Chapter 1 of 44

一席申し上げます。お耳慣れました西洋人情話の外題を、松の操美人の生埋とあらためまして…これは池の端の福地先生が口うつしに教えて下すったお話で、仏蘭西の侠客が節婦を助けるという趣向、原書は Buried a life という書名だそうで、酔った時はちと云い悪い外題でございますが、生きながら女を土中に埋め、生埋めに致しましたを土中から掘出しまする仏蘭西の話を、日本に飜して、地名も人名も、日本の事に致しましただけで、前以てお断りを申さんでは解りませんから、申し上げまするが、アレキサンドルを石井山三郎という侠客にして、此の石井山三郎は、相州浦賀郡東浦賀の新井町に船問屋で名主役を勤めた人で、事実有りました人で、明和の頃名高い人で、此の人の身の上に能く似て居りますから、此の人に擬え、又カウランという美人をお蘭と名づけ、ヴリウという賊がございますが、是は粥河圖書という宝暦八年に改易に成りました金森兵部小輔様の重役で千二百石を取った立派なお方だが、身持が悪くて、悪事を働きました事を聞きましたから、これを圖書の身の上にいたし、又マクスにチャーレという、彼方に悪人がござりますからマクスを眞葛周玄という医者にして、チャーレを千島禮三という金森家の御納戸役にいたし、巴里の都が江戸の世界、カライの港が相州浦賀で、倫敦が上総の天神山、鉄道は朝船夕船に成っておりますだけで、お話はすべて原書の儘にしてお聞きに入れますから、宜しく其方でお聞分けを願います。金森家の瓦解に成りましてから、多く家来も有りましたが皆散り/\ばら/″\になりまして、嫡子出雲守、末の子まで、南部大膳大夫様へお預けに成りました。粥河圖書は年齢二十六七で、色の白い人品の好い仁で、尤も大禄を取った方は自然品格が違います。大分貯えも有りまして、白金台町へ地面を有ちまして、庭なども結構にして、有福に暮して居りました。眞葛周玄と云う医者を連れて、丁度十月十二日池上のお籠りで、唯今以て盛りまするが、昔から実に大した講中がありまして、法華宗は講中の気が揃いまして、首に珠数をかけ団扇太鼓を持って出なければなりません様に成って居ります。粥河は素より遊山半分信心は附たりですから、眞葛の外に長治という下男を連れて、それに芳町の奴の小兼という芸者、この奴というのは男らしいという綽名で、この小兼は厭味の無い誠にさっぱりとした女で、芸が善くって器量も好うございます。それに客愛想も好いから当時の流行妓で家には少しの貯えも有るという位、もう一人はその頃の狂歌師談洲樓焉馬の弟子で馬作という男、併し狂歌は猿丸太夫のお尻という赤ッ下手だが一中節を少し呻るので、それで客の幇間を持って世を渡るという男、唯此の男の顔を見ると何となく面白くなるという可愛らしい男で、皆様が贔屓にして供に連れて歩くという、此の五人連で好天気でぶら/\と出掛けました。

馬「私は初めて来たので、尤もお宗旨で無いからだが何うも素敵で」

ときょろ/\する。両側は一面に枝柿を売る家が並んで、其の並びには飴菓子屋汁粉屋飯屋などが居て、常には左のみ賑かではございませんが、一年の活計を二日で取るという位な苛い商いだが、実に盛んな事で、お参りの衆は皆首に珠数を掛けて太鼓を叩きまする。

馬「斯う何だか珠数と太鼓が無いと極りが悪いようで、もし珠数と太鼓を買おうじゃアありませんか、珠数というのを」

圖「馬鹿ア云え、此の連中にそんな物が入るもんか、入らんぜ」

馬「それでも何だか無いと形が極りませんから、兼ちゃんお待ちよ珠数を買うから…おい婆さん」

婆「はい/\」

馬「あの珠数は幾らだ」

婆「はい/\其方はなんで三分二朱でございます」

馬「高いね、もう些っと安直なのは無いかね、安いので宜しい、今日一日の掛流しだから、安いのが好い、安いのは無いかい、其方の方のは幾らだ」

婆「此方のは白檀ですから一両二分で」

馬「ひゃア篦棒に高い/\、もっと安いのは無いか、此方のは」

婆「これは紫檀ですから二分で宜うございます」

馬「まだ高い/\、おいほんの間に合せにするのだから」

婆「そんなら梅と桜に遊ばせ」

馬「それは安いかい」

婆「六百文でございます」

馬「妙々梅と桜で六百出しゃ気儘か、宜しい…皆様先へ入らっしゃい…じゃア婆さん此金で」

婆「生憎お釣がございません、お気の毒様で、何うかお端銭がございますなら」

馬「じゃア斯うしよう、お参りをして来るからそれ迄に取替えて置いてお呉れ」

婆「はい畏まりました」

と婆は金を受取り珠数を渡します。馬作は珠数を首に掛け、

馬「そんなら婆さん屹度頼んだぜ、さア此奴が有りゃア大威張だ、時に兼ちゃん何うです大変な賑いですねえ、今日のお賽銭は何のくらい上りましょう、羨しいね私もお祖師様に成りてえ、もしあんな別嬪なぞに拝まれてね」

兼「馬鹿アお云いな勿体ない」

馬「さア来た/\」

と本堂に上り柏手をポン/\。

馬「いや柏手じゃア無かった粗忽かしくッて宜い、南無妙法蓮華経/\/\南ア無妙ウ法蓮華経もし一寸様子が好いじゃアありませんか別嬪ばかりずうっとさ、色気の有る物にゃア仏様でも敵いませんね、女がお参りに来なくっちゃアいけません、何うも鼻筋の通った口元の締った所は左團次に似て、顋の斯う…髪際や眼の所は故人高助にその儘で、面ざしは團十郎にすっぱりで、あゝありゃア先刻遇った」

兼「何を云ってるのだえ騒々しいねえ」

馬「何さお祖師様のお顔の事さ」

兼「お祖師様のお顔に先刻遇ったかえ」

馬「いえ何さ…扨忠二もお蔭様で一度にふッ切りまして漸く歩けるように成りましたから、お礼に一寸是非上らなくッちゃアならんと申しましたが、生憎今日はお約束がございまして、それで私が言伝を頼まれて参りました宜しく申し上げて呉れと申しました」

圖「これ/\馬作何を云うのだ」

馬「いえさ、私の友達がお祖師様の御利益で横根を吹っ切りましたから、其のお礼のことづかりを云ってる処で」

皆々「アハヽヽヽ」

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