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やがて日曜が来ました。千恵が三階の受持ちになつてからたしか二度目の日曜でした。
カトリックの病院ですから、礼拝堂のあるのは当り前ですが、それが庭の一隅に別棟になつてゐるのではなくて、この病院では三階の中央の南側へ張りだした広間があてられてゐました。
そんなところに礼拝堂のあることを、三階の受持ちになつて初めて知つたほどですから、千恵もよくよくの不信心者にちがひありません、はじめの日曜は、ちやうど朝九時のおミサが始まつて間もなく、患者さんの体温表を下の医務室へとどけに行きがてら、その礼拝堂の前を通りかかり、ふと清らかな聖歌の歌ごゑを耳にしただけでした。下りるとそのまま或る若い婦人の急性虫状突起炎の手術のお手伝ひをすることになり(千恵は同級の人たちのあまり喜ばない手術や解剖に、むしろ進んでお手伝ひをすることにしてゐます。現在お世話になつてゐるG博士は、この病院の外科部長でもおありなのです――)おミサのことはそのまま忘れてしまひましたが、清らかな歌ごゑだけはその日の手術のあひだも妙に耳の底にのこつて、消えてはまたふつと現はれたやうな気がします。なんといふ聖歌なのか知りませんが、その旋律は日ましにおぼろになりながら却つて印象はだんだん強くなつて、ある聯想と次第にはつきり結びついてゆきました。それは一口に言へば、姉さまはきつとあのおミサの会衆のなかにいらしたに違ひないといふ聯想でした。この聯想はやがて確信になりました。……
次の日曜日のことでした。折あしく受持ちの患者さんの一人が熱を出して、うは言までちよいちよい言ふ始末で、正規の看護婦はみんな信者ですからおミサに行つて留守ですし、千恵はなかなか病室をはなれられず、やつと隙を見て礼拝堂へ駈けつけた時にはもうおミサは終りに近いらしく、静まり返つた堂内には一せいに跪いた会衆のうしろ姿だけが、扉のない入口から見てとれました。その静寂をおして堂内へはいることは憚られました。千恵は上靴の音を忍ばせて、こつそり廊下の小窓へ寄つて、唐草模様の銅格子ごしにそつと堂内をのぞき込みました。すると姉さまがいらしたのです。思ひがけないほど近いところに、その小窓からほんの二三人目のところに、大柄な上半身をつつましく前こごみに跪いてゐるのが附添看護婦のFさんでした。その肩に頬を寄せかけるやうにして、うつとりと祭壇の方を見あげてゐる蒼白い横顔が、姉さまだといふことはすぐ分りました。予期の的中したあまりの思ひがけなさに、千恵がはつと息をつめた瞬間、姉さまの顔が閃めくやうにこちらを振り向きました。千恵は思はずぞつと立ちすくみました。けれど気のせゐだつたのです。会衆が一どきに立ちあがりました。千恵はとつさに、さも入口のすぐ外に跪いてゐたやうな身ぶりを装つて、流れ出る会衆の先頭に立つて礼拝堂を離れました。
廊下のわかれる角まで来て、千恵は四五人の見習看護婦や看護婦をやりすごしながら、そこにじつと立つて、東側の廊下へまがる人の群に目をつけました。ちらりとFさんの恰幅のいい肩が見え、その陰からまたしても閃めくやうに、姉さまの白い顔がこちらを振り返つたやうな気がしました。それもやはり気のせゐだつたらしく、何ごとも起りませんでした。姉さまの姿は人波にかくれて、そのまま、見えなくなつてしまひました。……
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かうして千恵は姉さまの姿を、はじめて近々と見たのです。それはほんの横顔にすぎず、いいえ寧ろ後姿とも云つていいほどでしたが、しかも二度までちらりと千恵の方を振り返つたやうな気がしたのは、一たいなぜでしたらうか? もちろん千恵の気のせゐに相違ありません。けれど、よしんば刹那の錯覚だつたにせよ、その二度までも閃めいた蒼ざめた姉さまの顔には、何か言ひやうもないやうな或る表情がありました。その顔は白くやつれてゐました。五年前の姉さまには見られなかつた或るするどさ、或るとげとげしさがありました。それと同時に何かしら或る崇高さと、遠い遠いところを見つめるやうな視線の遠さがありました。そんなことを千恵は一どきに感じたのです。直覚とか霊感とかいふものだつたのかもしれません。髪のほつれが目につきました。それもこれもまんざら心の迷ひでなかつたことが、あとになつて段々たしかめられたのです。……
お母さま。――
もうためらはずに、何もかも申してしまひませう。千恵があの礼拝堂の銅格子ごしに見た姉さまの顔は、まぎれもなく狂女の顔だつたのです。
そのあくる日も、またそのあくる日も、千恵は廊下で姉さまとすれ違ひました。二度ともお午すこし過ぎた時刻で、中庭には冬の日ざしが満ちて、廊下は決して暗くはありませんでした。けれど二度とも、姉さまは千恵に気がつきませんでした。鼠色の見習看護服が、千恵といふものの姿を殆ど見わけにくくしてゐることは確かでせう。ですが本当を申すと、姉さまはすれちがふ人にちらとでも目をくれるやうな目つきではありませんでした。あの印象ぶかい大きな眼は、どこか遠い遠いところにじつと注がれてゐたのです。
それから四五日して、千恵は三階の病室が二つまで空になつたのを機会に、附属の産院の方へ廻されました。こんどは夜勤でした。
千恵が姉さまの病状について色々とこまかいことを知つたのは、ほかならぬその産院の夜勤のあひだでした。それを申しあげる段どりになりました。決してお驚きになつてはいけません。それは病状といふよりも、むしろ運命とも言ふべきものでした。千恵はそれを冷静に書きしるしませう。運命の前に驚きあわてることは、ひよつとすると人間の傲慢さなのかも知れません。それをどうぞお考へください。
産院といつても、千恵の廻されたのは施療別館の方で、それは殆ど川ぞひと云つてもいいほどの構内の東南隅にぽつんと立つてゐる木造の古びた別棟でした。夜が更けてあたりがひときはシーンとすると、川を上り下りするポンポン蒸汽の音が、たまらないほど耳につくのです。夜勤は九時から二時までとなつてゐましたから、番のあひだはその音が結構ねむけ覚ましになるのですが、いざ宿直室へ引きとつて眠らうとすると、その鈍い規則的な爆音が意地わるく耳について、なかなか寝つけないのでした。千恵の受持ちはその産院のなかでも、ふつう産児室と呼ばれてゐる二つの大きな部屋でした。そこへは廊下と扉にへだてられて、産児のにぎやかな泣声もそれをあやす貧しい母親たちの声も、ほとんど聞えて来ません。この二た部屋に収容されるのが、あるひは産褥で母親と死別したり、またはその他の事情で生まれて早々母親と生別しなければならなかつた、不幸な嬰児たちに限られてゐたからです。そんな赤ん坊用の大小のベットはおよそ四五十もあつたでせうが、それがみんな四方にかなり高い鉄の手すりの附いた、まるで檻のやうな恰好のベットなのでした。大きな二つの部屋を、六人ほどの看護婦で受持たなければならなかつたからです。わざと燭光を低くした黄いろい電燈が、とろんとにぶく部屋を照らしてゐます。夜がふけると、まるで無人の死亡室にでもゐるやうな不気味さでした。ベットはほとんど満員なのですが、張りのある元気な泣声を立てるやうな赤ん坊は一人もゐないのでした。あの押しつぶされたやうなみじめな嗄れ声で泣く赤ん坊――それも広い部屋のなかに二人か三人ぐらゐなものでしたが、産児室の夜勤をしてくらした十日ほどの経験を、千恵はもう二度とふたたび繰り返したくないと思ひます。子供を生むといふことの怖ろしさ、女に生まれたことの罪ぶかさ……そんなことがしみじみ思ひ知られるのでした。ベットはみんな、どうしたわけか水色に塗つてありました。
二号室のほぼ中央の列の、割合に窓に寄つたところにある大型ベットにゐる子は、そもそもの最初の晩から千恵の注意をひきました。それは大柄な男の子で、生後八ヶ月たらずでしたが二つにも三つにも見える青ぶくれの気味のわるい子でした。母親はお産のあとで肺浸潤と診断されて、本館の西病棟に寝てゐるといふことでしたが、この子もなりは大きいくせに智慧づきはひどく遅く、おまけに毎晩かならず一度は寝ぼけて起きあがる癖がありました。かと云つて泣いたり騒いだりするのではありません。時刻も大がい十時半ごろに限つてゐましたが、すうつと音もなく立ちあがつて、手すりにぼんやりつかまつてゐるのです。よだれを垂らし眼はうつろで、べつに手すりを伝はつて廻るのでもなく、幽霊みたいにじいつと立つてゐるのです。一晩目も二晩目も千恵は急に泣きだした窓ぎはの赤んぼに気をとられてゐて、この子の立ちあがるところは見ませんでした。いつのまにか立つてゐるのに暫くしてから気がついて、思はずぞつとしたのです。幸ひその晩は古参の保姆さんがまだ残つてゐて、その子の癖や扱ひ方などを千恵に教へてくれました。さはらずに放つておいても別に危険はないらしいのです。ただかうした頭でつかちの子供の常として、脚の発育はひどく後れてゐるから、手すりから手をはなす瞬間だけは気をつけないとあぶない。その時そつとうしろから手を持ち添へてやれば、ひとりでにまた元の場所に仰向けに寝てしまふ。決してあわてて声を立てたり、揺りおこさうなどとしてはいけない……まあそんな話でした。
そんな話をしてくれる保姆さんと一しよに千恵がこはごはじつと見てゐると、その子は手すりに両手をかけたまま、まんじりともせずに中有をみつめてゐました。うつろな大きな眼でした。昼間みると青々と澄んだきれいな眼をした子なのでしたが、とろんと黄いろい電燈のしたで見るせゐでせうか、まるで浮きあがつた魚のやうな気味のわるい白眼に見えました。瞳孔もかなり大きく開いてゐるのですが、それの向いてゐる先は天井ともつかず壁ともつかず、かといつて真ん前からさし覗いてゐる保姆さんの顔でも千恵の顔でも勿論ありません。まるで何かそのへんにふわふわ漂つてゐるものがあつて、それにぼんやり見とれてゐでもするやうな様子でした。思ひなしかその視線は、じわじわと移つてゆくやうでもあります。けれどその動きは、決してあの分針の動きより速くはないやうに思はれました。……「覚めてゐるのでせうか?」と千恵は小声できいてみました。「さうではないでせう」と保姆さんが答へます。「これで笑ふか泣くかしてくれると、まだしも助かるんだけれどねえ……」まつたく保姆さんの言ふ通りでした。ものの三四分ほど、そんなふうにじつと立つてゐたあとで、その子はやがてそろそろと用心しいしいお尻をうしろへ突きだすやうにして腰を沈めると、ふわりと手を手すりからはなして、また仰向けに寝てしまひました。「ね、あの腰つきを見たでせう? ああしながらこの子はおしつこを漏らすんですよ」と保姆さんは言ひながら、物馴れた手つきでその子の前をはだけて、おむつを替へてやるのでした。千恵の手に渡された濡れたおむつには、なるほど湯気でも立ちさうな尿温がありました。……
「ああ厭だ厭だ、もし自分にこんな子が生まれたら……」ふと千恵はさう思ひ、反射的にハッとしました。「済まない、こんなことを思つて!」と、部屋の隅にある洗濯物の籠へそのおむつを投げ入れながら、千恵は胸のなかで何ものかに手を合せました。本館に寝たままでゐる母親のいのちも、どうやら危いらしいといふ話でした。
三晩目のことです。病院にはさすがに停電こそありませんが、その晩は殊のほか電圧がさがつてゐるらしく、只でさへうす暗い電球はどれもみんな、なかの繊い線が赤ぼんやりと浮いて見えるほどでした。交代になつて出た頃には子どもはみんな寝しづまつてゐて、寝つきのわるいのが癖の窓ぎはの赤んぼまでが、その晩はふしぎなほど穏やかでした。時をり隣の部屋から、まだ生まれたての赤んぼらしく、ひ弱さうな嗄れた泣声がほそぼそと聞えて、またぱつたり絶えてしまひます。それが却つてこちらの部屋の静けさを深めるのでした。例の古参の保姆さんはその晩は非番で、代りにゐるのはちよつと目に険のある若い人でした。もちろんその晩が初対面で、千恵が「どうぞよろしく」と丁寧に挨拶しても、こくりと一つうなづいたきりで、ちやうどその時むづかりだした子の方へさつさと行つてしまひました。おそるおそるそのあとからついて行つた千恵には目もくれず、さつさと自分でおむつの処置をして寝せつけてしまふと、それなり壁ぎはの椅子にかけて雑誌か何かを読みはじめました。そんな取りつく島もないやうな人でしたので、千恵はなんだか一そう心細く、いつそ誰か子どもが二三人いちどきに泣きだしでもしてくれたら気がまぎれるのにと、すやすや寝息をたててゐる赤んぼの顔をそろそろ覗いて廻りながら、妙に怨めしい気持がしたほどでした。