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求婚三銃士
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求婚三銃士
佐々木邦
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译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 3 of 37

策士吉川君

安達君は大谷夫人には遠慮がない。何でも打ち明けて話す。冗談も言う。しかし大谷さんと来ると苦手だ。立志伝中の人だと聞いているから気が引ける。大谷さんは郷里の中学校を出ると直ぐに東京へ逃げて来て、苦学をしながら、私立大学を卒業したのである。独立独歩だ。○○銀行へ入ってからも出世が早かった。目下市内の某支店長を勤めている。安達君に取っては中学校も先輩、大学も先輩だから、事情に通じ過ぎていて、監督者としては甚だ煙たかった。

「安達君、この頃は何うだね?」

と大谷さんが訊く時は、安達君、いつも胸に覚えがあった。

「相変らずです」

「ノートは何でも皆自分で取っているんでしょうね?」

「はあ」

「溜めて置いて、人から借りて写したんじゃ駄目ですよ」

「はあ」

「此年から民法があるんでしょう?」

「あります」

「田中さんですか? 林さんですか?」

「林さんです」

「僕も林さんに習いました。先生あれから十五年一日の如く同じ講義をしているのかも知れません。ノートを一寸拝見しましょうか?」

「さあ。友達に貸してあるんです」

「ハッハヽヽ」

「本当です。吉川君が持って行ったんです」

という安達君の主張は自分の耳にも覚束なく聞えた。具合が悪いと思って頭を掻いたら、益告白のようになってしまった。

「駄目よ、安達さんは。去年好かったと仰有って、悉皆調子を下していらっしゃるんですから」

と奥さんが側から余計な口を出す。

「勉強し給えよ」

「はあ」

「好い成績を取って置かないと、就職の時に困ります」

「はあ」

「数が多いんですから、中以上でないと問題になりません」

「はあ」

と安達君は一々頷く。そうしてその当座は相応努力する。極く当り前の学生だった。

大谷さんは学校の事情に通じているばかりでない。

「安達君、僕はこの間同窓会で横山君に会いましたよ」

「横山先生ですか? 会計学の」

「えゝ。あの人は僕と同級です」

「はゝあ」

「君のことを頼んで置きましたよ」

「これは怠けられない」

というような次第だった。

安達君は可もなく不可もない成績で卒業したけれど、就職の考査に再三失敗した揚句、大谷さんが○○銀行に勤めている関係から、その肝煎りで○○信託へ入れて貰ったのである。大谷さんは然うでもないが、奥さんはこれを鼻にかける。

「安達さんは学校も家から通って、就職の方も家で運動したんですから、全く大谷製でございますよ」

と吉川君のところへ行って言ったそうだ。安達君は実際その通りだから、恩に着せられても仕方がないと思っている。大谷さんは学校時代にも保証人だったが、会社へ勤めるようになっても又保証人だ。

「後れて入ったんですから、少し割が悪いそうですけれど、後は腕次第ですって」

「一生懸命でやります。決して保証人に御迷惑はかけません」

「その点は安心していますのよ。あなたぐらい堅い人は滅多にありませんわ」

と奥さんは流石に理解していてくれる。

もう一人保証人がある。それは親友吉川君のお父さんで鉄道省の技師だ。工学博士の肩書がついている。直ぐに引受けてくれたが、安達君はその折初めて話し込んで、吉川君が猫を被っているのに驚いた。

「俊彦は人間が堅過ぎて困ります。これは私の教育が厳格過ぎた結果だと思って、今更後悔しています」

とお父さんが歎息した。

「はゝあ」

「第一、友達がありません。あなた丈けですよ、時々お出下さるのは」

「僕も友達は尠い方です」

「多少性格に似たところがあるんでしょうね」

「さあ。僕は元来引っ込み思案の方です」

「俊彦はそれが極端ですよ。こんなに偏屈じゃ同僚との交際が円滑に行くか何うか案じられます」

「そんなこともないでしょう」

「もう少し開けてくれると宜いと思っているんですけれど」

「いや、可なり開けていらっしゃいますよ」

と安達君が言った時、吉川君は記事差止めの目くばせをした。お父さんは一体子供自慢らしい。

「家でこそ威張り返っていますけれど、余所へ行くと、口上一つ満足に言えません。全く世間知らずのお坊っちゃんですよ」

と先ず謙遜して取りかゝった。

「然ういう傾向が確かにありますな」

「随分分らないことを言うでしょう?」

「はあ。目の前に置いて、失敬ですけれど」

「二三年前でした。私と一緒に銀座へ年の市を見に行ったんです。カフェーの前に差しかゝった時『お父さん、電燈が綺麗ですね。何でしょうか?』と訊きました。『カフェーさ』『何をするところでしょう?』と真面目ですよ」

「はゝあ」

「大学生になっても、カフェーってものを知らないんです」

「満更知らないこともないでしょう」

「それはカフェーってことは知っていても、無関心ですから、内容をハッキリ知らないんです」

「ハッハヽヽ」

「私も考えましたよ。これじゃ家庭教育が成功したんだか失敗したんだか分りません」

「無論御成功の方でしょう」

「然うあって欲しいんですけれどもね。些っと極端です」

「ハッハヽヽ」

「笑うなよ。実際、知らなかったんだ、あの頃は」

と吉川君、巧くやっている。何だい? 野球の祝勝に調子づいて、カフェーで暴れて問題を起したのは丁度その頃だったじゃないか、と安達君は言ってやりたかった。

「カフェーなんか無論知らない方が宜いんですけれど、余り呑気ですからね。この話をすると皆笑うんです」

「ハッハヽヽ」

「もう一つあるんですよ、美談が」

「はゝあ」

「中学時代でした。歌舞伎座の前を通ったら、こゝは何をするところですかと訊きました」

「訊くのがお得意のようですね」

「私は考えました。芝居ってものゝ概念が全然ないのは常識教育上感心出来ません。余り厳格にするのも考えものだと思って、間もなく見せにつれて行きました」

「映画の方が面白いと仰有ったでしょう?」

「いや、活動はついこの頃まで禁じてありました」

「成程」

「もう自由ですよ、何でも。もう一人前になったんだから、何でもやれと言い渡してあります」

「はあ」

「しかし依然として酒も飲まず煙草も吸わず、カフェーの敷居も跨ぎません。習い性となってしまって、立派な石部金吉に育ち上りました」

「それはお父さんが鉄道の工学博士だからでしょう」

「何ういう意味ですか?」

「石や金ばかり扱っていらっしゃるから……」

「成程」

「ハッハヽヽ」

「俊彦もその調子だと宜いんですが、ムッツリもので困ります」

「余所では可なり、おやりのようですけれどもね」

「迚も/\」

とお父さんは決して信じない。

「駄目だよ、僕は」

と吉川君は別人だ。

「煙草は本当に嫌いのようだね」

と安達君はそれ丈け認めてやった。

「一つこれから修業して見ようか?」

「修業なんかすべきものじゃない。お父さんを御覧。やめようと思っても、やめられなくて困っている」

とお父さんはその証明のように煙草に火をつけて、

「安達さんはお酒の方も可なりおやりだそうですね」

と頭から極めてかゝった。

「いや、真の少しです。それも会なんかで強いられる時丈けです」

「その会の時です。俊彦はいつもあなたの介抱で晩くなると言っています」

「そんなことはありませんよ」

「宜いですよ、お匿しにならなくても」

「恐れ入りましたな、これは」

と安達君は往生した。本当のことを言えば、その反対だけれど、吉川君が睨んでいるから仕方がない。

「身許保証人となれば責任がありますから、申上げて置きますが、お酒は成るべく慎しんで下さい」

「はあ」

「酒そのものは大したこともありませんが、種々の誘因になりますからね」

「気をつけます」

「それからカフェーです。ネオン・サインを危険信号と思っていれば間違ありません」

「俊彦君を学びましょう」

「然うして戴きます。取柄のない男ですけれど、堅いこと丈けは確実ですから」

「お父さん、そう宣伝されると、僕、後が怖いです。ひどい目に会わされます」

と吉川君は何処までも性が悪い。

「安達さんにかい?」

「はあ」

「ハッハヽヽ」

「僕だって安達君に学ぶところが多いんです」

「それは然うさ。お互いに長所短所相補う」

「お説法よりも盲判です。お役所並に一つ願います」

「早速安達さんを学ぶんだね。よし/\」

と、お父さんが印を取りに立った後、二人は顔を見合せて地金に戻った。

「やい。この野郎」

「参った」

「親父の前だと思って、自分一人善い子になりやがって」

「堪忍してくれ」

「いけない」

「カフェーをおごる」

「宜しい」

「ハッハヽヽ」

「いつ?」

「明日の晩」

「会社の帰りに落ち合おう。何処だい?」

「六時きっかり、西銀座」

「デカメロンかい?」

「うむ」

「あすこは何をするところだろう?」

「ハッハヽヽ」

Chapter 3 of 37
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