Chapter 1 of 3

箭内亙による譯

管仲夷吾は(一)潁上の人也。少き時常に鮑叔牙と(二)游ぶ。鮑叔、其賢を知る。管仲貧困にして、常に鮑叔を欺く。鮑叔終に(三)善く之を遇し、以て言を爲さず。已にして鮑叔は(四)齊の公子小白に事へ、管仲は公子糾に事ふ。小白立つて桓公と爲るに及んで、公子糾死し、管仲囚はる。鮑叔遂に管仲を(五)進む。管仲既に用ひられて政に齊に任ず。齊の桓公以て霸たり。諸を(六)九合し、天下を(七)一匡する、管仲の謀也。管仲曰く、『吾始め困む時、嘗て鮑叔と(八)賈し、財利を分つに多く自ら與ふ。鮑叔、我を以て貪と爲さず、我が貧しきを知れば也。吾嘗て鮑叔の爲めに事を謀り、而して更に窮困す。鮑叔、我を以て愚と爲さず、時に利と不利と有るを知れば也。吾嘗て三たび仕へて三たび君に逐はる。鮑叔、我を以て(九)不肖と爲さず、我が時に遭はざるを知れば也。吾嘗て三たび戰うて三たび走る。鮑叔、我を以て怯と爲さず、我に老母有るを知れば也。公子糾敗るるや、召忽は之に死し、吾は(一〇)幽囚せられて辱を受く。鮑叔、我を以て恥無しと爲さず。我が(一一)小節を羞ぢずして・功名の・天下に顯はれざるを恥づるを知れば也。我を生む者は父母、我を知る者は鮑子也』と。鮑叔既に管仲を進め、身を以て之に下る。((鮑叔ノ))子孫世齊に祿せられ、封邑を有つ者十餘世、常に名大夫たり。(一二)天下、管仲の賢を多とせずして、鮑叔の能く人を知るを多とする也。

管仲既に政に任ぜられ齊に相たり。(一三)區區の齊を以て、(一四)海濱に在り、(一五)貨を通じ財を積み、國を富まし兵を彊うし、(一六)俗と好惡を同じうす故に(一七)其稱に曰く、(一八)『倉廩實ちて禮節を知り、(一九)衣食足りて榮辱を知る。(二〇)上、度を服へば則ち(二一)六親固し。(二二)四維張らざれば國乃ち滅亡す』と。(二三)令を下すこと流水の原の如く、民心に順はしむ。故に(二四)論卑うして行ひ易し。俗の欲する所は因つて之を(二五)予へ、俗の否とする所は因つて之を去る。其の政を爲すや、善く禍に因つて福と爲し、敗れを轉じて功と爲し、(二六)輕重を貴び、權衡を愼めり。(二七)桓公實は少姫を怒つて、南のかた蔡を襲ふ。管仲因つて楚を伐ち、(二八)包茅の・周室に入貢せざるを責む。桓公實は北のかた山戎を征す、而して管仲因つて燕をして召公の政を修めしむ。(二九)柯の會に於て、(三〇)桓公、曹沫の約に背かんと欲す、管仲因つて之を信にす。諸是に由つて齊に歸せり。故に曰く、(三一)『與ふるの取るたるを知るは政の寶也』と。管仲の富、公室に(三二)擬し、(三三)三歸反※あり。(三四)齊人以て侈ると爲さず。管仲卒す。(三五)齊國其政に遵つて、常に諸に彊かりき。後百餘年にして晏子あり。

晏平仲嬰は、(三六)莱の夷維の人也。齊の靈公・莊公・景公に事へ、節儉力行を以て齊に重んぜらる。既に齊に相として、(三七)食は肉を重ねず、妾は(三八)帛を衣ず。其の朝に在るや、(三九)君の語之に及べば即ち(四〇)言を危くし、語之に及ばざれば即ち(四一)行を危くす。國に道有れば即ち(四二)命に順ひ、道無ければ即ち(四三)命を衡る。此を以て(四四)三世、名を諸に顯はせり。越石父、賢にして(四五)縲紲の中に在り。晏子出でて之に塗に遭ふ、(四六)左驂を解いて之を贖ひ、載せ歸る。((晏子))(四七)謝せず、(四八)閨に入る。之を久しうして越石父(四九)絶たんと請ふ。晏子(五〇)※然として衣冠を(五一)攝め、謝して曰く、『嬰、不仁と雖も、子を厄に免れしむ。何ぞ子絶つを求むるの速かなるや』と。石父曰く、『然らず。吾聞く、君子は己を知らざる者に(五二)して、己を知る者に信ぶと。吾・縲紲の中に在るに方り、(五三)彼、我を知らず。(五四)夫子既に(五五)感寤し、我を贖へり、是れ己を知るなり。己を知るものにして而も禮無くば、固より縲紲の中に在るに如かず』と。晏子是に於て延き入れて上客と爲せり。

晏子、齊の相と爲り、出づ。其(五六)御の妻、(五七)門間より其夫を窺ふ。其夫、相の御と爲り、(五八)大蓋を擁し、(五九)駟馬に策ち、(六〇)意氣揚揚として甚だ自得せり。既にして歸る、其妻、去らんと請ふ。夫、其故を問ふ。妻曰く、『晏子は長け六尺に滿たず、身齊國に相として、名諸に顯はる。今者妾其の出づるを觀るに、志念深し、常に以て(六一)自ら下る者有り。今、子は長け八尺、乃ち人の僕御と爲り、然も子の意自ら以て足れりと爲す。妾是を以て去るを求むる也』と。其後、夫自ら(六二)抑損す、晏子怪しんで之を問ふ。御、實を以て對ふ。晏子薦めて以て大夫と爲せり。

太史公曰く、(六三)吾、管子の(六四)牧民・山高・乘馬・輕重・九府及び(六五)晏子春秋を讀むに、詳なる哉其の之を言ふや。((吾 ))既に其著書を見、其行事を觀んと欲す。故に其傳を(六六)次づ。其書に至つては世多く之有り。是を以て論ぜず、其(六七)軼事を論ず。管仲は世の所謂賢臣なり。然れども(六八)孔子之を小とす。豈に周道衰微して、桓公既に賢なり、而るに之を勉めて王に至らしめず、乃ち霸を稱せしめしと以爲へる哉。(六九)語に曰く『其美を(七〇)將順し、其惡を(七一)匡救す、故に上下能く相親しむ』と。豈に管仲の謂乎。晏子が莊公の尸に伏し、之を哭して禮を成し然る後去るに方つて、豈に所謂(七二)義を見て爲さざるは勇無き者邪。其の諫説して君の顏を犯すに至つては、此れ所謂進みては忠を盡すを思ひ、退いては過を補ふを思ふ者なる哉。(七三)假令晏子にして在らば、余之が爲めに鞭を執ると雖も忻慕する所なり。

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