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とけない問題
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とけない問題
チェスタートンギルバート・キース
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译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 3 of 4

3

「殺人者は、男女いずれにしても、何か不可解な理由があつて、この老人がしめられたためか刺されたためか、あるいは両方のために死んだのだと、われわれに思わせようとしたのです。この男はしめ殺されたのでもなく刺し殺されたのでもなく、そんな目に会つたのではありません。なぜそんなことを暗示したかつたのでしようか? 一番合理的な説明は、老人が何か特別な死に方をしたためにだれか特別の人と関係があるように思われては困るからという理由です。かりに、たとえば、毒殺されたものとしたらどうでしよう。かりにその場合ほかのだれよりも当然犯人らしく思われるような者が関係しているとしたらどうでしよう」

「けつきよく、あの青眼鏡のお友達はお医者さんですからな」ブラウン神父はやわらかに言つた。

「わたしはかなり注意してこの丸薬を検査するつもりです」とフランボウは話を進めた。「だが、こいつはなくしたくありませんね。水にとけそうなかつこうですよ」

「それを化学的にしらべるにはいくらかひまがかかるかもしれん。そして警察医がその前にここへ来るかもしれん。だからわしははつきり忠告しておきますが、それをなくさないようにすることじや。つまりもしあんたが警察医を待つつもりだとすればな」

「わたしはこの問題をとくまでここにいるつもりです」

「ではあんたは永久にここにいることになりましよう」ブラウン神父は、静かに窓外を見ながら、言つた。「ともかく、わしはこの部屋にいる気はありませんわい」

「あなたはわたしにはこの問題がとけないとおつしやるつもりですか? なぜわたしにはこの問題がとけないんでしよう?」

「なぜかというとそれは水にとけないからじや。いや、血にだつてとけやしません」と坊さんは言つた。そして暗い階段を降りて、暗くなつた庭へ出て行つた。そこで坊さんはいま窓から見ていたものを改めて見なおした。

雷の来そうな空の熱と重苦しさと暗さがあたりの風景にいつそう近くせまつてきているらしかつた……むらがる雲が、しだいにせばまつてくる頭上の空間に月よりも青ざめてうかんでいた、太陽をすつかり征服してしまつた。空中には遠雷がとどろいていたが、いまはもうソヨとの風も吹いていなかつた。庭のとりどりの色までがひとしお濃い暗黒の影のようにしか見えなかつた。しかしたつた一つの色がなんとなく陰気なあざやかさでまだ輝いていた……それはこの家の女の赤毛であつた……女は両手を自分の髪の中に突つこんで、目をみはつたまま、硬直したように立つていた。この日食さながらのシーンと、ブラウン自身その意味について深く疑つていた或るものとを思い合わせると、いままで胸につきまとつていた神秘的な詩句の記憶が表面にうかんできた。そしていつの間にかブラウンはひとりつぶやいていた――「秘密の地……欠けて行く月下の地さながらに野蛮な魔法の地につきまとうは、悪魔のような愛人のために泣く女」(コールリジの詩「クブラ・カン」の一節)つぶやく声がいつそう混乱してきた。「聖母マリアさま、われら罪人のために祈りたまえ……こりやあれとそつくりじや……恐ろしいほどそつくりじや――悪魔のような愛人のために泣く女」

ブラウンは、女に近づきながら、ためらいがちで、ほとんどふるえていた。しかしふだんのとおりおちついて話した。絶えずジッと女を見つめながら、熱心に話した……あんたはいくら気違いめいたみにくいことだからといつて、悲劇の単なる偶然の附属物のために病的な気持になつてはいけない、と言いきかせた。「お祖父さまの部屋にある画は、わしらが見たあのみにくい画面以上に、あの方にとつては真実なのでした」とブラウンは厳粛に言つた。「なんだかわしは、あの方がいい人だつたような気がします。人殺し共があの方の死体をあんなにしたからといつて、それはどうでもいいことですわい」

「マア、あたしはお祖父さんの聖像や聖画にはムカムカしてるんです!」女は頭をそむけて言つた。「もしあれがあなたのおつしやるようなものでしたら、なぜ自分の身を守らないのですか? だつて暴徒が祝福された聖母の頭を叩き落しても、別に何事も起りやしないじやありませんか。ああ、何の役に立つものですか? あたしたちが人間は神さまより強いことに気がついても、あなたはあたしたちを責めるわけにはいきませんわ……責める勇気もないでしよう」

「まつたく、神さまのわしらに対する辛抱強さまで利用して、神さまに刃向かう武器にしようとするのは、高潔ではありませんぞ」ブラウン神父はごくおだやかに言つた。

「神さまは辛抱強いし、人間は性急なのかもしれませんわ……それにもしあたしたちが性急のほうがいいと思うようになつたら、どうでしよう。あなたはそれを冒涜だとおつしやるでしようけれど、やめさせるわけにはいきませんわ」

ブラウン神父は妙にギクリとした。「冒涜!」と言つた……それから急に決心したらしく改めてキビキビしたようすで戸口へ引き返した。同時にフランボウが戸口に現われた……手に一束の紙をつかんで、興奮して蒼白になつていた。ブラウン神父はもう口をひらきかけたが、せつかちな友人はそれより先きに話していた。

「やつと手がかりを突きとめましたよ!」とフランボウは叫んだ。「この丸薬は同じに見えますが、実は別物です。そしてどうでしよう、わたしがこいつを見つけ出したとたんに、あの片目の園丁の野郎が部屋の中に血の気のひいた顔を突き出しました……それに大型ピストルを持つていました。わたしはそいつを手から叩き落して、奴を階段から投げとばしてやりました。だがわたしは万事わかりかけています。もう一二時間ここにいれば、わたしの仕事が完成します」

「それでは完成しませんわい」坊さんは、この人としてはほんとに珍らしいほどリンとした声で、言つた。「わしらはここにもう一時間といられません。もう一分といられません。すぐここを出なければならんのじや!」

「何ですつて!」フランボウはきもをつぶして叫んだ。「まさにわれわれが真相に近づきつつあるというのに! だつてたしかに奴らはわれわれを恐れているから、われわれは真相に近づきつつあるんですよ」

ブラウン神父は石のような不可解な表情でフランボウを見た――「奴らは、わしらがここにいるあいだは恐れやしません。わしらがここにいなくなつたら、初めてわしらを恐れるでしよう」

二人とも、フラッド博士のかなりソワソワした姿が不気味なもやの中をうろついているのに、気がついた。するとその姿が世にも荒つぽい身振りで前方に飛び出してきた。

「ストップ! 聞いてください!」医者は取り乱したように叫んだ。「わたしは真相を発見したんです」

「ではそれを警官に説明なさるがいい」とブラウン神父は手短かに言つた。「まもなく警察が来るはずです。したがわしらは行かねばなりません」

医者は感情の渦のなかに巻きこまれたようであつたが、やつともう一度その渦から浮きあがると、絶望的な叫び声をあげた。彼は両腕を十字架のようにひろげて、道をさえぎつた。

「それならいい!」と彼は叫んだ。「わたしはもう真相を発見したなどと言つてあなた方をあざむくつもりはない。ただ真相を告白するだけです」

「では、ご自分の坊さんに告白なさるがよろしい」とブラウン神父は言うと、目をみはつているフランボウをあとにしたがえて、サッサと庭の門のほうへ歩いて行つた。門まで来ないうちに、別の人影が風のように前を横切つて突進してきた……そして園丁のダンが大声で叫びかけた……職務を捨てて逃げ出そうとしている二人の探偵をあざける、わけのわからない文句だつた。その時坊さんはヒョイと身をかがめて棍棒のようにふりまわしてきた大型ピストルの一撃をうまくかわした。しかしダンは、ヘラクレスの棍棒のような、フランボウの拳骨の一撃をうまくかわせなかつた……。二人は、細道にペタンと倒れているダン君をあとに残したまま、門を通り抜けて外に出ると、黙つて車に乗りこんだ。フランボウは一つ短い質問をしただけだつたし、ブラウン神父は「キャスターベリ」と答えただけであつた。やつと長い沈黙のあとでブラウン神父が言つた――「わしは嵐はあの庭のことだけだとあぶなく信じるところでしたが、やつと魂の嵐から逃げ出してきましたわい」

「ねえ、わたしはあなたとはずいぶん長いあいだの知り合いです」とフランボウ。「そしてあなたがこれでたしかだというたしかな証拠を見せてくださると、わたしはあなたの指揮のままについて行きます。ですがまさかあなたは、あすこの雰囲気が気にいらないからというので、わたしをあの魅力的な仕事から連れ出したわけじやないでしようね」

「なるほど、あれはたしかに恐ろしい雰囲気でしたわい」ブラウン神父は静かに答えた。「すさまじいし、猛烈で、うつとうしい。したがあすこで一番すさまじいのはこれじや――あすこには憎悪などまるきりなかつたことですわい」

「だれか祖父さんを多少きらつている者があつたようですよ」

「だれひとりだれのこともきらつていなかつたのじや」ブラウン神父はうめくように言つた。「それがあの暗黒の中でのすさまじいことでした。あれは愛情でした」

「愛情を表現するにしては妙なやり方ですね――首をしめた上に剣で突き刺すなんて」とフランボウは批評した。

「あれは愛情でした」と坊さんはくりかえした。「そしてそれが家中を恐怖でいつぱいにしたのじや」

「まさかあの美人が眼鏡をかけた蜘蛛男と愛し合つているわけじやないでしようね」とフランボウが抗議した。

「いやいや」とブラウン神父は言つて、またうめいた。「あの女は夫と愛し合つているのじや。それがいまわしいのです」

「夫と愛し合つているのなら、あなたがいつもほめていることじやありませんか。それを無法な愛情だとは言えますまい」

「その意味では無法じやない」とブラウン神父は答えた。それからひじを突いて急に向きなおると、改めて熱心に話し出した――「あんたはわしが知らないと思うのかね……男女の愛情は神さまの第一の命令で、永久に輝かしいものじやないかな? あんたは、わしら坊主が愛と結婚を賞賛しないと思つている、あのアホウの仲間かな? わしはエデンの園やカナの酒について教えてもらう必要があるのかな? 男女の愛情は、神さまから離れるときでさえ、あれほど恐ろしい精力で暴れまわる……それは愛の力が神さまの力だつたからですわい。エデンの園がジャングル――だがそれでもやはり輝かしいジャングル――になるとき……二度目にかもしたカナの酒(ヨハネ伝第二章にある婚姻の席で現わしたイエスの奇蹟)がカルバリの酢に変るときでもじや。あんたはわしがそんなことを知らんと思うのかな?」

「もちろんあなたはご存じです。でもわたしはまだこの殺人問題についてはあまりよくわからないんです」

「この殺人はとけませんのじや」

「なぜとけないのですか?」とフランボウは詰問した。

「なぜかといつて、とくような殺人がないからじや」

フランボウはまつたくびつくりして口をつぐんだ。そして静かな調子でまた話し出したのは、ブラウン神父であつた。

「わしは一つ妙なことを申しあげよう。わしはあの婦人が悲しんで興奮している最中に話をしました。したがあの婦人は殺人については一言も言いませんでした。殺人という言葉も出さなかつたし、殺人にふれさえしなかつた。あの婦人がくりかえして言つた言葉は、冒涜でした」

それから、また連絡のない言葉を投げ出すように、ブラウンはつけくわえた――「あんたはタイガー・チローンのことを聞いているかな?」

「聞いているかつて!」とフランボウは叫んだ。「へええ、それこそ聖物箱をねらつてると思われる当人で、わたしが頼まれたのは特にそいつの裏をかくためでした。奴は、いままでこの国へやつてきたギャングの中で、一番猛烈で無鉄砲な男です……もちろんアイルランド人ですが、まるで気違いみたいに坊さんの権威に反対する連中です。たぶん秘密団体のつまらない悪魔主義にかぶれているのでしよう。ともかく奴は、実際以上に腹黒く見えるあらゆる種類の乱暴なトリックを使う不気味な趣味を持つています。その他の点ではそれほど腹黒い奴ではありません……ほとんど人を殺さないし、それも残酷なことは絶対にしません。しかし奴は何でも人をびつくりさせるようなこと……特に自分の仲間をびつくりさせるようなことをするのが大好きです……教会から盗んだり、骸骨を掘り出したり、いろんなことをやります」

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