Chapter 1 of 5
一
花の咲きはじめるのを待つのも好いものだが、青葉になつてから、静かに上野の山あたりを歩くのもわるくない。桜の開落は少しあつけないが、その頃になると、椿だの、木瓜だの、山吹だの、躑躅だの、段々に咲いて行くので、二十四番の春を一つ一つ楽しんで行くことが出来るやうな気がした。
『春雨にやつれしさまを見せじとや晴るればやがて花のちるらん』これは松波遊山翁の歌だが、花の盛にはいつでもそれを思ひ出す。やや感傷癖に過ぎるやうではあるが、咲きそろつた花に雨がしめやかに降つたりすると、さういふ気がする。それに、四月の末頃には時ならぬ凄じい雷雨がよくあるのである。『夜もすがら寝られざりけりこの雨に今年の花も散るかと思へば』私はある時さういふ歌を詠んだ。