Chapter 1 of 9

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砂がき

竹久夢二

十字架

”神は彼を罰して

一人の女性の手に

わたし給へり”

ああ、

わが負へる

白き十字架。

わが負へる柔き十字架。

人も見よ。

わが負へる美しき十字架。

心飢ゆ

ひもじいと言つては人間の恥でせうか。

垣根に添うた 小徑をゆきかへる私は

決して惡漢のたぐひではありません

よその厨からもれる味噌汁の匂が戀しいのです。

故郷

いい年をしてホームシツクでもありますまい。

だが、泥棒でさへどうかすると故郷を見にゆきます。

生れた故郷が戀しいからではありません

人生があまりに寂しいからです。

つきくさ

おほかたのはなは

あさにひらけど

つきくさの

つゆをおくさへ

おもぶせに

よるひらくこそ

かなしけれ。

ひるはひるゆゑ

あでやかに

みちゆきびとも

ゑまひながめど

つきくさの

ほのかげに

あひよるものは

なくひとなるぞ

さびしけれ。

ある思ひ出

思ひ出を哀しきものにせしは誰ぞ

君がつれなき故ならず

たけのびそめし黒髮を

手には捲きつゝ言はざりし

戀の言葉のためならず

嫁ぎゆく日のかたみとて

忘れてゆきし春の夜の

このくすだまの簪を

哀しきものにしたばかり

夕餉時

夕方になつてひもじくなると

母親のことを思ひ出します。

母親はうまい夕餉を料つて

わたしを待つてくれました。

自畫自贊

ほんたうの心は互に見ぬやうに

言はせぬやうに眼をとぢて

いたはられつゝきはきたが

何か心が身にそはぬ。

昨日のまゝの娘なら

昨日のまゝですんだもの

何か心が身にそはぬ

男は女の貞操を疑つてゐるのである。ほんたうの事を知りたいけれど、聞くのを恐れてゐる。それでも何かのふしにとう/\言つて了つた。女はつと顏をあげて氷も燃えるやうな眼ざしをして、男を見つめた。やがて口の端に不自然な冷笑を浮べたかと思ふと「あなたは馬鹿ね!」と言つた。

「あなたの胸へ顏を埋めて泣きながら、ひどいわ/\ほんたうにそんなことなんかないんですもの。と言へばあなたはすつかりほんたうになさるでせう。けれどあたしがあつた事をすつかり話しちまつたらあなたはまあどうなさる。そして、それをほんたうにしないで、まだ外にもあるだらうつて、きつと聞くでせう。あたしはあなたにくど/\と責められるのがうるさいから、好い加減な事を言ふわ。それをあなたは聞きたいんですか?」男は世の中がくら/\つと覆つたやうに感じて、剥製の梟のやうなうつろな眼を女の方へ向けて、いふべき言葉を知らぬ人のやうに、長い間見つめてゐた。

ふたりをば

ひとつにしたとおもうたは

つひかなしみのときばかり。

二人の上にかなりの月日が流れた。處に馴れ生活に慣れ運命に慣れて、二人があり得ることを感謝する念がなくなつたから、二人はもう全く別々な生活の感覺を持つやうになつた。それでも人生の路上には運命の恐しさを感じて、一つ線の上で心が觸れ合ふ時がある。悲しみの涙の中に二人の心が漂ひながらいつか抱合ふ。

いつのゆふべの枕邊に

おきわすれたる心ぞも

けふのわが身によりそひて

さみしがらする心ぞも。

うか/\と戀のために戀をしてゐる時分の夢のかず/\は大方忘れてしまつたが、それでも淡い記憶の中に、純眞な心持で觸れあつたものだけは忘れられずにゐる。それで今の孤獨な靜寂な生活の折々に思ひ出されて却つて自分をさびしくするといふのだ。

わかきふたりは

なにもせず

なにもいはずに

ためいきばかり。

逢つたらあれも聞きたい、これも言はう、と胸一杯に「つもる思ひ」を持つてゆくのに、さて逢つて顏を見ると、もうなにもかにも心が充ちたりて、何も言ふことがないやうな氣がして、手のおきどころに困りながらだまつてゐるといふのである。

流れの岸の夕暮に

愁うる人は山をゆき

思はれの子は川竹の

流れのきしのゆふぐれに

ものおもはねば美しき

水郷と言へばすぐ潮來を連想するほど、潮來は水郷として有名ではあるが、あやめが咲いて十二橋の袂に水樓のあつた昔はしらず、私が見た十七八年前の潮來でさへ、小唄に見るやうな趣はどこにもない、ぎらぎらと太陽の照りつける新開地のやうな田舍町だつた。今はどうであらう。しかし私の場合、景色が好いと言ひわるいと言ふのはいつも主觀的で、あてにはならないが、少年の時より青年の時よりも、だんだん自然を身にしみて感じるやうに、近年はなつたと思ふ。

その後、潮來は知らないが、霞ケ浦を、土浦、白濱、牛堀、佐原、銚子と昔の讀本の挿繪のテイムス河の景色にあるやうな汽船に乘つて、ざわざわと蘆荻の中を風をたてて走つてゆく船の夜明方の心持は凉しく思ひ出せる。

これもはや十數年前のことだが、銚子の川口から大利根を一マイルばかり溯つたところに松岸といふ遊び場所があつた。昔、伊達家の米船が着いたと言はれてゐる所だけに、流れの岸にたつ水樓のただずまひは、さすがに昔の全盛をしのばせるものがあつた。今はどうなつたか。それから、松岸から銚子へゆく川添の道もおもしろかつた。兩側に立並んだ蠣殼と小石とを屋根に乘せた軒の低い家と、家の間からちらちらと光る水を見たことを思ひ出す。多分車に乘つてこの道を通つたのだらう。屋根の上に見える白帆と青い蘆荻の色はまだ忘れない。

自分がやつてゐる仕事のせゐか、色や形はよく憶えてゐるが、ものの名はすぐ忘れてしまふ。これは地名を忘れたが、琵琶湖から瀬多をぬけて宇治川の川上の水門のある所は、石山とともに螢の名所だつた。ある夏、瀬多から小舟を出して石山寺石門の下を過ぎてそこの村の、色のさめた蚊帳を釣つてくれた宿屋で、鯉のあらひと鯰の汁物のうまかつたことを思ひ出す。あの邊も、瀬多を中心にして、水と岸との趣が、霞ケ浦の茫漠さはないが、もさやくしのて好かつたとおもふ。ことに瀬多の唐橋の袂にあつた柳の古木は、どこか寫生帖に描いてあるはずだ。ちよつといま見あたらないが、柿色の日傘をさして古風な越後上布をきた田舍娘がほこりにまみれた白足袋をはいて音をたてて橋を渡つていつた姿をおぼえてゐる。あの邊から膳所はすぐ近所だつたかしら、さうだ大津から膳所瀬多と湖上汽船でいつたやうにおもふ。湖を越えて見る比叡比良から丹波境の連山の美しさは、山脇信徳君の油繪のやうに美しい。近く伊賀美濃の國境の白い山ひだも美しかつた。

東海道線の急行列車に乘つて上方へゆく時、彦根あたりを通る頃が、恰度朝餉の時間だつたかして、私はよく食堂から三上山と彦根の城とを見る。彦根を過ぎてしばらく、多分、瀬多の少し手前だつたとおもふ。そこにいつもきつと私の注意をひく景色が一つある。

こゝまで書いて思ひついて探して見たら手帖の中に、たしかそれは食堂車の窓から心覺えに寫しておいたらしいスケツチを見出したからここへ寫して見よう。繪にそへてかう書いてある。

「彦根から手前へ小さいトンネル、僅か一列車ほどのトンネルをぬけてすぐ湖の岸のけしき、いつも通るたびに心を引かれる景色」とある。

その時のつもりは、いつかここへ寫生に來たいとおもつて仔しく書きとめておいたものと見える。いつも汽車の窓から見るだけでまだ一度もそこへ降りたことはないが、なんしろ心をひかれる景色だ。小杉未醒君が描いたらきつとうまいものが出來るだらうと思はれるやうな風景だ。

スケツチを見てゐたら、すこしセンチメンタルになつてきた。冒頭に書いた小唄は、しかし、このセンチメンタルに關係はないのです。

春いくとせ

いつか忘れてゐた言葉

あなたが拾つてもつてゐた

いくねんまへの

春だつた

「青麥の青きをわけて、逢ひにくる。だつたかしら、そんな歌もおぼえてゐますわ」

「女つていふものは、變なことをよくおぼえてゐるものですねえ」

「月日だつてちやんとおぼえてゐましてよ」

「さうかなあ。そのくせナポレオンがセントヘレナへ流された日なんか忘れてゐるでせう」

「なんでも櫻の花がまるで雪のやうに青麥の間へたまつてゐました。ネルのキモノの袖口からくすぐつたい南風が吹いてくる日でしたわ」

「そんなにいろんな過去をおぼえてゐたら生きてゐることがずゐぶん負擔になりやしませんか」

「いやなことより好いことの方をよけいにおぼえてゐますもの」

「そんなものですかねえ」

カリンの花

五月雨の降りつづく頃になると、森羅萬象が緑色に見えることがある。私の記憶の風景もちやうどそんな風でした。カリンの木下闇は緑が降るやうにこめて、梢がくれに見える太陽も緑色であつた。ただカリンの花だけが、ほんのり紅を含んで咲いてゐました。

それは何處であつたか、何日であつたか、そして茂みのおくの中二階のやうな窓から顏を出した人が誰であつたか、私は覺えない。男だつたか女だつたか、眉を青く剃落した人だつた。男なら旅藝人の女形であつたらう。七つの時、四國遍路に出た時の記憶ではなかつたかとおもふ。

たそがれなりき かなしさを

そでにおさへてたちよれば

カリンの花のほろほろと

髮にこぼれて にほひけり。

たそがれなりき 路をきく

まだうらわかき 旅人の

眉のほくろの なつかしく

後姿の泣かれけり。

ネルのキモノの肌ざはり

「ネルのキモノの肌ざはり」といふ主題で、エキゾチツクな草畫をどれかの著書へ描いたのは、もう二十年も前になるやうだ。その後宮崎與平が「ネルのキモノ」といふ繪を描いて、太平洋の展覽會か何かに出した。ネルのキモノはよく描けてゐたが、ネルを着た女の情感も肉感も出てゐないのを惜しいと、作者へ手紙を書いたのを思ひ出す。

その頃は、肌ざはりの好い地質と、好もしい線と美しい影をつくるのに好い、本物のフランネルがあつた。今時のはいやにばさばさしてとても素肌に着られる代物ではない。絹裏の素袷の、甞めつくやうな柔かさも好ましいが、善い毛織物の持つ、動物質のすこし櫟り氣味の肌ざはりは、ちよつとした運動を伴ふ場合殊に好いものだ。絹物を着て汗をかいたのは好い氣持ではない。

なにしろ肌のものをぬいで、素肌に着物をきる頃の――晩春初夏は若者の恵まれる季節だ。若者ならずとも、健康な肉體を感謝して好い季節だ。

青麥の青きをわけてはるばると

逢ひにくる子とおもへば哀し

舊作だが、こんな歌を書きつけても、さしていやみにならぬほど私も充分年とつたものだとおもふ。さてまた昔語りだが、これも十年も前のことだつたらう。

横濱へいつて、淡青い地に灰色の線のあるフランネルを買つてきた。帶は臙脂にガランスとシトロンの亂菊模樣のついたのを締めさせて、曇日の合歡の葉影にほのかな淡紅の花をおいた背景で描いた。そのモデルの娘をお光と呼んだと思ふが、その繪が出來上つてからか、今少しといふ所であつたか、お光は良縁があつて結婚するために、急に私の畫室からいつてしまつた。その時から五年ほど經つて、神戸で個人展覽會をやつた時、會場であつた青年會館の下の白い道を歩いてゐると、五月のはじめで、パラソルを深くさして歩いてくる女のキモノが遠目にもすぐに「あれだな」と思はせた。しかし「あれ」といふのが「どれ」だかはつきりしたのではない。といふのは、あのネルのキモノを彼女が暇をとつた時に呉れてやつたのを、私は忘れてゐたが、自分で選んだ品物だつたからすぐに好尚の感覺がただ「あれだ」とおもはせたらしいのだ。

近づいた女がパラソルをさげてお辭儀をした。私はまだ思ひ出せない。

「…………」

「お光です」

「ああさうだつたね」

で、やつとそのネルとお光とのつながりがとれてきた。帶もそのままあれだつた。

何故あれを着てゐるのだらう。ただ、今が季節だからだらうか。あなたの記念ですから、などといふ心持でないことは心安いが、こんな着古しをきてゐる彼女は、いまあまり豐かに暮してゐないのだらうか。私は「それ」を見ないやうにして話した。

「あれからどうしたの」

「ま、ゆつくりお話しますわ。今朝、先生の展覽會のあることを主人からきいて、いま飛んできた所ですの。今晩主人とお宿へでも伺はせて頂きたいと思ひますの、およろしいでせうか」

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