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An Unpleasant Feeling
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译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 7 of 28

その七 若い不能

露店仲間に黒旗をぶっ立てさせて、メーデーに参加してみせると、かねて丸万は豪語していた。その豪語の実現を俺に見せようというのか、メーデーに出てこいと丸万が言ってきた。俺はしかし、出て行かなかった。俺の持っていた組合をボル派にそっくりさらわれた俺は、みっともなくて、アナーキストの同志の前に顔が出せたものではない。

ボル派はこういう場合――と言ってもボル派の組合がアナ派にさらわれるという場合はないのだが、しかし、そういったような場合、オルグの俺はよそへ配置される。そういう仕掛けになっているようだが、自由をたっとぶ俺たちのほうでは、そんな官僚組織みたいなことはしない。自分で開拓した組合は、自分があくまで面倒を見ていて、それが潰れたら、よそへ回して貰えるなんて、そんな甘いことは許されなかった。自分でまた新しく開拓しなくてはならない。それを俺はやってなかった。ヤチモロの四郎さんは、ウツツを抜かしたガセビリに逃げられて腑抜けと化していたのか。

俺はメーデーのデモを街で見ていた。赤旗でうずまったなかに、少数ながらも、印刷工のかかげる黒旗を見たときは、俺の胸はじーんとなった。畜生! と俺は心のなかで叫んだ。

そうだ、畜生! で思いついたが、俺のリン病は――あれなりもう診療所へは行かなかったけど、最後の仕上げにかかっていたということはもうなおっていたということだった。あれきり放っておいても、俺が望んでいたような、いや、恐れていたから望んでいた悪化はなかった。そうなると俺も、あの大学生崩れはたとえどんなに癪にさわっても、俺のリン病をこうしてなおしてくれたあの医者には、やはりひとこと礼を言いに行かなきゃいかんかなとも思った。思ったが、俺は行かなかった。――

「おっ!」

と俺は叫んだ。丸万の奴が、新しく作ったでっかい黒旗をぶっ立てて、仲間をひきつれて得意満面でやってきた。仲間と言っても五六人ほどで、長蛇の列をなしている赤旗のデモとくらべると、恥しいみたいなものだが、それだけにまた意気軒昂と俺の眼の前に現われた。俺は拍手を送ってやろうと、手を顔の高さまであげた。だがすぐ、その手はぐにゃりとさげられた。傍観者としての自分を、丸万に見せることを俺は恥じた。

これでは全く、今の俺は革命家を廃業している。なにくそと俺は歯をきりりと噛み鳴らした。

丸万の姿は俺の眼の前から去った。俺の眼の前は赤旗でみたされた。丸万はいつか、俺が大学出の玉塚英信を呼んできて研究会をやろうとしたら、ボルの真似みたいだと(それは俺自身の言葉だが、丸万の軽蔑的な表情が俺にそう言っていたから俺が口に出して言ったのだ)丸万はせせら笑った。その丸万が、赤旗のなかに黒旗を割りこませて、ボルの真似をしているじゃないか。

そうした丸万の姿がいかにも悲壮なようで、滑稽に見えた。喜劇的で、しかも惨めに感じられた。まるで道化みたいだ。

大衆からてんで遊離している。ボル派の革命方法を信じない俺は、大衆というのをボル派みたいな考え方で見てはいない。それにしても、こんなことでは、俺たちの考えている革命も駄目だ。

ここらでまた、爆弾でもひとつ、ドカンとやるか。ボル派みたいに組織組織では、革命的エネルギーは昂揚しない。

どうしたらいいか――俺は玉塚英信に会って、話し合ってみようと思った。ついでに、照子をクラ替えさせた文士のことも聞いてみようと思った。

玉塚の勤めている出版社に、俺は出かけて行った。会うと、玉塚は変におどおどしていて、最初からどうもおかしいなとは感じられたが、彼はボル派に転換しかかっていたのだ。そうと知ってたら、こんな態度じゃなく、はじめから、いきなり殴りつけてやるところだが、そんなことをなんにも知らなかった俺は、

「金を借りに来たんじゃないよ」

とことわって、

「若い文士にちがいないんだが、こんな奴、いないかねえ」

やっぱりこれをまっさきに口に出した。

(照子のほうが、やっぱり俺には重大問題なのか)

と自己嫌悪を覚えながら、

「いずれは名もない三文文士にちがいないんで、タマさんなんかは知らないかもしれないがね。玉の井の女をイロ(情婦)にしてて――それを最近、よそへクラ替えさせたんだが、そんな文士の噂を聞いたことはないかい」

「さあねえ」

度の強い眼鏡のツルに手を当てて、顔全体を俺の眼から隠すようにして、彼は、

「そのことで、君――そのことだけで、それを聞くだけのことで、僕に会いに来たのかい?」

玉塚は詩を書くほかに翻訳もやってるんだが、それにしても翻訳調丸出しだ。第一それが、俺には、むかむかっと来て、それに自己嫌悪も手伝ってよけいカンが立って、

「それが、どうしたと言うんだ」

革命家を廃業したみたいなことを言うない。そういう意味だったが、玉塚は俺の怒声に、びくっと身をひいて、横の空椅子を自分でひっくりかえしたりして、

「暴力はよせよ」

「なに言ってやがる」

「四郎さんに僕も会って、とっくり話がしたいと思ってたんだ」

真剣というか神妙というか、それにひかれて、

「なんの話だ」

と俺は言ったものの、

「かんじんの話の、まだ返事を聞いてないね」

「文士のことかい」

玉塚は面倒臭そうに首を横に振った。

「知らなきゃ、いいんだよ」

「四郎さんが川向うの女に惚れて通っているという話は聞いてたが……」

「そうかい。どうせ俺が惚れる相手は、淫売ぐらいなもんなんだ」

「文士の噂は聞いてないね」

と彼は言って、語調を変えて、

「僕の噂を、四郎さん、聞かなかったかい?」

「タマさんも女に惚れたのか」

「そんな話ならいいんだが」

彼は眼鏡の奥から俺の表情をうかがいながら、

「ボル派に寝返ったって噂が立ってんだ」

俺は初耳だった。それは、それだけ俺が同志から離れていた証拠だ。見離されていたとも言える。そうした俺は、玉塚の噂を聞いてなかったと相手に知らせるのは癪で、聞いたとも聞かなかったとも言わず、黙っていると、

「俺はいま弁証法を勉強してるんだ」

「唯物弁証法……?」

「だからって、アナーキストを廃業したわけじゃない」

「廃業なんて言うなよ」

「廃業なんかしないよ」

「廃業なんて言葉を使うなって言うんだ」

「僕はアナーキストとして弁証法を勉強してるつもりなのだ」

「大学を出て、まだ勉強してるのか」

大事なのは行動だ。俺はそう言いたかったのだ。行動がすべてだ。これが俺たちの信条だ。

「弁証法的アナーキズムというのを僕は考えたいんだ」

「考える……? 行動を考えろよ」

「その行動のための、もっとしっかりした理論が、僕らには必要だと思うんだ。そのため僕は弁証法的唯物論を勉強してるんだ」

「勉強で革命ができるかよ」

と俺はどなった。こんな奴に相談してもはじまらない!

俺は砂馬に会った。

「ズー鍋で、一杯やるか」

と誘われて、浅草のどじょう屋へ行った。ズー鍋とは、なまず鍋のことだが、なまず鍋屋というのはなくて、どじょう屋でなまず鍋を食わせるのだ。

「どぜう」と平仮名で白く抜いてある紺のれんをわけて、店にはいると、時分どきのせいもあって、たたきの土間には、客がいっぱいだった。いずれも車夫馬丁といった風態の客ばかりだ。どじょう屋の客とは、そういうものだった。一日の仕事を終えた職人なんかが、仲間と一緒に鍋をつついて、一杯やる、そういう場所だったのだが、きょう日は、どじょう鍋と言うと、なんか特別の珍しい食い物みたいになっている。それをいかにも江戸前の食い物みたいに思いこんで、イキがってる若い会社員などが、わざわざ女の子を、珍しい魚料理にでも誘うみたいにどじょう屋へ連れて来たりしている。食欲よりは好奇心で来たらしい女の子は、鍋に並んだまるごとのどじょうを見て、気味悪がって、

「あーら、いや」

と悲鳴みたいな声を出している。

山の手あたりから、こうして客が、名物でも食うみたいな顔をして来ているのは、昔を思うと、おかしなものだ。そうだ、山の手なんてのも、昔の言葉で、今はもうない。下町に対する山の手で、そう言や、四の橋の、俺のおやじの工場のあった、あのきたない川沿いも山の手だが、普通、山の手と言うときは、屋敷町――高級住宅地帯のイメージをともなっていたものだ。だのに、その山の手に工場なんかができたのは、俺の記憶している分では、俺のちょうど小学生時分からのことで、あの川沿いの一帯も、急にその時分から、ごみごみした本所深川と同じような風景に変って行ったのだ。

第一次世界大戦――これを欧州大戦と当時言っていたが、それに参戦して青島攻略と南洋群島の占領に成功した日本は、そのころ、急激に工業力を膨脹させ、そして近代的な工業国になった。日本中に、東京中に、工場ができた。四の橋のあたりにも、芝浦辺の大工場の下請け工場がいっぱいできた。川沿いに、きたない小工場が疥癬みたいに蔓延した。これが俺の眼に映じた現実である。日本が近代的な工業国になったということが、俺の眼に与えた現実的な姿は、これだった。

原っぱに棟割り長屋が建った。建ったと思うと、どこからともなく、住み手が集まってきた。それは工場の職工たちである。山の手というイメージからおよそかけ離れた職工の住宅街ができた。

四の橋と三の橋の間の古川橋にできた、そうした住宅街の、棟割り長屋のひとつに、職工時代の砂馬は若い職工たちと一緒に住んでいた。もっとも俺が砂馬に会ったときは、すでに職工をやめて、画家みたいに髪をながくのばして、若いくせにまるで牢名主みたいに長屋で、にらみをきかせていた。こわがられていたと言うほうが正確かもしれぬ。

初めて砂馬に会ったのは、俺が中学五年生のときだった。このときから、俺の運命は狂い出したのだ。すでに大杉栄などの本を読んで、社会主義かぶれのした少年だったとは言え、砂馬に会わなかったら、俺にも別の人生があったはずだ。

どじょう屋の土間を通って、俺たちは座敷にあがった。俺は靴をぬいで、砂馬は草履をぬいで――その日の砂馬は和服だった。デパートにリャクに行った帰りだという砂馬は、まるで右翼みたいに、アオチ(羽織)をはおってマハカ(袴)をつけていた。牛鍋屋と同じ、いれこみの座敷の一隅に、俺たちは陣どった。

「ズー鍋に酒だ」

と砂馬が注文した。

俺たちの隣りには、落語に出てくる横丁のご隠居といった老人が、ひとりで、どじょう鍋を前にして、ちびりちびり酒を飲んでいた。最初、俺たちに、ちらと眼を向けたきり、あとは知らん顔で、それも俺たちだけのことでなく、座敷の誰にも眼をくれないで、もっぱらひとりで酒を楽しんでいる。献盃でもするみたいに、盃を遠くに離して、右手で酒をつぐと、ゆっくり銚子をおき、盃を口と両方から接近させる形で、ちゅうと飲む。その盃を大事そうに下に置くと、箸を取って鍋のどじょうの煮えたのを裏返したり、火鉢の曳き出しみたいなネギ入れからザクをつまんで鍋に入れたり、これでいろいろと忙しい。そうかと思うと、きちんと正座した膝に両手を重ね、背を丸くこごめて、ふつふつと煮えている鍋をみつめているのは、ちょっと寂しげに見えながら、実は大変満足している姿だった。

砂馬と向い合った俺は、砂馬を先輩として立てて、壁のほうの席に彼をすわらせていた。その俺の背後には、俺からは見えないが、二人の子供を連れた若い夫婦者がいて、いたずら盛りの子供たちの監視で眼が離せないようだった。

「斎田さんとこで、加柴はだいぶ、オダをあげたようだな」

「タイヘイ(兵隊)がいやがったからさ」

「兵隊……?」

「北槻とかいう……」

「兵隊じゃなくて、あれは将校だ」

「あ、そうか」

俺は苦笑して、

「どっちにしても嫌いだね」

「なにしに行ったんだ」

「あの家へ行くと、いつもキスが出る。よほど、みいりがいいんだな」

「いつもって、そんなに行くのか」

「まだ二回だけどね。一回は砂馬さんと一緒だ」

「今度また一緒に行ってみよう」

「いつも床の間の前に、置き物みたいにすわってて、なんで稼いでるのかな」

「ひとのことより、自分の生活はどうなんだ」

この砂馬のリャクの相棒を、このところ、俺はつとめていない。

「下宿屋にいれば、メシだけは食える」

「ドヤヒン(下宿料)は?」

「払ってない」

「そいじゃ、下宿屋もネをあげてるだろう」

ウフフと俺は笑って、固めた拳に、小さな輪を描かせて、小さいが激烈に振りまわした。血のなかをあばれ回っている何か凶暴なものが、俺にそんな真似をさせたのだ。だから、無意味の動作だったが、

「なるほどねえ。加柴の四郎さんに、そうやって、あばれられちゃ、かなわねえからな」

「いいや、あばれやしない。おとなしいもんだ」

それは、うそじゃない。下宿料を払わなければメシを出さないと、下宿屋のおやじから宣告されたとき、ああいいよと俺は言ったのだ。全くおとなしいもんだった。そして俺は、安下宿のまずいシャリのかわりに、天丼だカツライスだと、てんや物をどんどん取って、出前のあんちゃんに、ツケはあっちだ、下宿料につけとくんだから、おやじから取ってくれと言い渡した。

おやじは驚いて、出入りのナガシャリ(ソバ)屋や近所のヨオシャリ(洋食)屋に、俺からの注文は受けつけるなと厳命した。俺は平気な顔で、遠くのウナギ屋へ、極上のナガタン(蒲焼)を注文して、キモ吸いもつけてくれ、と言う。そんなふうに豪遊なものを注文すれば、遠くからでも持ってくる。カネメがはるから、おやじには、よけい痛手だった。

とうとう、俺にベンカン(勘弁)してくれと、おやじは頭を下げた。下宿料がとれないのより、ゲンナマ(現金)を払わされるほうが、かなわない。

俺はおやじに言った。下宿料を俺は払わないと言ってんじゃねえんだよ。金がはいったら、利子をつけて払ってやらあ。

安下宿屋を俺は何もいじめるつもりじゃない。金の無いときは無いんだから、しようがないんだ。

金がほしいと思わないときは、俺には金が無いのだ。今の俺がほしいものは、金じゃない。だから、俺には金が無い。――

火のはいった小さなコンロを女中が運んできた。つづいて、ズー鍋を持ってきて、コンロの上にのせた。

「酒を早く、くんな」

と砂馬が言った。

「はい、はい」

子供みたいな山出しの女中が、一生懸命働いている。鍋のなまずは、まだピクピク動いていた。つい今し方まで、生簀のなかで生きていたなまずが、マナイタの上でぶった切られて、小さく刻まれて、その火の上にかけられている。

血のついたそのなまずのひと切れを、俺は箸でつまんで自分の鼻さきに持って行った。

「なにしてんだ」

砂馬があきれて、

「この店は、あがったなまずなんか、使っちゃいねえよ」

俺は黙って、なまずを鍋に返してからニヤリと笑って、つぶやきの低さで、

「血のにおいに飢えてるんだな」

砂馬は眉間にしわを寄せて、いやな顔をしたが、

「分るよ」

と言った。

なに言ってやがると、俺は思った。

そう思うんなら、この砂馬などに会わなきゃいいのに、俺は寂しかったのだ。気持が凶暴になってるくせに、あるいはそのために、寂しくてしようがない。それが俺を砂馬に会わせたのだ。

「あの娘は、その後、どうしたい」

その砂馬に俺は、

「ちがうんだよ」

と言ったが、砂馬は聞き流して、

「斎田さんのところへは、あの娘のことを聞きに行ったんじゃないのか」

さっきは、斎田慷堂のところへ、何しに行ったと聞いた砂馬だ。

「そうだけどさ。ちがうんだったら」

俺は革命家廃業みたいな自分の現在が、自分でたまらないのだ。だが、それをリャク屋の砂馬に言う気にはなれない。

すると当の砂馬が、

「分った、分った」

またそう言った。

腫れ物にさわるみたいな言いぐさはやめてくれと、叫びたかった俺に、

「お互い、女の問題じゃない。俺もほら、加柴と一緒に、私娼窟、女郎屋、待合と回って歩いたことがあったな。あのころの俺は、自分をなににぶっつけていいか分らなくて、やけになったもんだ。今の加柴はあのときの俺と同じなんだろう。あのときに、そうだ、あの娘に初めて会ったんだな」

酒が来た。砂馬はさっそく銚子に手をやって、

「うえー熱い」

指を耳にあてて、

「すごい熱燗だ」

俺はその銚子をむんずとつかんで、火傷しそうに熱いのを、なにくそと我慢して、砂馬に酒をさして、

「そいで、今の砂馬さんは、あのころとはちがって、自分をぶっつけて行けるものが見つかったわけか」

「まだ、その、見つけた、つかんだと、はっきりは言えないがね」

俺は盃をあげて、やーと形式的に砂馬に言って、

「砂馬さんはあの北槻中尉と仲良しなのかい」

「どうして?」

「斎田さんは、あの中尉を俺とも、そのうち、仲良くしてみせると言った。今はカタキ同士でも、国を憂える点では同じだと言った」

「加柴はそれでなんと答えた」

「別になんにも……」

熱い酒を俺は立てつづけに飲んで、

「あれは軍人のくせに、すこしボルかぶれのほうじゃないかな」

「そうじゃないだろう。いや、そうじゃない」

「だってレーニンを研究してるとか……」

「参考にしてるんだろう。あの北槻中尉は俺にこう言ってた。軍人として国のために命を捧げるのはいいが、今の日本の、金儲けしか眼中にないような資本家階級のために命を捨てるんではやりきれない。奴らの手先をつとめさせられるのは、かなわない。こう言うんだが、あれも俺と同じ水呑み百姓のせがれなんだ。今のような世の中では、百姓が可哀そうだ。地主に搾取されてる百姓も惨めなら、資本家に搾取されてる労働者も惨めだ。彼らを縛ってる鎖を断ち切るために、世の中の立て直しが必要だと、こう言うんだ。自分たち軍人が、喜んで命を捧げられる国にしなければならない。今みたいでは、兵隊に向って、国のために命をささげろと言うのが苦痛だ。これでは、兵隊を戦場に連れて行って、むざむざ殺すのに忍びない……」

「なるほどねえ。分るね。砂馬さんの言葉じゃないが」

「なんだ、その皮肉な言い方は」

砂馬はネギの箱を取って、箱ごと傾けてザクを、まるで胡椒でもかけるみたいに、鍋の上にぶっかけて、

「北槻中尉の言うことは、そこまでは俺たちと同じなんだが……」

「北槻中尉は錦の御旗をぶっ立てて革命をおこそうと言うんだな。黒旗や赤旗じゃなくて……」

物騒な話も、まわりがまわりだから、平気でできる。

「そこが、ちょっとちがうんだがね」

慎重な語調で言って、砂馬は箸を鍋に向けて、

「ボルとは絶対、俺たちは手を結べないが……」

錦の御旗と黒旗の同盟は可能であるかのようなその口ぶりに、

「砂馬さん。それは、ちょっとちがうどころか、根本的にちがうね」

「軍を、しかし、抱きこんだら強いからな」

「だからって、ツァーを中心に推し戴くなんて……。ロシアだってテロリストの究極の敵はツァーだったんだ」

「いや、ツァーの国とはちがうからな。そろそろ、なまずが煮えたぜ」

小皿に自分がさきに取って、

「ロシアのテロリストと言えば、ゲルシュニの話を斎田さんはしなかったか」

「俺が聞いたのは、もっぱら支那革命の話だ。ゲルシュニと斎田さんと、どんな関係があるんだ」

ゲルシュニはロシアのテロリストの偉大な指導者である。捕えられてシベリアに送られ、終身懲役の刑で監獄に幽閉された彼は、キャベツ樽に身をひそませて、脱獄に成功した。その大胆不敵は俺たちの亀鑑とされていた。

「斎田さんはゲルシュニに会ってるんだ」

事もなげに砂馬が言うのに、え? と俺はテコボク(箸)からなまずを取り落しそうになった。

「俺も斎田さんからその話を聞いたときは、たまげたな」

脱獄したゲルシュニはウラジオストークへ逃げのびて、そこで船に乗って日本へ潜入し、そしてアメリカへ渡った。

「ゲルシュニが日本へ来たときは、孫文もちょうど日本にいて、この二人を梶川悲堂なんかがこっそり会わせたんだ。そのとき、あの慷堂先生も一緒だったんだ」

砂馬はそれまで斎田さんと言っていたのを慷堂先生と呼んだが、それが今は不自然でなく聞えた。

「慷堂先生が俺たちに眼をかけてくれてるのは、自分もかつてはテロリストだったからだ。今は、ちがった革命のほうを考えているから、そんな昔のことはおくびにも出さないが……」

ふーんと、俺は唸って、

「あの慷堂先生はやっぱり、相当な人物だな」

俺も慷堂先生と自然に言っていた。このとき、砂馬が、

「俺は支那へ行ってみようかと思ってる」

急に話題を変えたようだったが、そうでなくて、

「慷堂先生が俺に、行ってくるがいいと言うんだ」

その夜、俺たちは吉原へくりこんだ。いや、ヒンシケ(金がない)の俺は、砂馬にオンブして登楼したのだ。砂馬に対してそれだけ俺も心を許したというわけだ。と言うより、俺は砂馬のことを革命家廃業かと思っていたが、そうでないと知らされ、そうした砂馬に心をひかれたのだ。それはつまり、斎田慷堂に俺がすっかり心をひかれたということでもあった。

「ゲルシュニ……か」

酔った俺は、げっぷみたいにくりかえし、これをつぶやいていた。

「ゲルシュニ……か」

名は聞いていたが、もちろん本人に会ったことはない。それだけに俺の心のなかで、偶像のような存在になっている。それほど尊敬していたこのテロリストを慷堂がじかに知っているということは、そうした慷堂をも尊敬させずにはおかない強い作用を俺に及ぼした。慷堂がにわかに俺には、その言うことならなんでも聞かずにはいられないといった抗しがたい力を持った人物に見えてきたのである。

砂馬と一緒の女郎買いは、あれ以来初めてのことだった。あれとは、吉原で砂馬が「面白い遊び」をしようとして、ことわられ、追い出された夜のことである。俺にとっては、俺がクララこと瀬良照子を知った夜である。

この前とちがって二流の上ぐらいの家だったが、砂馬はおなじみさんとして遇されていた。これならいいと俺は安心した。

砂馬のなじみの若い女が出てきて、ひとまず酒ということになった。

「こちらの兄さんに、いい子を世話してくれ」

と砂馬はやり手婆あに言った。

「はいはい。どんなおいらんがいいでしょうね。お若いから、やっぱり若い子でしょうね」

俺に言わないで、やり手は砂馬に聞いた。酔っていた俺は、

「俺が若いから、若くないほうがいいね、親切なおいらんがいいね」

と言った。つまらんことを言ったものだ。

年増好みと見られたのか、全くもって若くない、年増も年増、大年増のおいらんが俺のあいかたということになった。

「さ、兄さん」

「うん」

クララが言った、おトコつけましょう、あれのことだが――その夜の俺は、とんと、それが駄目だった。クララの場合は、顔を見ただけでもすぐゴロマクのが常だった俺のヨシコが、てんで駄目なのだ。おいらんがそのヨシコを、なれた手つきで撫でたりするが、一向にききめがないどころか、むしろ逆である。大年増のくせに真赤なヤチカクシ(腰巻)なんかしてやがって、それも逆効果だった。

「兄さんたら、お若いのに、どうしたの」

そんなことを言われると、いよいよあせってきて、駄目である。相手に恥をかかしちゃ悪いと思うと、よけい、いけない。親切は親切なおいらんだったが、サービスされると、いよいよいけない。てんでアイカギが合わせられない。

「どうしたんだろうな、酔いすぎたかな」

「兄さんは、これでオトナになるのよ」

慰めるように女は言った。

「俺はもうオトナだい」

「ほんとのオトナになるのよ。そんときに、いっぺんは、こういうことがあるものらしいわ」

「そうか。ほんとのオトナになるのか」

――この夜から、ふたたび俺の運命は狂いはじめたのである。

Chapter 7 of 28
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