その一 投爆者
斎田慷堂の家で会った北槻中尉と俺は同志のつきあいをはじめたのである。慷堂がその仲立ちをしてくれたことは言うまでもない。
北槻中尉と俺とを慷堂はかねて「仲良くして見せる」と言っていた。けっきょくその言う通りになったのは俺としてちょっと癪だったけれど、俺は俺なりの革命の意図を抱きながら、彼らと交わっているのだという肚だった。主義者とうしろ指をさされ、時にはリャク屋と罵られた俺が今では国士と呼ばれ、愛国の志士と見られることになった。慷堂や北槻中尉たちのいわゆる国家改造案を、俺はそのまま呑んだわけではない。彼らにはボル派のような画一的な思想を強要するところがないのは便利だった。
ボル派はひどい弾圧をうけていた。セツルで会ったあの大学生崩れも地下にもぐったという話を人づてに聞いた。
ボル派ともとはひと口にそう言っていたが、今はそれが共産主義者と社会民主主義者とにわかれていて、弾圧を食っていたのはその共産派のほうだった。社会民主主義者は無産政党のボスにおさまっていた。
三・一五、四・一六と毎年つづいて、大量検挙のあったその翌年のメーデーは葬式行列と嘲笑されるほどのみじめさだった。メーデー参加の一万五千の労働者に対して一万二千の警官が動員された。こんな状態では、労働者を組織して革命をおこすなどということは、夢みたいな話だった。
しかもブルジョア政治は腐敗をきわめていた。疑獄事件が続出し、政党は党利をはかることに忙しく、ただただ政争にあけくれている。選挙と言えば、財閥からの献金を公認候補に八千円の五千円のと軍資金に分配して、買収が公然と行われ、代議士はもはや国民の代表ではなく財閥の代弁者にすぎない。しかも当選した代議士はその日から利権漁りという始末で、こうした議会政治に民衆はあいそをつかしていた。革命を望む声が――声にならない声が、巷にみちていた。
その年の十月に、陸軍の現役将校が集まって、桜会という団体をつくった。表面は軍人の社交クラブということになっていたが、実は一種の革命団体である。その第一回の会合が九段の富士見軒で行われたことを俺は北槻中尉から聞いた。
「現状はもはや黙視するに忍びない……」
北槻中尉は隊付将校に特有の保革油の臭いを、俺の鼻にツンツン臭わせながら、
「軍人が蹶起していよいよ国の建て直しをやろうというのです」
俺は顔をしかめた。保革油の臭いが俺は嫌いなのだ。だが軍人というのは総じてこの臭いがする。俺がその臭いに顔をしかめたのは、つまり軍人というものに顔をしかめたことなのかもしれぬ。軍人が蹶起しなかったら国の建て直しはできないかのような独善的な考え方――軍人だけが国を背負って立っているようなその思い上りは、たしかに俺の顔をしかめさせていた。
俺のしかめ面を北槻中尉はどう取ったのか、
「軍の上層部はこの団体を快く思ってないようだが、その点は心配無用……」
と俺に言った。この会は中佐少佐級の将校が主体となっていて、北槻中尉などの青年将校は末席につらなっている形だった。北槻中尉はしかし、自分たち青年将校の革新的意欲が原動力になって、佐官級の人々をこうして動かしたのだと思っていた。
「軍の中枢部の幕僚将校がこの団体に結集している以上、上層部もこれを弾圧することは不可能だ。それどころか、上層部をもかならず動かせるし、上層部のなかでも心ある人はすでに自分たちの決意に共鳴している」
と中尉は言って、その決意の明記された文章を俺に示した。それには「国家改造をもって終局の目的とし、これがため要すれば武力を行使するをも辞せず」という言葉が会の目的として書かれていた。
「武力の行使か」
俺は痛快感を覚えながら、中尉に質問した。
「軍隊のことはよく知らないが、自分たちで勝手に武力が行使できるのだろうか」
「勝手に?」
「命令系統はどうなっているんです。命令なしに武力の行使が許されるのだろうか」
「戦闘綱要に、ちゃんと独断専行ということが許されている」
昂然と中尉は言った。
「大事なときには、命令を待たないで、独断専行してもいいのだ。それが結局、上官の意図と合致し、天皇陛下のみ心に添い奉る場合は、独断専行を行なっていいのだ。いいと言うより、自分たち青年将校が口火を切らなかったら、事は行われない。命令を待っていたら、いつまでたっても、事は始まらない」
――丸万から俺が変節を難詰されたのはちょうどそのころだった。
「金に眼がくらんだのか」
俺は俺の眼から火が出るくらい、くやしかった。あさましいリャク屋から足を洗ったとは言え、俺は金に眼がくらんだような暮しはしちゃあ、いなかった。あんまりくやしすぎて、
「金色夜叉の貫一みたいなことを言うない」
と俺は笑い出した。それは逆に丸万を怒らせて、
「大杉栄を殺した軍人どもと、おめえは乳くりあって……なんてことだ」
「乳くりあうなんて、変な科白を言やあがる」
「大杉先生にすまねえとは思わねえのか」
「それは、こっちの言いたかった科白だ。大体、砂馬さんを慷堂先生にひきあわせたのは、丸さんじゃないか。俺が慷堂先生と知りあったのも、そのためだ」
「砂馬さんはあのままじゃリャク屋になりさがってしまう、あのときはそう思ったからなんだ。砂馬さんはどうしてる」
「支那へ行った」
「支那へ何しに?」
「支那から満州へ潜入したようだ」
慷堂の紹介状を持って、満州の馬賊に渡りをつけて、砂馬は北満の吉林省へ行った。阿片郷として知られている東寧、穆林のあたりへはいりこんだのである。
「砂馬さんには砂馬さんの考えがあるようだ」
俺は砂馬がなぜ阿片の密培地にもぐりこんだか、その意図は知らなかった。
「俺は、四郎さんにだけは俺たちと一緒に、黒旗を守って貰いたかった」
「丸さん。俺はたとえ軍人とつきあおうと、俺の胸ン中には、ちゃんと黒旗がぶっ立ててあるんだ」
「俺はたとえ俺ひとりになっても、黒旗を守って行くんだ」
丸万は拳を固めて眼に当てると、わっとガンスイ(涙)をバラして、男泣きに泣き出した。
「丸さんよ。俺は自分では、丸さんたちを裏切ったとは思っちゃいねえんだ。もうちょっと見ててくれ」
年があらたまると、俗に「三月事件」と言われている陸軍のクーデターが企てられた。クーデターによって政権を奪取し、軍の独裁政権を樹立しようという企てである。その計画案は次のようなものだった。
1 二月中、大規模に無産三派連合の内閣糾弾の大演説会を日比谷に於て開催し、倒閣の気勢を揚げ、且つ議会に向いデモンストレーションを行い、本格的に決行する場合の偵察的準備を行う。
2 三月、労働法案上程の日を期し、破壊、政権奪取を決行する。この日、首相官邸、政民両党の本部を爆破する。但し爆弾は爆声大なるも殺傷効力なきものを使用する。
3 小川博士の計画による大衆一万人動員を行う。八方より議会に対しデモを行い、各縦隊の先頭には計画に諒解ある幹部を配して統制を取る。また各縦隊には抜刀隊を置き、必然的に予期せらるべき警官の阻止を排除す。
4 軍隊は非常集合を行い、議会を保護するとしてこれを包囲し、内外一切の交通を遮断す。またあらかじめ将校(主として桜会のもの)を各道路に配し、縦隊に対し、国民大衆の要求は軍部が貫徹すべく努力するをもって一切を委し秩序を保つべきを要求する(各縦隊に配しある幹部はこれを実行す)。
5 この情勢に於て、某中将(この氏名は最後まで秘匿され、今日に至るも明らかでない)はK、T両少将のいずれか一名と他の数名の将校を率いて議場に入り、各大臣に対して「国民は今や現内閣を信任せず、尾垣大将を首相とする内閣をのみ信頼す、今や国家は重大の時機に会す、よろしく善処せらるべし」と宣言し、総辞職を決行せしむ。
6 S首相代理以下に辞表を提出せしめ、大命は尾垣大将に降下する如く、あらかじめ準備せるところに従い策動す。
俺は投爆班の一員に加えられた。というより、みずから買って出たのだ。
北槻中尉らの青年将校は、保革油の臭いとともに軍人臭をぷんぷん放っていて、地方人(民間人)を何か見くだしているふうがあった。革命はしょせん、軍人の手をまたなければできないと思っているようだ。俺は地方人の誇りと名誉にかけて、ぜひとも投爆の仕事に当りたいと頑張った。
その投爆班は、実際は民間人にまかせることになっていた。計画案に出てくる小川秋明博士の主宰する右翼団体の者が投爆担当と決定したのだ。そのなかに俺も加えろと強硬に売りこんだのである。俺は福井大将を狙撃したテロリストの一味という前歴がたたって、右翼の奴らからヘンな眼で見られていた。それを俺はこの際、一掃したいという考えもあった。
だが、投爆者をみずから買って出たのは、それだけの理由ではない。投爆の魅力が俺の血を湧かせたのだ。爆弾は直径一寸五分ほどの球型のもので、四発が一連となった擬砲弾だった。これが爆発すると、四門の大砲から砲弾が連続的に発射されるのと同じ音響を発するのだ。殺傷力はないが、砲煙が高く天に沖するという。
テロリスト時代の俺は爆弾をつくるのにどんなに苦心したことか。山の工事場に、人夫に化けてはいりこんで、爆破用のダイナマイトをくすねたり――それを思うと、軍から簡単に支給され、入手できる今度の場合は、なんだかあっけないくらいだった。慷堂も指摘していた、軍を抱きこむことの重要さをしみじみと感じさせられた。
だが、俺はこのクーデターが成功したあかつきは、どういうことになるのか、それは深く考えなかった。考えないようにしていたとも言える。投爆ということそれ自身に胸をおどらせていたようだ。
三月になっても寒かった。寒いある日、俺は慷堂の家を訪ねた。今度のクーデター計画に、民間人として参加しているのは小川博士で、慷堂は参画していなかったが、内情は知っているらしく、
「尾垣大将の権勢欲に利用されねばよいがね」
とひややかに批判的な言葉を吐いた。
「尾垣大将は自分から動いたのでなくて、皆から担ぎあげられている形ですが」
と俺は言った。
尾垣大将は当時の内閣の陸軍大臣だった。
「小川秋明が担ぎ出したのだろうが」
慷堂は火鉢に炭をつぎながら、
「わしのことを小川秋明は社会主義かぶれしておると言っとるが、夫子自身、無産党の連中を利用して、大衆を踊らせようとしている。それこそ社会主義者の手だが、笛吹けどもということになりはせんかな」
「偵察的準備」としてのデモは二月末と三月初旬に行われたが、三四千人しか動員がきかなかった。慷堂の言う通り、笛吹けどもの感が深く、小川秋明の一万人動員案はあやしくなってきた。
決行の日が迫るにつれて、北槻中尉も俺に向って、懐疑的な言葉を口に出して言うようになった。今度の蹶起には大尉級以下の将校は参加させないという申しあわせが、かねて佐官級の将校の間で取りきめられていて、北槻中尉たちはそれを撤回してほしいと要求していたが、聞きとどけられなかった。その理由は、事が破れて罪に服するとき、遺族の生計に対して保証ができかねるから、少佐級以上の将校にかぎることにしたというのだ。
「筋は一応通っているが、だからとて、自分たち青年将校をしめ出すのは奇怪だ。手伝いだけしろというのは、おかしい」
あたかも上級将校だけでろうだんしようとかかっているかのようで、青年将校たちが考えているのとはちがう革命の構想かもしれぬという懐疑である。純真な青年将校たちをうるさがって、邪魔にしているのではないかとさえ疑われてくる。
一方、当の上級将校たちは、すでにわが事成れりとばかりに、小川秋明も加えて料亭で長夜の宴を張っていた。その席には、北槻中尉らも呼ばれたが、いずれも不快のおもいを与えられるだけだった。
「賞勲制度も考えにゃいかんなどと言っている。自分らに手伝わせて、その功労に対して勲章をやろうというのだ。馬鹿にしている。勲章がほしくて手伝うとでも思っているのか」
あんなことで事がおこせるのだろうかと北槻中尉は案じていたが、果せるかな、この「三月事件」は不発におわった。
俺はせっかく胸に抱いた爆弾を、あっさり取りあげられた。あっけなく入手した爆弾は、やはりあっけなく取りあげられた。
不発とはいえ、このクーデター計画はあきらかに叛乱予備罪に問われるはずのものだった。だが、この事件は闇から闇に葬られて犠牲者は一人も出なかった。
これも奇怪だった。政治的な取引きが行われたのではないかという疑惑を北槻中尉らが抱いたのは当然だった。
不発に終った原因は、軍の上層部が時期尚早という断定を下したためだという。だが、その陸軍の変心ということが、やがて、尾垣大将の変心というように伝えられてきた。
「慷堂先生が言ったように、尾垣大将はやはり政治的野心を持った人かもしれぬ」
と俺は思った。斎田慷堂と小川秋明とは対立していたから、俺は慷堂の言葉をその対立が言わせたものとも取っていたが、
「そうじゃないな」
と思い直した。
「尾垣大将が自分の政治的野心から考えて、不発に終らせたのかもしれぬ」
これはいわば慷堂派の北槻中尉らの見方でもあった。
事件の不発を憤ったこの北槻中尉たちは、連隊の近くの西洋料理屋で残念会を開いた。
それへ、小川秋明派ではない俺も招かれて出席した。
「自分らの手でやはり独断専行すべきだ」
「軍の上層部は信用できない」
そうした議論は、尾垣大将への不信になった。大将は軍のなかでもおさえがきく、そして政界にも睨みのきく人物だったが、それだけにこの尾垣大将は、真の錦旗革命をゆがんだものにする恐れのある存在でもあった。
「切るか」
そんな叫びが座のなかから出た。
「誰が切るか」
「あたしがやろう」
と俺は北槻中尉に低い声で言った。
「君が……?」
まるでガンツケ(眼で因縁をつける)みたいな、中尉のその眼には、軍人独尊の光があった。
「あたしがやる」
俺は静かに言った。
「あんた方はまだまだ大事な仕事をして貰わねばならん身体だ」
「若いくせに老成ぶったことを言う」
北槻中尉は笑った。
「いやいや、俺は死にぞこないの人間だ。いつ死んでもいい人間なのだ」
俺はここで尾垣大将を暗殺することによって、テロリストとして信念を貫くことができるのだと思った。
「恩赦があるから、まあ、十年とツモって、十年つとめて出てくれば、いい顔だ」
右翼の若い者たちの間で、そのころ、そういう言葉が半ば公然と言われていた。俺の前でも平気で言っていた。殺す相手が大物であればあるほど、ハクがついて、ムショ(刑務所)から出たあと、いい顔で通れるという。そして事実そうなのだ。
口では天下国家を論じながら、しょせんは私利私欲のため、売名のため人を殺す、そういうのを俺は唾棄すべき根性と考えていた。だが北槻中尉たちからは、この俺も――尾垣大将の暗殺をみずから買って出た俺は、顔を売るためと見られたかもしれないのだ。言葉のはしばしに、それを感じさせられるものがあった。俺はしかし、自分の気持を彼らに打ちあけることはしなかったし、できなかった。
尾垣大将を殺しておいて、俺は自分の生命が助かるとは思えなかった。たとえその場で射殺されなくても、当然、死刑の宣告を受けるだろう。軍人や右翼出とちがって、俺はテロリストなのだし、またそれをいざという時に明らかにするつもりだったから、死刑は覚悟せねばならぬ。単なる売名でこんな覚悟ができるか。
これは、これまでは北槻中尉にだって打ちあけられることだし、これまでも黙っていなくてはならないという必要はないのだが、ではなにゆえのその覚悟かと問いつめられた場合、ちょっとそうなるとうるさいから、はじめから何も言わないことにしていたのだ。
尾垣大将を暗殺することで俺は、大杉栄を虐殺した軍人というものに対して復讐しよう、復讐ができるのだと考えた。大義名分をひそかにそこにおいていた。公判廷で俺はこれをはっきり言うつもりだった。ここのところを、はっきりさせて、俺は死にたい。
これは軍人の北槻中尉に向って言えることではなかった。しかも、尾垣大将を暗殺するためのピストルの入手については、この北槻中尉が秘密裡に計ってくれることになっていたのだから、なおさらである。
軍人に復讐するためのピストルを、軍人を通して手に入れねばならぬというのは皮肉な話だった。皮肉というより矛盾か。それに眼をつぶったのには、わけがある。
福井大将の暗殺が未遂に終って、狙撃事件だなんてみっともない名をつけられ、しかもブル新聞に、あれは実弾でなく、単なる売名のための空弾を放ったにすぎないなどと書き立てられたのは、それに使用したピストルが駄目だったからだ。同志がわざわざ上海まで潜行して、苦心して入手したレンコン(ピストル)は、いざとなると役に立たなかった。ひどく旧式な蓮根式のあのピストルがチャチだったのか、それともタマが、インチキなのをつかまされたのか、古くなって火薬がどうかしたのか。そこのところはよく分らないが、ほんとなら福井大将の心臓をうしろからぶち抜いているはずの、そんな近くで射ったタマが、てんで皮膚すら貫けない始末で、ちょっとした火傷を相手の背中におわせただけだった。くやしいったら、ありゃしない。そのくせ、これで同志二人は死刑になった。
あのときは、手製の爆弾も用意してあった。ポケットに入れてあったのだが、かんじんのピストルがなにしろそんな始末なんで、たちまち取りおさえられて、爆弾を使うところまでいかなかった。
その爆弾の製造計画には、はじめ俺も荷担していたのだが、中途で除外された。暗殺の仲間から俺や砂馬ははずされた。俺は特に若かったから、ここで死なないで、生きのびて、消えがちのテロリスト精神の火を守れと言われたのだ。
そう言わないで加盟させてくれと泣いて訴えたが、中学校出の俺はインテリと目されて、当時俺たちの主義主張をひろめるために出されていた雑誌を、砂馬とともにあくまで死守せよと説得された。おまけに俺たちの連坐を防ぐために喧嘩別れの狂言まで仕組まれた。
同志は暗殺を決行した。それが狙撃で終ったのはくやしいが、精神は貫けたのである。同志は悠揚として死についた。俺は死にぞこないのおもいを心から消すことができなかった。
砂馬も同様だった。俺たちは連坐をまぬかれたとはいえ、雑誌は潰された。俺たちもヌクヌクと雑誌なんかやっている気にもなれなかった。
機会があったら俺もやはりテロリストとして死にたいと思いつづけていた。それには武器が大事である。ねらった相手を火傷させるだけだなんて、そんなチャチなピストルではしようがない。俺は北槻中尉が軍のピストルを持ってきてくれるのを待っていた。
北槻中尉たちはしかし、ほんとは自分らの手でやろうと思ったのかもしれない。なかなかピストルをくれなかった。かかる重大な任務の遂行を民間人にゆだねるのを潔しとしない気持も分る。
だが、やがて、いやでも俺にまかせなくてはならない事態が発生した。
尾垣大将が陸相をやめたのだ。そして朝鮮総督になって京城に赴任したのである。
京城まで行って、それをつけねらうのは現役の軍人では無理だった。第一、イガ栗頭ではたとえどんな変装をしても、目立って駄目である。
刺客は民間人がなるよりほかはない。ここで初めて俺はピストルを手渡された。
ざまあ見ろと俺は心のなかで叫んだ。ひやっこいピストルを俺は胸に抱いて寝た。
東京を去るに当って、俺はアナーキストの仲間に会いたいと思ったが、酔ってうっかり変なことを口走ってもと、それを思いとどまった。俺は切ない孤独感に噛まれた。
俺はピストルを撫でて、切なさをまぎらせた。いっときもピストルだけは手離さなかった。
北槻中尉が俺のために壮行会を開いてくれた。と言っても、中尉のほかに青年将校が三人来ただけだ。
大森のカニ料理屋の一室である。あけ放った窓から、涼しい風が吹きこんでくるが、早くも夏が来たような暑さだったから、汗ばんだ肌を海風はねばつかせて、気色が悪い。俺がいささか不機嫌だったせいもあろうか。
部屋の下はすぐ海で、磯のにおいが強く鼻にくる。そのにおいは俺に、海を渡ってはるばる朝鮮へ行くのだということを改めて胸に浮ばせる。
俺はもうすこし早くピストルを貰いたかった。それを北槻中尉に言いたかった。
陸相をやめた尾垣大将はすぐ伊豆長岡に行って、そこにずっと滞留していた。俺はピストルを入手次第、大将をやっつけてやろうとひそかに長岡へ偵察に赴いていた。憲兵はもとより巡査も動員されていて、警戒は厳重だったが、京城へ行った大将をつけねらう困難さにくらべると、この内地のほうがまだしも楽である。
どうして早くピストルをよこさなかったのか。それが俺を――せっかくの壮行会だが、不機嫌にしていた。
むっとした俺に酒をすすめながら、北槻中尉は青年将校たちと自分らだけのナシ(密談)を打っていた。突然、こんなグレサンショ(隠語)を、会話ならいざ知らず、地の文章に出しちゃ、おかしいかもしれないが(それは何もこれが初めてじゃないが)、俺の気持としては自然に出てきた隠語である。
自然というか必然というか、俺は俺のために北槻中尉らが壮行会を開いてくれたとはいえ、軍人の彼らと俺とは根本的にちがうのだという気持がそこにあった。そうした気持が俺にそのとき、ナシを打ってやがると心のなかでつぶやかせていた。それが自然と地の文句にも出てきたのだ。
今までも、そしてこれからも、突然、隠語が出てくる場合があるが、俺としてはかならずそこに必然的な、出てくるのが自然な気持があるのだ。もしも俺が女の足袋をヨコビラと突然、突如として言ったとしたら、そのときその足袋から俺は特別な強烈な印象を与えられていたのだ。それはタビじゃなくて、どうしてもヨコビラなのだ。
だが、人によって隠語をキザととるかもしれぬ。ひけらかしと見るかもしれない。お上品な方々はヒンシュクなさるにちがいない。たとえば、一度もムシにかまれたことのない、豚箱(留置場)にすらはいったことのない昨今の書斎派的左翼――おっと、これは昔の言葉だ、今は進歩的文化人と言うのだろうか、安全地帯でオダをあげているこの連中には、俺の隠語がお気に召さないことだろう。
隠語を俺は、ヤーさまになった丸万から聞き覚えたというだけじゃなくて、ヤクザや泥棒なんかと同じ房で暮したために隠語を使うことが自然と身についたのだ。だから俺はテキヤの隠語のほかに泥棒なんかの隠語も知っている。
そうした隠語を使うのはキザだ、ハッタリだと、人から思われることはかまわないが、俺が泥棒の隠語を使うことで俺たちアナーキストが泥棒と同じ類いの人間と見られることは困る。アナーキストの名誉のためにそれは心外だ。
隠語なんか、ほんとは使わないほうがいいのだ。と知りながら、隠語がつい口をついて出てくるのはなぜか。
現在の俺に残されているのはこの隠語だけなのだ。波瀾万丈――と自分で言っちゃおかしいが、そうした俺の過去が俺に残して行ったものはただこの隠語だけだったのだ。――
北槻中尉らの話を、聞くともなく聞いていると、軍の上層部には派閥があって、醜い勢力争いをしているようだった。ナワバリ争いだ。いや、マジメに書こう。いわゆる革新派にも同じような派閥があって、相剋とも言うべきその争いは、ひとしく錦旗革命を意図している青年将校の間にも分裂をもたらしていた。
そうした話のなかに真木大将という名がしきりと出てきて、北槻中尉はこの真木大将に心服している語調である。
「慷堂先生はどっちの派だ」
と俺はカニの脚から身を箸でつつき出しながら聞いた。
「先生は真木大将を信頼している。南一光と親しいせいもあるだろう」
南一光というのは右翼の一方の旗頭で、俺もその名は知っている。
俺は自分のことに話を移して、
「今度のことは慷堂先生にも黙って――黙って行くつもりだ」
俺の言葉に北槻中尉が黙って大きくうなずいたとき、足音荒く階段をどやどやと数人の客があがってきて、廊下を踏み鳴らすようにして、
「ここかな」
と無遠慮に座敷をのぞき回っている気配に、
「来たな」
北槻中尉は、きっとなって、
「かくれろ!」
と俺に言った。
その命令調が俺には気にくわなかった。俺は何も中尉の部下じゃないし、中尉の命令で動いている人間ではない。どっかと坐ったまま、
「サツかな」
警察なら軍人がおさえられるし、おさえるべきだ。そう思った俺に中尉は、ちがうと言って、
「この座をはずしてくれ」
「どうして……」
「君を内紛の巻きぞえにしたくない」
口ばやに言って、窓を指さし、
「そこから、早く……」
脱走しろと眼で言わせて、大きな下足札を俺に、
「これ……」
と差し出した。
「こいつはおもしれえや」
捨て科白を残して、俺はひらりと窓に飛び乗った。岸に寄せる波はさして強くないのに、白い波頭が岸までとどかないうちに暗い沖で崩れている。
窓の外れの、ちょいと離れた下に、屋根が見える。しめたと、それに飛び移ろうとしたとき、股倉にかくしていたピストルがガチャリと板にぶつかって、ひやりとした。ピストルを俺は、さらしの腹巻にさきをくくりつけ、キンタマのわきにつるしていた。不審尋問にひっかかって身体をしらべられても、キンタマには手をやらない。
「這い」(屋根から忍びこむ泥棒)みたいにオカルヅタイ(屋根伝い)に逃げて、屋根から地面におろしてあるブリキのとよを、うまいこと見つけると、それを手がかりにして下に降りた。俺はキスグレ(酔いどれ)の真似をしながら、はだしで玄関へ回って、
「おい、スケマ(はきもの)出してくんな。ひとりで、さきに帰るんだ」
下足番はそんな俺をあやしんで、下足札と俺の顔をかわるがわる見ている。
「早くしねえかい」
俺はどやしつけて、
「ちぇっ、おもしろくもねえ」
車をひろって、俺は運転手に、
「トロゲンだ」
「へ?」
「吉原だよ。早くやってくれ」
トロゲンなどという隠語が俺の口から自然に出るくらい、俺の吉原通いもイタについた。淫売買いから格があがって、女郎買いになったのだ。
いや、トロゲンの女はおいらんで、女郎ではない。ほかのシマでは女郎だが、それが吉原ではおいらんと呼ばれている。おいらんは吉原にしかいないのだ。と言っても、おいらんだって、女郎だって、それからガセビリだって、「毛祭」に別にかわりはない。
源氏名を若紫というおいらんが俺の馴染で、馴染の俺は本部屋に通された。これは俺に、オトナになるのだと言ったあの女ではなく、その女のいる家ではない。
「おや、綺麗な人形を買ったな」
大きなガラス箱に入った藤娘の人形が、小さな茶だんすの上に、でんと飾ってある。
「ええ」
と若紫は言葉を濁して俺にお茶を出した。
「ああいうのは案外高いんだろうな」
誰かが買ってくれたものにちがいない。いい客がついたなと俺が見ていると、
「はい、兄さん」
ノリのきいたユカタをひろげて、着替えをしろと女は言う。
「うん。まだ、いいや」
俺は女の目につかぬようにして、ピストルを隠すにはどうしたらいいかと考えた。このままでも、ズボンの股のところが、まるであれがすごく勃起したみたいにふくらんでいる。おかしいので、手をやっていた。
「どうしたの、兄さん」
俺とおない年ぐらいと思える女は、いつもとちがってガツガツしてない俺に、気味悪そうに言った。
「どうもしないさ」
俺はエンタの「朝日」の口を噛みながら、
「俺はちょっと旅に出る。しばらく会えない」
と言ったが、これで永久に会えないかもしれない。
「旅って、どこへ行くんです」
「遠くへ行くんだ」
思いつめた感じがおのずと顔に出ていたのか、
「遠くって?」
と女は不安そうに言って、
「兄さんに、あたし、相談があるんだけど、あとで……」
アブラゲ(蒲団)が敷いてある横で、女は長じゅばん姿になろうとする。
「まだいいよ。話をしようや、相談ってなんだい」
ここの勤めは相当もうながいはずの女は、着物姿を見ている分にはいかにも吉原のおいらんだが、床の中で抱くと、ついこの間まで田圃で働いていたような固くしまった肉づきをしていて、その野生的な感じが俺の気に入ったのだ。照子とはよほどちがう。似ているところは受け口ぐらいで、
「横になりながら、話しましょう」
字に書けば東京弁だが、どこかの田舎訛りがまだ抜けない。するりとさきに蒲団のなかに入って、
「あたしは年季があけたら、兄さんと世帯を持ちたいと思ってたのよ」
「へっ? もてるねえ」
「ほんとよ。兄さんさえ、その気になってくれたら……でも、兄さんはおいらんを女房にする気なんかないわね」
「そんなことはない」
「ほんと?」
こっちこそ、ほんとかいと聞きたいところだったが、女の顔は真剣だった。
「兄さんみたいな人なら、きっと、あたしを貰ってくれると思った……」
俺の商売は文士――三文文士ということにしてあった。
「みたいなとは、なんだ」
「ごめんなさい」
女は木枕に手をやって、
「あたし、畳屋さんから後妻にって、話がかかってるんです」
「畳屋……?」
「どうしたらいいかしら」
俺は死ぬ身だ――だが、そうは言えないで、言葉を探していると、やり手婆あが部屋の外から声をかけた。客が来たのだ。
(ほら、言わないこっちゃない)
そういった顔で、女は上体をおこして、
「兄さん……」
と俺の膝をゆすぶった。
俺は床花を、思いきりはずんでいたが、だからマワシをやめろとは言えない。お名ざしで若紫を買いに来た客が登楼した以上、ここのしきたりとして、顔出しをしないわけにはいかない。行っといでと俺も言わざるをえない。
「兄さん。早く……」
早いとこ、チュウコをしようとうながすその女の手が、俺の膝から股倉にすべってピストルに当った。モキ(きも)を冷やした女は、火傷でもしたみたいに手を急いでひっこめて、
「なーに、それ?」
「なんでもない。さきに行っといでよ。あとで、ゆっくり……」
俺は女を追い払うように手を振っていた。
ひとり残された俺は、やはり肌寂しいおもいだった。マワシをとっている若紫に、ジンスケ気味になるほど、俺は惚れていたわけではないが、俺と世帯を持ちたいと言った言葉は、俺の耳に残って離れない。おいらんの手練手管と一笑に付しては可哀そうだ。
おいらんと世帯を持って、駄菓子屋かなんかやるのも、悪かねえな。おだやかにつつましく陋巷に生きる人生も悪くはないと思うが、今さらそんな自分を夢想してもはじまらない。
どこからか、レコードの「浅草行進曲」が聞えてくる。「恋の灯かがやく、真赤な色に、胸のエプロン、どう染まる」――これは知っているが、あとの歌詞は知らない。
化粧なおして誰知らさねど
今宵ひと夜のいのちなら
夢の浅草 なみだ雨
知らない三節目の歌詞が、くだらねえと思いながら、今夜の俺には身にしみる。今宵ひと夜のいのちなら――こいつがいけねえ。
(畜生!)
俺はそっと敷蒲団の下に手をひそませた。そこに隠したピストルのひんやりとした感触をもとめて、手を泳がせる。
照子の奴はどうしたろう。あのリン病はどうしたろう。そのうち梅毒になって、鼻がかけて、フガフガ言うようになるのだろうか。骨がらみにでもなってしまえと呪う一方、あの照子となら、ほんとに世帯を持ちたかったのだと俺は悲しくなるのだった。
――若紫が戻ってきた。そっと障子をあけて、はいってきた若紫は草履を小脇にかかえていた。おいらんは誰でもぺたぺたとフェルト草履を鳴らして廊下を渡って歩くのが常なのに、若紫は足音も忍ばせて戻って来た。
俺が鎌首をあげると、その敷蒲団を若紫は手早くひょいとめくって、その下に草履を隠そうとして、ピストルが眼にはいったらしく、
「あっ」
と叫んで身をすくめた。
「兄さんったら、こんなものを……」
「しーっ」
俺は自分の口に人差指を当てた。はげしい欲情が俺のうちに、かーっと燃え立った。