Chapter 1 of 4

孤高の生涯に有終の美

荷風先生の晩年の生活を、一種偏執狂的なものと見るか、それとも哲人の姿と見るかは人それぞれの眼によるが、そのさびしいような華やかな生涯が、逝く春の一夜人知れぬうちに忽然と終って、警察の眼には一個の変死体扱いされたのは世間並の眼には悲惨なものと見えるだろうと思うが、我々、偏奇館主人荷風先生の文学精神を知る者にとっては、裏長屋の庶民を愛した先生の信念を徹底させてその孤高の生涯に有終の美をなさせたものとして十字架に上ったキリスト並みに有難いものに思える。そうして悲しいとよりは何やらほっと重荷をおろしたような今までに知らぬ思をするのは我ながら奇異である。思うに、無意識のうちに、こんな時代に生きている先生に対してひとごとならぬ深い関心とか責任とかいったようなものを感じていたからではないだろうか。

それにしても二十数年前、僕は一ころ、当時先生の腰巾着のようになっていた亡友帚葉子こと校正の神さまと自称した神代種亮に誘われてその相棒として荷風先生の側近となる光栄を持っていた。僕が十九歳以後の数年なまけていた三田の塾を退いて以来、しばらく全く打絶えていた先生にお目にかかる機会が多くなった。毎晩そこに先生の通っていた「村の小屋」とか「村の茶屋」とかいったカフェーに陣取って、夕方から看板まで先生を中心におしゃべりをしたものである。ほとんど毎晩顔を見せる先生に敬意を表して店ではいやな顔もしないおかげで、我々も心おきなく談笑したものであった。荷風先生は話好きで話題はあとへあとへつづいた。先生の死に臨んで自然と思い出されたその当時の幾つかの話をここに披露して先生を偲んでみたい。

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