研究の意義4
私はこの稿の最初に、母系制の研究がわが国に歓迎されない理由として、現行家族制との抵触をあげたが、女性の生活はこの制度から大いなる制約を現在受けており、この制度の支持者は、女性の隷属的地位を固定化、合理化するために、その家父長制をもって、原初からの固有のものであるときめてしまっている。「母系制の研究」もつまりこれを批判するものを内蔵するがゆえに忌避せられるのであるが、かれらが原初に家父制度を仮定している根拠には二つある。一はわが古代における父系系譜の存在、他は一夫多妻現象である。
しかし、古代の父系系譜は、いわば酋長相続の便宜から起こっているもので(これは詳説を要するが)、モルガンにおけるイロクォイ族の世襲酋長に接続する形態であり、したがってわが古代族長の権限は、ほとんどイロクォイの場合に似たものである。
また、わが一夫多妻の現象は、ローマ、中国等のように、一夫のもとに多妻およびその所生族が同居従属しているものではなく、一人の男子が各家の女性を妻問し、その妻や所生は各家に分散して所属しているもので、夫および父には依存しない。したがって父系はあり得ても、家父長の実体はあり得ない。
また、中国などの家父長制をみれば、その親族組織は親等的で、その内部に幾つかの夫婦と子の小家族を擁しているが、わが古代にあっては、祖子(オヤコ)、妹背(イモセ)、兄弟(エオト)等の類別的親族組織で、その内部に包含しているのは、親母(イロハ)、親兄(イロセ)、親姉(イロネ)、親弟(イロト)、親妹(イロモ)等の母子の小家族であって、この小家族が父を欠いていることは、親父(イロチ)という語がまったく古語中に見当たらないことでわかるのである。
つぎに、もう一つ例を加えよう。中国やローマの家父長制では、家族的祭祀を執行するものは男性であって、女性は与らないのである。しかるに、わが国では、氏の祭祀にも、氏の連合たる国の祭祀にも、すべて宗家の女性がこれに当たった。これは、伊勢や賀茂に歴代の皇女が斎宮であったのを見てもわかると思う。氏では、尾張氏の熱田社の祭司宮簀姫、物部氏の石上社の祭司伊香色謎なども数えられよう。くだっては「権記」長保二年の条に、藤原道長がその女彰子の立后宣旨を請う理由として、藤原氏の氏祭は氏后によって行なわれるのであるが、現在の氏后定子皇后は出家により司祭ができないから、道長が氏の長者として代わって司っているが、それは神旨にそむくことであろう。そこで女御彰子に后位の宣旨を請うて司祭を掌らしめたいといっているのがみえる。
この俗は、室町時代におよぶも遺存しており、近衛政家の「後法興院記」によれば、同家の霊祠には、代々の嫡女が「御霊所」または「奥御所」とよばれて奉仕している。民家でも同じであって、お袋という言葉があるが、これは母または本家の刀自をさすが、語義は祭司を意味する。
戦国時代頃から、民衆が自己防衛のために宮座―つまり、従来からあった村落共同体の氏子組織を強化したが、この頃になると、さすがに時代色を反映して、男性祭祀が前面に出てきたが、仔細にみると、なおどこかに遺存していることも多い。
こうしたわが女性祭祀の圧倒的な現象は、決していうところの家父長社会のものではあり得ないと思われる。
以上の二三の例からいっても、女性史研究の意義はひろくみとめられてよいものであり、ねがわくは同学者の輩出参加によって、新史学建設に寄与したいと思う。〈一九四六年〉
●図書カード