と。

美貌であらうか。否。澄江にまさる多くの美貌を彼は屡々見慣れてきた。そして心は。性格は。教養は。そのいづれにも、特殊な魅力を指摘することは不可能だつた。こんな分らない話はない。そのくせ澄江といふ意職のたびに、肉体すらも不自由にするこの衝動を思ふがいい。苦笑を覚えずにゐられないのは、仕方がなかつた。

昔は明確な個性の魅力があつたのかも知れない。長い観察と玩味のうちに、その鋭角がすべて殺がれて、もはや女一般の平凡なひとつと化し、没し去つてしまつたのだ。はじめの激しい印象は、もはや表面にその片鱗もとどめてゐないが、心底深く潜在して、意外な作用を起すのか。それにしても、すべてはすでに、過ぎてゐた。すでに女一般の平凡なひとつと化した今となつて、単に素朴な衝撃にこだはることが可笑しいのだ。恐らく、それが間違つてゐた。

「一人の異性に、永遠にかはらぬ愛を捧げることは、不可能でせう」卓一は由子に言つた。「なるほど人は、とかく永遠を希はずに、生きることができないのかも知れません。然し人の脆弱な心は、また肉体は、永遠を誓ひうるほど、牢固たるものではありません。たまたま一瞬の情熱のみが、永遠を誓つてもなほ足りないほど、過大にすぎるのですね。数々の恋の悲劇が、また家庭のもつ不運な暗らさが、概して永遠を誓ふことの不当から発してゐるとすれば、愚かな話ではありませんか。元来、愛情の出発に当つて、永遠といふ過大な言葉を用ひることが、いけないのでせう。それにも拘らず、とかく殆んど本能的に、永遠であれかしと希ひたがるのですね。沁みるやうな切なさで。すでに僕が、さうなのです。そのことが、理知に対する本能のまぬかれがたい裏切りのひとつであるなら、愛情の悲劇性も、またまぬかれがたいものであるかも知れません。然し理知を信じるほかに、仕方がないではありませんか。僕にとつて、所詮恋愛は遊戯なのです。あの人を忘れる筈はありません。昔遊んだ砂丘の松原やポプラの並木と同じやうに、忘れがたい追憶が一生つづいてゐるだけです」

「ポプラの並木へ行きませうか」と由子が言つた。

もとより卓一には解せない言葉だ。「ユーランバのことですか」と彼はきいた。

「いいえ。古川さんのゐる所へ」卓一は閃くやうな由子の瞳に、もつとも月並なひとりの女を読みとつてゐた。夢が、かうして消えるのだ。心は暗らさに堪えがたかつた。「もう一軒のダンスホールへ行くのです。古川さんは、そこの御常連のひとりですから」

卓一は、さめはてた夢の後味の悪さ、虚しさ、重苦しさに、ついて行けなくなつてゐた。欠伸がしたくなるのであつた。むしろもはや夜道をひとり歩きたかつた。安らかな孤独のみが欲しかつた。

「遊戯ですら、興がなければ、浸ることができないものです」卓一は退屈しきつて由子に答えた。

その翌日のことだつた。

越後新報へ出勤した卓一は、木村重吉に訊ねた。この若い編輯記者は、なにか一種動物的な近親感をみなぎらせながら、異様に内気な方法で、執拗な厚意を卓一に向けはじめてゐた。

「野々宮さんの住居は、どこです」卓一はきいた。

「水道町です」木村重吉は答えた。「砂丘の松林を新らしく切りひらいてできた町ですから、御存知ないかも知れません。測候所を下つて、水道の貯水池へ行くあの松原のあとなのです。今は立派な住宅地です」

「野々宮さんの隣家に住む二十五六の女のひとを知りませんか」

「ちよつと分りかねますが」と木村重吉はだしぬけの問ひにまごつきながら答えた。「なんでしたら、訊ねてみませう」

「嘉村由子といふ幼馴染の人なのです」

木村重苦は怯えたやうな眼付をした。呆気にとられた風でもあつた。卓一の顔を疑ぐるやうに視凝めてゐたが

「だつて、その人が、野々宮さんの隣家に住む筈が、あり得ないのですが」と彼は臆病らしく答えた。

「どうして?」

「だつて。然し、編輯長は、ほんとに、知らないのですか」

「なぜ」

木村重吉の顔に、間の悪るさうな深い笑皺が刻まれた。そしてむしろ悲しいまでにその皺が黝むのだつた。

「つまり嘉村由子といふ人が」彼は吃つた。「その人が、例の、野々宮さんの愛人ぢやないのですか。だつて、さうぢやないですか。編輯長は、ほんとに、御存知ぢやないのですか」

「…………」

卓一は呆然として木村重吉の顔をみつめた。あらゆる言葉が、忘却の淵へさらひとられてゐたのである。とりのこされた自分の空虚が、はつきり分つた。お世辞にも苦笑を浮かべる余裕はなかつた。

昨夜の逐一の言動を、もう一度並べなほして、吟味しなほす必要がある。さういふ希求はむろんあつたし、それに相応した努力もした。からかはれてゐるのだらうか。――然しすべては、卓一に都合よくしか分からなかつた。結局あらゆる考へは空転に終り、自分に都合のよい記憶の断片だけが意識に映つた。結局妖艶な女の心と肉体が、その食慾をそそるやうに、彼の身体をけだるくするのみ。妖艶な女の前に、すすんで盲ひやうとする自分の意志が、ただひとつ分かりかけてくるのであつた。

悲しい歌が恋であつてはいけないと言ふのであつた。それはまるで自殺のやうだと言ふのであつた。その思想が、由子の実生活にどれほどの根をもつものか疑問であるが、それがまた卓一の思想であるのは疑ひ得ない事実であつた。然し思想の思想としての姿よりも、その傀儡であることがむしろ望ましいものに見える由子の姿が肉体が、卓一の眼、やがてそれぞれの感官をさらひ去る。思想の空虚はそこになかつた。在るものは、現実のひとりの女の姿であつた。甘美と夢想が、すべてのものになりかけてゐた。

――俺が新潟くんだりへ逃げのびて、生活の根を下さうとしたのは、こんな現実をもとめてゐたためではなかつたらしい。卓一は思はず苦笑がわくのであつた。俺は何も求めてはゐなかつた。古川澄江のことにしても、それをもとめてゐる俺と、この土地へ自分を棄てさせた俺の間には違ひがある。俺はもう、物をもとめる根気がないほど、荒れてゐたのだ。俺がこの土地へ流れてきたのは、むしろ俺自身を放棄したからにほかならない。拒絶と禁止が、快い状態だつたからである。左の頬つぺたを殴られたら、右の頬つぺたを出してやらう。まちがつても自分のことを考へるな。俺は木像や、屍だと自分に教えてゐたのである。――その第一日が、そして、もはやこれだつた。

実人生の矛盾と変化が、ああこれほども退屈なものか。卓一の口べりに、仕方なしの苦笑がからまり、冷めたくかたまつてしまはずにゐない。俺はもう、右の頬つぺたを殴られたらしいな。なるほど。さうして俺は、すでに左の頬つぺたを素直に出したといふらしいな。これは立派なでくのぼうだ、と彼は嘲りを意識してゐた。荒涼たる曠野の姿を心のうちに見出さずにゐられなかつた。

Chapter 1 of 8