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二つの愛国型
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二つの愛国型
佐藤春夫
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译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 2 of 3

(二)

永井荷風は、いかなる意味でも新体制の人物ではない。全く過去の史上の人物と見る方があらゆる意味で安全である。ここにこの名前を引出して来ることさへ荷風散士にとつては迷惑至極のことと思ふ。彼こそは自由主義、個人主義時代の日本を代表する唯一の文学者であるだけに現代の時勢には最も適応しにくい文学者に相違ない。彼自らこれを知つて跡を韜晦し保身の術を得てゐる。現代の人として論評することは不当であり、不必要である。但し彼を生んだその時代でさへ彼は非国民視された事実があり、誤解されやすい複雑性をもつた愛国者であつたと自分は見てゐる。

彼の文学のなかに愛国的なものが感じられないではないのに、それにも拘らず、全く逆な要素に似たものをさへあはせて感じさせられて、単純な頭には誤解されるのも無理がないと感じられる節もある。

そのあまりの複雑さを理解しかねて自分はある時、ありのままの印象を卒直に、先生は愛国者の如くであり、しかもしからざるが如くに見えるは何故なりやと愚問を発した時、彼は甚だ端的に、余はわが国の人情風俗風土民衆など一切を極愛してゐる。ただ現代のわが国の知識的な一切のものに極度な嫌悪を感じてゐると答へるのを聞いた。またこの言葉だけではなく、彼の作品の細部やその主題によつてこの言葉を確証するものが尠くないのをも自分は知つてゐる。

彼はまことに愛国の情を抱きながら苛※極まる文明批評を父祖の国にたたきつけてゐる。欧米の浅薄な模倣に得々たる植民地風の文化を悪罵したもので、今日になつて見れば、当時の一般の傾向に対して、この文明批評は自己反省の一資料となるだけの内容を持つたものであり、一面彼はこの破壊的な言説と同時に、おのれが国の文化建設の事業にも努力し、その文化を進展させることをもしたのであつた。その文化精神が健全なものであるか否かは第二段の問題として、彼はその文学者たるの使命には忠実であり、またその時代の精神を最もよく反映してゐる文学者であつて、彼のなかにある精神の罪は彼一個の罪ではなく、時代の罪であるかとさへ思はれるものが多い。

Chapter 2 of 3
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