その二 京城の猫
――俺がもしもここで尾垣大将の暗殺を実行していたならば、とっくに俺はこの世をおさらばしていて、呑気にこんな昔の思い出話を語っていられるはずはない。つまりまたしても俺は死にぞこなったのである。
死にぞこなって、今日までこうしてのめのめと生きのびたのだが、あのとき、俺の肉体はたとえ死からまぬかれたとはいえ、ひょっとすると俺の心はあのときに死んだのかもしれないのだ。それほど俺自身にとっては、大変なことだったのだが、話としては、ひと口に死にぞこないと簡単に言ってのけられるほど、あっけない話なんで、だから話にそうもったいをつけないで、てっとり早く二回目の死にぞこないの話をしたほうがいい。朝鮮行きの前に、ちょっとまだ話がないでもないが、早速、俺を汽車に乗せよう。
俺はポッポ(汽車)で下関へ行った。青切符(二等)を買える金は持っていたけど(そのころ、汽車は一等、二等、三等とあったのだ)、乗りつけない二等に乗って目立ってはまずいから、赤切符(三等)で行った。
東京を去ることは俺には死をめざして生から去って行くことだった。一気に死地へ乗りこみたいのに、下関までは今とちがってずいぶんと時間がかかった。時間をかけて、生からゆっくりと立ちのいて行くのは、なま身の人間としてやっぱり、いやな感じだった。俺は自分を卑怯者だと思いたくなかったが、ひとりで死につくことの苦痛は自分でそれを認めないわけにいかなかった。シモクテン(三等車)の中で、俺はひとりで酒をあおった。そうして俺は苦痛をまぎらすために、ヒロイズムの悲壮感を自分のうちにかき立てていた。
ひとりで――俺は死のうとしている。ひとりで事に当ろうとしている。
テロリストの本懐にはちがいないが、軍人の独善をひんしゅくした俺自身が、その軍人の思い上りと同じようなヒロイズムに酔っていた。
軍人といえば、俺のふところに、たんまり金があったのは、北槻中尉からそれを軍資金として受け取ったからである。その金は中尉もどこからか、せしめてきたものにちがいないので、中尉自身がそんな金を持っているわけはない。どこからせしめてきたのか、中尉は言わなかったし、俺も聞かなかった。俺たちと同じリャクでせしめてきたのか。いや、あの軍人どもにそんな気のきいた真似はできない。すると、どこかに、隠れた後援者がいるのだとも考えられる。
その後援者というのは、相当の金持ちでないと、俺のふところにあるような金を、ぽいと出したりはできないだろうから、おそらくはブルジョアにちがいない。ブルジョアは俺たちの敵だ。敵の金で俺は……それも、まあ、いいだろう。毒をもって毒を制すで、それはいいとしても、ブルジョアが金を出すというのは、それが何か自分の利益になるのでなかったら、そうと分ってなかったら金輪際、そんなことはしないだろう。となると、俺の生命は、しょせん、そのブルジョアの私利私欲のために献げることになるのか。これもいやな感じだった。
この俺は、敵の金に踊らされている道化なのか。いや、ちがうと俺は首を振った。俺は俺の信念のために死ぬのだ。
(死にゃいいんだ)
ほんとうを言うと、あのときの俺の心境を、今は正確に思い出せない。いろいろといやな感じだったこともたしかだけど、一方で俺は絞首台に立った俺の姿を思い描いて、いいぞと自分で喝采していたような気もする。俺は立派にテロリストとして死んでみせる。自分ではそう思って、自分の死刑姿に拍手を送っていた。
だが、これはどうなんだろう、信念のために俺は死ぬのだと、ほんとにそう思っていたのだろうか。
人間ははたして信念のために、思想のために死ねるのだろうか。信念のためと思いこんでいても、それは自分で、自分をそうしてだましているだけで、自分は信念に殉ずるのだという自己陶酔があって、はじめて死ねるのではないか。それは信念のため、思想のために死ぬということとはちがうようだ。
信念のために死ぬのだと思いこんでいた俺も、俺が死んだら民衆のなかには、きっと俺の死をいたんでくれる人間がいるだろうという、甘ったれた気持がないでもなかったのだから、信念のためというだけでは死ねないことぐらいそのときすでに分りそうなものだった。ここでただひとつ、はっきり今でも思い出せるのは、次のことである。俺はほんとのところ、民衆が俺の死をいたんでくれるのより、照子ひとりが俺のために泣いてくれることを望んだのだ。
泣いてくれるかどうか分らない。だから、泣いてくれることを望んだ。そうだ、それは照子というより、俺のために泣いてくれる女ということだった。俺には、俺のために泣いてくれる女がいない。――
手早く話そうと言いながら、ぐずついている。下関に着いて、そこから関釜連絡船に乗って、玄海灘を渡るのだが、そのときのことをちょっと……。
夏の陽がギラギラと照りつける炎天下――船に乗ろうと列をなした乗客の左右に、眼を光らせた刑事たちが立ち並んでいて、いわゆる挙動不審の者や、うさん臭いのに、
「おい、ちょっと来い」
とやっている。横柄に手で招いて、列から離れさせる。おいとやられた本人が、まさか自分のことではないだろう、うしろの奴かなと脇見をしたりすると、
「お前だ!」
と刑事にどなりつけられ、へっと首を縮めて、両手に重い荷物をさげながら、おたおたと出ていくのもあった。
このことはあらかじめ聞いてはいたが、聞きしにまさる厳重さだった。満州事変勃発を二月後にひかえたときだから、警戒が一層厳重だったのだろう。背嚢を背負って汗びっしょりの兵隊の列が、ほかの埠頭から軍用船に乗り込んでいて、何やら不気味なあわただしさがあった。柳条溝のあの満鉄線路爆破事件は日本側で仕組んだものだけに、すでに物情騒然たるものがそこに感じられたのは当然と言える。
俺から数人ほど前に、ひとりの大学生がいたが、それが、ちょっと来いとやられた。ひと目で朝鮮人と分る大学生だった。朝鮮人はすべてやられるのだ。どんな朝鮮人も一応すべて不逞鮮人と見られたのだ。
朝鮮人の大学生は特に、朝鮮人のくせに大学へなんか行きやがってと、学歴のない刑事の反感を買うのか、大学生はすべて不逞な思想の持ち主と睨まれていたせいか、はじめからもう犯罪者扱いだった。夏休みの帰省と思われるその大学生は、刑事の無礼な尋問に対して、何かいんぎんを欠いた返事でもしたのか、いきなり衆人環視のなかで、ぴしゃりと平手打ちを食わされ、この野郎、生意気なとたちまち、しょっぴかれて行った。無抵抗のまま連行される大学生を、ほかの刑事が横から靴で蹴った。
ひでえことをしやがると俺は憤慨した。大杉栄たちが憲兵の手で虐殺された関東大震災のとき、朝鮮人も街頭で多数なぶり殺しにされたことを俺は思い出した。同じときに殺されたという因縁からも、かねて朝鮮人に寄せていた俺の同情がここで一段と強められた。
尾垣大将をどうせ殺すんだったら、日本にいるうちにやればよかったのにと俺は思っていたが、
「なるほど、こりゃ、朝鮮でやるのもいい考えだ」
わざわざ朝鮮まで追いかけて行かなくちゃならんとなったとき、俺は舌打ちをしたものだが、今は気持が変った。朝鮮人の見ている前で、日本人の朝鮮総督を狙撃する――こいつはいいぞと俺は思い直した。
それにしても、朝鮮に渡るこのとば口で、すでにこれでは、尾垣大将の身辺はさぞかしすごい警戒にちがいない。それをつけねらう困難さが思いやられる。だが、困難であればあるほど、俺は闘志を燃やすぞと自分に言ったとき、その俺が、
「ちょっと、来い」
とジケイ(刑事)にやられた。
どきっとしたが、その一方、俺はアサちゃん(朝鮮人)じゃないぞ、間違えるない――とオカンムリだった。朝鮮人に同情しておきながら、それを軽蔑している本性をはしなくも暴露していた。優越感のゆえの同情か。
「どこへ行く」
「京城……」
むっとした口調で言ったのはこの場合、俺は日本人だという気持からではない。こういう相手には強く出たほうがいいと、度胸をきめたのだ。
「なにしに行く?」
問われて俺はすぐ答えた。
「公用……」
前々から準備しておいた科白である。と言って、俺はまさか、こんな場所で、ちょっと来いとやられるとは思ってなかった。
「公用……?」
相手の表情に、あるかげがさしたが、なにをこの若僧がといった声で、
「どういう公用だ」
「こんなところでは言えんな」
若僧であるだけに、俺は慷堂を真似た背のびした口調で言った。俺は単なるテロリストではなく、背後に軍がひかえているという意識があって、それが口調にも出ていた。
「言えん……?」
相手は眼をむいた。俺はさも曰くありげな虚勢を張って、わざと低い声で、
「軍の公用……」
「軍……?」
相手がひるんだと見て、すかさず俺は、
「あんた、憲兵か?」
私服の憲兵かと聞いたのは、相手を憲兵ではないとふんでいたからで、軍には弱い警察だと俺はうわ手に出てやった。
これはちょっとやりすぎで、まずかった。相手はカチンと来たらしく、
「憲兵でなかったら、尋問に答えない? 憲兵を呼んでくるか」
「呼んで貰ってもいいが」
こいつはいけねえと、俺はシモノセキを――カバンのことだ、馬関の逆語だ、そのカバンを持ちかえて、その間に、ごまかしの言葉を考えて、
「ここは、あんた方の所管でしょう」
言いながら、相手に見せる自分の身分証明書でも、さも取り出そうとするような恰好で、のろのろとカバンをあけにかかると、
「いや、いいでしょう」
見せなくてもいいと相手は手に言わせて、
「それには及びません」
こっちがおとなしく出ると、相手も折れて、特務機関の者みたいに俺が装ったのをそのまま受け取って、
「失礼しました」
急に卑屈な態度になった。
「いや、ご苦労さん」
俺は鷹揚に言った。見事なトントン(ごまかし)だと俺はいい気持だったが、いい気持の俺自身、内心いささか恥を感じないでもなかった。
虎の威をかりるキツネとはまさに俺のことだ。純粋なテロリストとして死のうとしている俺なのに、そんな俺としたことが、軍をカサに着ている。
北槻中尉とつきあってから、こういう要領(軍人はこの要領ということを口ぐせのように言う)を覚えたのだが、俺もいつしか自分から右翼の国士気取りを身につけていたところもある。軍や右翼に弱い警察が、そういう要領を俺に覚えさせた点もある。
「おい、その鮮人、こっちへ来い」
そんな声を俺は背後に聞いた。たった今、俺にお辞儀をした刑事が、八つ当りの声で、
「トランクをあけろ」
船で釜山へ渡り、京城行きの汽車に乗った。車窓からの景色は、国外に初めて出た俺には何もかも物珍しく眺められた。わけても俺の目をひいたのは、内地で(日本を内地と言っていたのだ)見られないハゲ山の連続だった。木が一本もなく、あか土の地肌がむき出しになっている。朝鮮の山とはこういうものなのか、そう早呑みこみした俺は、このハゲ山が乱伐の結果なのだとは知らなかったのだ。
車窓のすぐそこに見られる低い丘も、草ひとつないあか土の露出で、それがなだらかなというより不気味な起伏を描いている下に、怪奇なキノコでも生えているような形で、朝鮮の百姓家がごたごたと並んでいる。白い乾いた道に、風が濛々と土ぼこりを吹き立てているなかを、よごれた下袴をはいた朝鮮の女が、痩せこけた半裸の子供をつれて歩いているのが見えた。俺はぐっと胸が迫った。死んだおふくろを思い出したせいもあるが、それだけではない。
人を殺しに行こうとしている俺が、こんなめめしい感傷に溺れていいのか。なっちゃねえぜ。そう思っても、俺の網膜に焼きついた子供の姿は消えなかった。あのガキもやがて大きくなると、このハゲ山の朝鮮では食えなくて、内地に流れてきて苦労するのか。
東京の街で、
「アメ、アメ、朝鮮アメ」
と頼りない日本語を言って、朝鮮人参を入れたアメで、子供相手の大道商売をやっている朝鮮人が眼に浮ぶ。手製のチャチな屋台みたいなものを肩から釣って、街を流しているが、あれでどれほどの稼ぎになるのだろう。
「玄米パンのほやほや……」
そんなことを言って、安いパンを売り歩いている朝鮮人もいた。
福井大将の暗殺計画のとき、俺はダイナマイトを手に入れるため、飯場にもぐりこんだことがあるが、土方になった朝鮮人はもっとみじめだった。
あの朝鮮人たちはみんなこういう田舎から出てきたのだろう。鮮人とさげすまれながら、異国で苦労するよりは、ほんとはこういう故郷で暮したいのだろうに……。
俺は尾垣大将などを狙撃するよりは、この不幸な朝鮮人たちの解放を考えたほうがいいのじゃないかと、そう思いつきそうだったが、そこまでは思い至らなかった。と言うより、ボルの奴らが植民地解放なんてほざくのに、むしろ反感を持っていた俺なのだ。そういう俺は、朝鮮をふくめた日本全体の革命ということを漠然と考えていたのだ。つまり朝鮮は日本の一部だとはじめからそうきめていた。
その俺も京城に行くと、朝鮮は日本の一部というより、やはり日本の植民地だと、ことごとにそう感じさせられる現象と事態を、いやでも眼にしたが、俺の心は、さてこの京城でどうしたら尾垣大将を狙撃できるかということでいっぱいだった。
俺は京城のいわゆる内地人町の、たしか明治町と言ったと思うが、その何丁目だかの、商人宿といった感じのお粗末な日本宿にはいった。これはあらかじめ北槻中尉から、ここがいいと聞いてきたコハタ(ハタゴ屋)である。中尉も京城の第二十師団司令部に赴任した同期の将校から、ここなら長期滞留になっても安くていいだろうと聞いたのである。
俺はさっそく総督府庁を見に行ったが、いやどうもその立派さには、慶尚北道あたりのお上りさん(みたいなのが俺のそばにいたが)と同じように俺も眼を丸めた。日本の権力を威圧的に示そうとしている立派さだ。もっともその威容は、周囲が宏壮なせいもあるが、ここは朝鮮王朝の昔の王宮のあったところだから宏壮なのは当然である。
景福宮という王宮で、王宮の正門を光化門という。光化門の奥に総督府のこの近代的などえらい庁舎をぶっ建てるとき、景福宮のその正門を東側に移した。うまいことを考えたもので、正面にでんと総督府をすえたために、昔の宮殿はすべてそのかげに隠れ、庁舎の裏手におかれた形になった。
総督府の前のひろい光化門通りを南へおりると、それと十文字に結ぶ鐘路通りに出る。その鐘路通りに並行して川が流れていて、この北側が朝鮮人町で、南側が内地人町である。
内地人町の背後に南山という山が見え、東京とちがって人家の屋根の向うに山があるのは京都を思わせる。南山の麓にもとは総督府があったのだそうで、総督官邸は今でもそこにある。これも――立派というだけでなく、俺の眼には要害堅固と映った。
暑い街を俺は汗をふきふき、ほっつき歩いた。知らぬ土地に放り出されたような俺は、そのこと自身にはさして心細さは感じなかったけれど、はるばるこんなところまで追って来たその目ざす相手が、内地とはちがってちょっとやそっとでは近づけない存在になっていることは、俺の心に動揺を与えないではおかなかった。
絶望に似たあせりが早くも俺をおそったが、それはしかし、ロシアのテロリストが続々と命を投げ出したあの帝政時代は多分これと同じような条件だったのだと俺に思わせた。おそらくもっと困難な苛酷な条件と彼らは闘ってきたのだ。あのゲルシュニを思え。そうだ、女でさえ単身、やってのけているのではないか。うら若い女の身で、警戒厳重な高官を狙撃したマリア・スピリドーノワを思え。マリアはそのとき二十一歳だったのだ。
あせらず、機会をつかもう。今夜はひとつ、英気を養おうと、俺は、
「カクは――遊郭はどこかね」
係りの女中に聞いてみた。波子という名のその若いドヤビリ(女中)は、黙って俺の顔をみつめた。にこりともしなければ、にやりともしない。俺のほうが第一、突っけんどんな声であり、顔だったせいかもしれぬ。
「朝鮮に来たんだから、朝鮮人の女郎屋がいいね」
にやにやしながら俺が言うと、
「そいじゃ新町へいらっしゃい」
「新町と言うと?」
鐘路のほうかと思ったら、それは日本人町の本町通りのはずれだった。
「いや、ありがとう」
俺はそっぽを向きながら言った。このとき、ニャーンという猫の声が、ひどく間近に聞えた。まるで波子がニャーンと言ったみたいで、思わず眼をやると、
「お客さん、猫が好きなんですか」
「ああ……」
俺は波子の顔を見て、
(ほう、こんな顔だったのか)
この宿についてから、これで三日間、波子が俺の係りの女中として何くれとなくまめまめしく世話を焼いてくれていたのだが、今までてんでその顔を見ていなかったことに気づいた。気がそぞろだったためか。眼をひくような顔ではなかったせいもあるが、俺はこのとき、初めて波子の顔をまともに見て、
(猫みたいに人なつっこい……そんな感じだな)
その波子が、
「お客さんは猫が好きなんですね」
「そうでもないが」
「いえ、好きなのよ。ほら、あんなに甘えて……」
「え?」
廊下にいつの間にか、ひどく大きな猫が姿を現わしていて、薄気味が悪いくらい大きな図体を、文字通り柄になく、柱にこすりつけて甘えていたが、そうと見たとき、同時に俺は隣りのトタン屋根の強い照りかえしを正面から眼に受けて、くらくらとなった。一瞬、部屋が真暗になって、波子の姿が消えた、波子に化けていた猫が、もとの猫に戻ったかのようだった。
「猫は知ってるんです。猫好きな人を……」
波子の声が眼をつぶった俺の耳に、まるで猫が言っているみたいに聞えた。
「ニャーン」
と猫が(波子が?)鳴いた。
「よし、よし」
眼をつぶったまま俺は言った。
「お客さんは、東京の人ですね」
波子の、と言うより人間の声が、遠くからの声のように聞えた。
「うん」
俺がうなずくと、
「ニャーン」
と波子が鳴いて、いや、そんなわけはないが、それにつづいて、
「また東京へ帰るんですか」
「うん」
「東京はいいところでしょうね」
「うん」
「あたしを連れてって貰えないかしら」
猫みたいななれなれしさで、
「帰るとき、一緒に……」
「なんだって」
俺が眼をひらくと、俺の前に波子がいて、そして猫は消えていた。
「あの猫、どこへ行ったろう」
「お客さんは、なんのご用で京城へ……?」
「気味が悪い猫だな。この家の猫かい」
「いいえ」
「のら猫か」
「京城に、あたし、姉に呼ばれて来たんだけど、いやだわ、朝鮮なんて――」
年は十九ぐらいか、しかしよく熟した、熟しすぎた果実のような――顔だけでなく身体全体がそんな感じで、肥っているわけでもないが、見た眼に暑苦しい。
「姉さんは――なにしてるの」
「料理屋で働いてんです。あたしはどうせ働くんなら、東京で働きたいんです」
「俺みたいな若僧でなく、ほかのお客さんに頼めよ」
「そうですか」
そんなら頼まないとあっさり言って、波子はしかし、ぷんと頬をふくらませた。それが妙に可愛い。と見たとき、波子が、
「お客さんのほうで何かあたしに頼むことない?」
「俺のほうから……?」
「頼みたいことない?」
「ないね」
「そんならいいんです」
その夜、俺は波子から聞いた新町裏小路の娼家街へ出かけて行った。すごくたくさんの娼家がひしめいていて、想像以上のその密集、大密集にも驚いたが、色街に似合わぬ殺伐な雰囲気にも驚いた。朝鮮人のせいではなく、日本人がわがもの顔に振舞っているのだ。
「その朝鮮人サバレ(つかまえろ)! サバレ!」
酔っ払った日本人がわめき立てている。
「ノアラ(放せ)! ノアラ!」
アイゴーと叫んでいるのは朝鮮人の若者である。女のことで何かいさかいでもしたのか。アイゴーという言葉しかそのときの俺には分らなかったが、何かと言うとすぐサバレとどなって朝鮮人を虐待する日本人の非道ぶりはぴんと来た。
朝鮮人の女を買いに来た日本人の俺は、すっかり気分をこわされた。立飲み屋で安酒でも一杯ひっかけようと、ニンニク臭い路地に足を入れて、ぎょっとした。
足もとに猫が死んでいる。しかも昼間見たあの猫が(――と初めはそう思った)無惨な死体となって俺の前に横たわっている。血がべっとりと毛をぬらしているのも気持が悪い。たった今、人間に撲殺でもされたのか、なまなましい血の色だが、すでにハエがたかっている。
(いやなもの、見ちゃった)
大きさといい毛の色といい、宿で見た猫とそっくりなのだが、あの猫がこんなところをうろついているはずはない。俺は自分にそう言いながら、そそくさとその場を離れて、
(でも、この俺だって、こんなところをうろついている)
昼間の猫ではないとも言い切れない。こわいもの見たさに似た眼を、ひょいと振りかえらせて、あっと俺は息をのんだ。
猫の死体は消えていた。影も形もない。
誰かが始末したのか。それとも死体と見たあの猫が、実はまだ生きていて、渾身の勇をふるって、みずからそこを立ち去ったのか。
俺は顔一面に汗を(油汗かもしれぬ)ふき出させていた。なんだかもう女なんか買う気がしなくなった。
(出直しだ)
宿に戻ると、東京からの電報が俺を待っていた。慷堂からの電報である。