Chapter 1 of 63

序言

この書には中村屋創立当時から現在までの推移をほぼ年代を追うて述べているが、店の歴史を語る主意ではない。店員たちに平素抱いている私の考えを取りまとめて話したいと思い、すべて自分の体験に即して商人の道を語ろうとしたので、勢いこの体系をなすに至った。私の店は、累代のしにせでもなければ親譲りの商家でもない。元来私は農家出で、一書生として青年期を送り、たまたま志を商売に起し夫妻力を協せて今日に至ったのである。したがって私の言うところは素人の考えにすぎない。世間の人は私に向かって中村屋が繁昌する秘訣を話せと云い、商売のコツを教えてくれなどと云う人があって、そのつど私は当惑する。自分は商家に生れたのでないから、いわゆる商家伝来の秘訣も何も知らぬ、もし中村屋の商売の仕方に何か異ったものがあるとすれば、それはみな素人としての自分の創意で、どこまでも石橋を叩いて渡る流儀であり、また商人はかくあるべしと自ら信ずる所を実行したまでのものである。したがって、自分だけが行い得られて人には行われないというようなものは絶対にない。ゆえに我が店員はもとより、かつての我々と同様、新たに商売を営もうとする人には多少の参考にもなろうかと思い、ひとえに後より来る人々への微衷よりして筆を執った次第である。

また「主婦の言葉」は、妻が私の言い漏らしたものを追補する意味で執筆したのであって、これもすべて若き人々への愛より語るものである。妻はさきに「黙移」を著し、相馬一家の自伝的なものはそちらに述べているのであって、本書はどこまでも「一商人として」の著であることを一言しておく。

昭和十三年六月

相馬愛蔵

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