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鳥羽家の子供
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鳥羽家の子供
田畑修一郎
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译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 2 of 5

2

湯灌の時、手伝の人々が病気が病気だからと尻ごみしてゐる風があるのを見ると、蒔は自分から先に立つて

「こんな風におなんなすつて、可哀想に可哀想に」と一心に独り言を言ひながら、痩せ細つた死者を抱き上げた。親戚の中には傍に立つたまゝ、それを見て「出過ぎたことをする」といふ顔をした者もあつたが、蒔はそれも眼には入らないもののやうに、残りなく拭き潔めたのであつた。実際卯女子にしても、自分の手に触れるこの死体が吾が母であるのかと思へば、ただただ涙が出るばかりであつて、結局は手をつかねて涙を押へるのが漸くである有様だから、このやうにしてくれる幾の老母に対しては、何とも云へない感謝の念が湧いたのである。

後になつて誰かが

「あの年寄りは確つかり者だから」と言つたが、卯女子にはその意味が解るやうで解らなかつた。

それから又、鳥羽側の親戚が、たゞの家婦でならと云ふ条件で漸く承諾したことなど、幾が知り抜いてゐるのに甘んじて来るのは、それで自分の肩身を広くしようと云ふ腹があつてのことだと、見透したやうな物の言ひ方をする者があつた。

卯女子はさう云ふ風な物の見方を知らなかつた。小柄な幾の肩姿が眼に浮び気の毒な感じがしたが、又何かと自分などには解らない底知れぬことが身のまはりにあるやうな思がした。しかし、姉の民子でさへやはりそれに似たことを言つてゐた。気のせゐか、近所の人との出会ひ頭の挨拶などにも、さうとればとれなくもない言ひまはし方があると思はれた。そのことが卯女子の中に一種の翳を落し、忘れてゐるとふいに頭を横切つて来るのだつた。

もつとも、幾はいつも身をへり下つてゐるのであつて、子供達から「小母さん」と呼ばれても不足らしい顔は見せなかつた。大体卯女子は弟達の世話を、幾は台所の方を、と云ふ風に仕事の分け方がいつとはなしに出来てゐたのであるが、時々鳥羽が勤め先から帰つて来て小言を云ふことがある場合に、落度が卯女子にあるとも、幾にあるとも解らないことがあつた。すると、幾はきまつて自分の落度にしてしまふのである。そして又、鳥羽はそれが明らかに卯女子の落度であると解つてゐるやうな場合でも、幾に向つて叱りつけるのだつた。

卯女子は幾が父に詫びてゐる背後で顔を赭らめることもあつたし、又父の仕方をありがたいと思ふのでもあつたが、さう云ふ事も重なると、父の態度も外々しいと思ふことがあるのだつた。しかし、これが反対に自分が叱られてばかりゐたら、又これは腹の立つことだらう、と多少は考へてもみるが、やはり実際にないことには頭が向かないのである。

料理屋の方は他人に貸してしまつて、蒔は鳥羽家からさう遠くない場所に家を借り、そこに一人住ひをしてゐたのであるが、よく裏庭から顔を出した。彼女が来ると、老寄りらしく同じことをいつまでもくどくど繰りかへし話すと云ふので、幾は迷惑がるのであつた。卯女子の前で、二人はそのことで言ひ合ひをしたこともある。幾もその母に向つては腹を立ててみせたりするのである。しかし、二人が心から言ひ合ひをするのでないとは、卯女子にも見てとれた。

蒔は幾にたしなめられても構はずに卯女子を捕へて、自分がどんなに鳥羽の恩をうけてゐるか又そのためには今までの商売もやめる気になつたのだなどと、いよいよその決心になつたまでの自分と幾との話の模様まで細かく話して聞かせるのだつた。

卯女子は始めの中こそ気恥しくもあり、当惑しながら聞いてゐたが、今ではその話しにも慣れたやうに、やはり下手に出る相手の仕方にも慣れたのであらうか。それとも、今は記憶も薄らぎはじめた母親が、実は頭の底深く沈んでゐて、その生前見聞きしてゐた幾への反感が形を変へて今頃出て来たのであらうか。卯女子は幾の動作の気に入らない部分が眼につくと、露骨に眉をしかめるやうになつたし、又それがあたり前のことになつて来た。

弟達については、もともと母の生前から卯女子が面倒を見てゐたのだから、幾が来ても、別にその点変りはないのだが、それでも弟達の寝床をのべてやつたり、末の軍治を寝かしつけてやつたりする卯女子の様子には、以前とはちがつた何かが加はつてゐるのだつた。言つてみれば、これだけは誰にも指一本だつて触れさせないと云ふ感じがあつた。それが今では卯女子の様子に底意地の悪い感じを加へて来たが、当の卯女子にしても、幾にしてもそれを普通のことにしてゐるのであつた。

しかし、幼くてそれだけに敏感な弟達には、眼に触れる姉と幾との感じが頭の中に特別な形を植ゑつけるのである。もう中学校へ上るやうになつた長男の竜一はとにかく、次の昌平と軍治は、姉や父の口真似をして幾を叱りつけることもあつた。

覚悟はしてゐた積りだつたが、幾も子供達から「小母さん」と呼ばれたときには、流石にあまりいゝ気持はしなかつたのである。誰がさう呼ぶやうに教へこんだのか、幾は考えてみようともしなかつたし、又、それも仕方はないことなのだつた。底を割れば鳥羽から離れ難いからではあつたが、いろいろと親身になつて面倒を見てくれた鳥羽に対し、また鳥羽の妻に対し何故かさうしなければならぬ義理と云ふやうなものを感じてゐたのである。それには商売はやつてゐても親子二人ぎりで、別にこれと云ふ縁辺もない心細さは沁々と身にこたへてゐたのだから、いつそのこと鳥羽に頼り切れば又先々の路は開けるだらうと云ふ気持もあつた。

しかし、幼い軍治に対してさへ頭の上らないところが重なると、自分ながらどうしてこんな気になつたのだらう、と思ふことがあつた。たゞ、幾の心を和げてくれるのは鳥羽だけであつて、彼は折に触れ

「お前には済まんな」と短く言ふのだつた。それも時々であつて、鳥羽は相変らず家の中のことは見て見ないふりをしてゐるのだつたが、ある時ふいに卯女子を叱りつけたことがある。

事柄は些細なことであつたが、鳥羽の怒りやうといふものは実際思ひがけないほどで、幾は始め何事かと思つた位であつた。聞えて来るのはやはり幾にも関係のあることなので、とりなすことも出来ずはらはらしてゐた。すると、卯女子は顔を押へながら父の部屋を出ると、その儘台所の方へ走つて行き、物音にぽかんとした軍治が、玩具を手にしたまゝ突立つてゐるのをやがて出て来た父がその頭を撫でたが、軍治はやはり驚いたやうに幾を見てゐて、これも亦いきなり泣き出すと幾にすがりついて来た。鳥羽は苦笑してその場を立ち去つたが、幾はその時位自分の身の置き場のない思をしたことはなかつた。それ以来幾はかうしてこの家にゐる以上、自分の苦労などは決して表面に見せてはいけないものだと考へを決めたのである。

だが蒔は別居してゐるだけに何かと気にかゝるらしく、時々顔を見せるのも幾の様子を見に来るのであつた。前とちがつて幾の指の荒れて来たことや、身仕舞なども構つてゐられないところなどは、どうしても眼につくらしかつた。幾はそれを隠すやうにしてゐるのだが、時には母にだけ見て貰ひたいと思ふこともあるのである。しかし蒔がぢくりぢくりそれに触れて来ると、幾は又腹が立つた。

その蒔がある日悪い時に顔を出した。

幾が軍治に殴られてゐた。何を怒つてゐるのだか解らなかつたが、脾弱で癇癖の強い軍治は地団駄を踏みながら、何ごとか喚めいて幾の肩を小さい手で打つてゐた。幾は台所の板間に片手を突き、押しこらへるやうに肩を軍治のするまゝに任せてゐた。それを見ると今までのことが一ぺんに頭に来たのか、蒔はさつと顔色を変へて、物をも言はずに近よると、いきなり幾の腕を捕へて引き立てようとした。幾はその権幕に押されて、たゞ理由なく引き起されまいと身を圧しちゞめてゐたのであるが、蒔はどこからこんなに力が出るのかと思はれるほどぐいぐい曳いて来た。見れば口も利けないほど興奮してゐるらしく、唇をたゞ無暗に動かせるだけで眼を据ゑてゐるのがすつかり普段の蒔ではなかつたので、幾はますます尻ごみしてゐると、それまで吃驚したやうに立ち辣んでゐた軍治が突然大声をあげて走つて逃げた。向うの子供部屋のあたりで激しく泣いている軍治をなだめてゐるのは卯女子らしく、他の児達の声も混つてゐたがやがてそれも止まり、急にひつそりとなつてしまつた。その切つて落したやうな空々しい沈黙の中で、幾と蒔の二人はやはり言葉もなく揉み合つてゐたのであるが、やがて二人とも疲びれ、静かになり、幾はそのまゝ板の間わきの土間へぺつたり坐りこんでしまふと、今はたゞ突張つただけの両腕の間に顔をすり落して、低い子供のやうな啜り泣きを始めた。

依然として父からは「可憐児」として扱はれ、母親代りに手塩にかけて来た卯女子からは特別な愛情を注がれてゐたので、軍治は本能だけが鋭敏な子供らしい増長をしてゐたのだつた。言つてみれば、幾は自分のために何でもしてくれるのだし、また自分がどう仕向けても構はない、と云ふ考へ方が自然と軍治の中に出来上つてゐた。しかし乍ら、母親の記憶と云ふものを全然持ち合はせてゐないために人懐いところもあつたので、一面には他のどの兄よりも幾に親しんでゐたのも亦事実である。

この点は幾にしても同じなのであつて、今では軍治に対して自分でも不思議なほど情愛を持つてゐるのだつた。自分の子と云ふものを持つたことはないのだから、これが母親の気持だと頷くことは出来なかつたし、又、卯女子が居て自分がさう云ふ立場になれるわけもなかつたが、軍治に甘えられると云ふことで理由のない喜ばしさを感じるほどにはなつてゐた。

それやこれや、彼女が今まで想像さへしてゐなかつた気持を少しづつ経験しはじめたのは正しく云へば卯女子が他家へ嫁ぐ前後からのことである。第一、当の卯女子にしてからが、さう云ふ話になると父に向つては直接頼み難い事があると見えて、自然幾が代りに口も利けば間にも立つと云ふ風で、幾と卯女子との仲はいつとはなしに柔かなものになつて行つた。支度や何かで卯女子が忙しくなると、軍治の世話も大抵は幾が見ると云ふ工合になつた。今の中に癖をつけて置かなければと云ふので、軍治は幾に抱かれて寝るやうになつた。そしてこの寂しがり屋の児は幾の乳を探つたりするのであつた。

卯女子の嫁いだ所は町から河沿ひの路を山の懐深く溯つた村であつて、父、卯女子、幾と云ふ順序で俥がゆるゆると列を作つたのであるが、軍治は父の膝から今度は幾の方へと気紛れに乗り移つて、姉の俥に乗るとは言はなかつた。向うの家へ落ちついても軍治は厚化粧をした卯女子をずつと遠くからでも眺めてゐるかのやうに間を置いて見てゐるだけで傍へは近寄らなかつた。披露の席で軍治は急に姉の傍へ坐ると言ひ出したのであるが、それでも幾が軽くたしなめると温和しくその膝に来たのだつた。

鳥羽は地方銀行の町の支店の支配人だつたので、午の弁当を銀行へ持つて行くのが軍治の役目であつた。これが軍治にとつては一番楽しみなのである。銀行にゐる時の父は軍治が行くと一寸頷いて見せるきりで別に相手になつてくれるわけではなかつたが、欲しいと思ふ物があつても幾が承知してくれないとなると、軍治はきまつた様に銀行で父にせがんだのである。さう云ふ軍治を鳥羽は決して叱つたことがなかつた。言へば、黙つて封筒に少しの金を入れて呉れるのである。軍治は欲しい物を買ひ、家へ帰つて、それ見ろ買つて貰へたではないか、と云ふ風に幾に示すのであつた。

鳥羽は浅黒い顔に心持薄い唇をいつも引きしめて大抵の場合渋い苦り切つた表情をしてゐたが、それを恐れなかつたのは軍治だけであつて、他人には随分厳格に見えるのだつた。実際、用談の場合などには、相手の腹を何から何まで見透してゐると思はれる風な鋭い、迫つた口の利き方をしてゐた。かう云ふ点では随分多くの敵を作つてゐたのであるが、一面には親しくなると気が弱く、位置に似合ず信用貸に類したものが沢山あつて、没落して始めてそれらのものが形をなして現はれて来たのである。

最初、銀行の金で定期に手を出したのが基で、それがうまく行かず、損が次第に大きくなると、それからは自分で自分の穴を掘つて行く有様だつた。

当然来るべき筈のものが来た。検査役の手で一切が明るみに出てしまつたのである。行金費消は数人によつて行はれたのであるが、支払能力のあるのは鳥羽だけであつて、責任と云ふ点もあり、鳥羽は私財の全部を提供することになつたがそれでも全額を償ふには足りなかつた。明るみに出たとは云へ、やはり銀行の内部だけの話しで、友人の心配もあり、示談と云ふことで済みさうになつた。

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