カンデルシュテーク Kandersteg
ベルネル・オーベルランドからローンのオーベル・ウァリスへ通う峠路は多くあるが、いずれもトゥーンの湖畔シュピーツをたって、シンメンタールをレンクへ出るか、或はこのカンデルタールを溯って、レョッチェン・パッス又はゲンミ・パッスをこえてゆく。そして旅人の身に沁みるのは、ウィルトシュトゥルーベル Wildstrubel, 3253m. の麓、このゲンミ・パッスをこえて、ウァリスの山を谷の彼方に望む時であろう。が、それも真夏のことで、山巡りの天狗なら知らず、旅烏には峠口へも近づけなかった。カンデルシュテークにも、雪は四尺をこえているくらいである。
私は決して失望はしなかった。停車場についた時は、ここはまた霧でひやひやするばかり、両側の絶壁に、氷柱が滝のように垂れ下って、カンデルの小さい流れを包む白樺には、枝にも、実にも、まっしろに樹氷が咲いている。荷物を雪車につけてヴィクトリヤ・ホテルに行く。
サロンや食堂の広いのも気持ちがいい、昼飯の間に、霧は次第に晴れて、二階の室に戻った時、第一に、眼についたのは、ヴェランダの正面にのしかかった、ビルレンシュトック Birrenstock, 2511m. の鋭い絶壁であった。その右に谷の開いているのはまだ雲の中で、そこに大きく、ブリュームリスアルプの表われたのは次の朝で、午後はさすがに薄ぐらいカンデルタールを溯って、飛び飛びに建てられた百姓家の間をぬけて、深い雪の上を、ゲンミ・パッスの登り口まで行って来た。カンデルに臨んだホテル・アルペンローゼで御茶を飲む、その間に厚くもない雲は破れて、時々涼しい瞳のような蒼空が仰がれる、そして飛んでもない頭の上に、マッシーフな氷の峰が東に北に表われた、それはタトリスや、リンデルホン Tatlishorn, 2966m.; Rinderhorn, 3457m. の連脈であったろう。この雲の暗い峠路は、夏の旅にゆずって、今日は山麓の撮影に日をくらしてしまった。時々寺の鐘の音が、静かな渓底から響いて来る。
ホテルはいいが亜米利加者が多いから、ディナー・ジャケットこそ着けてはいるが実に厭味だ、女は女で、流行かも知れないが、三段くらいひだのとったスカートで、おつに澄してねり込んで来るのが、亜米利加面がダイヤのブローチよりも鼻につく、並べて見ると、ウェイトレッスの方がよほど上品であるが、いずれにしても、女房ではないから差しつかえは更に無い。兎に角、食堂のやかましいのは事実であって、ニューシャテルもすっかり頭へ上った。いい加減に切りあげて、スモーキングでカフェーを飲んでると、プロプライターの御馳走とあって、村の人達が合唱を始めた。若い女はやっぱり恥しそうに唱っている、そして最後にスウィスの国歌を歌ったが、同じメロディーでも、英国のよりはるかに感じがいいと思った。その中サロンもだんだん賑やかになって、女まじりに三、四人、ピアノのそばにやって来たから、御免を蒙って寝室に逃げ出してしまった、庭のアーク灯は昼間のようで、気楽な連中はまだスケートをやっている。
例によって眠れない。手紙や日記に暇をつぶしても、頭はますますさえて来て、カンデルの瀬の音の聞えなくなったのは、もう二時に近かったろう。
次の日は晴れも晴れた、デジューネーは室にはこばせて、ヴェランダで山を見ながらカフェーを飲む。室は東むきで、カンデルタールと丁字に向き合ったエッシネン・バッハ schinen Bach の正面に、ブリュームリスアルプの山塊が、手に取るように表われる。最高峰は三千六百六十九米のブリュームリスアルプホルン Blmlisalphorn、左に雪の尾根でつづいたロートホルン Blmlisrothorn, 3300m.、此の間にワイセ・フラウ Weisse Frau, 3661m. の雪の山稜が見える。すぐ左はブリュームリスアルプシュトックのギザギザな絶崖で、それにつづいて、ウィルデ・フラウが表われた Blmlisalpstock, 3219m.; Wilde Frau, 3259m. そしてこれ等の麓は白雪の間に、水色の光る同じ名の氷河が、懸崖の途中までたれ下っている。
●ブリュームリスアルプ
カンデルの谷は、これと直角に、南へ深く入りこんで、ここから見えるつき当り、タトリスの峰つづきで、三つ叉に枝分れして、右に入るのがユシネンタール schinental、左はガステルン Gasterntal そしてゲンミ・パッスは真中の、シュワルツバッハ Schwarzbach に沿うて、南をやや右へ登ってゆく。そしてこれ等を合わせたカンデルは、ビルレとフィルシュト Birre und First の間を北に流れて、フルッティゲンにエンクストリゲンタール Engstligental を合わせ、レルヘンバッハにキーンタール Kiental を合わせ、シュピーツの片ほとりに彼のシンメンタールと合して、トゥーンの湖の南にそそぐ。
ヴィクトリヤ・ホテルの横に、サイン・ポーストがあって、エッシネンゼーまで四キロと記してある。例の機械をぶら下げて、その雪路の踏みかためた上を東へ登って行った。村と云っても通りをはずれると、ここには小屋が二軒、積雪の間に見えたばかり、たちまちタンネの林に入って、路は次第に細く、つま先あがりになってくる、ふりかえると朝の鐘の鳴る教会の尖塔も、ホテルの窓も小さくなって、その村の上にのしかかるフィルシュトの連脈が、折りからの朝日を斜めにうけて美しい。
が、谷の雪にキラキラと日のさしたのは、十一時を少し過ぎてのことである。林はどこまでもつづいて、その後ろの絶壁に、遠くから見えたまっしろな氷柱が、タンネの枝ごしに仰がれる、左にはビルレの麓が小さな流れにせまって、その斜面の森の中に、猟師小屋かほそぼそと烟の立つのが物さびしい。地は一面に純白に、これを覆う狭い空は、蒼空とよりはむしろ黒く思われた、もう昼に近いし、フィルムもすっかり撮しきったので、一先ず宿に帰って来た、食堂の広い窓からは今の林の真上に、ブリュームリスアルプが正面をきって並んでおる。
●ブリュームリスアルプホルン
同じ路を、またぶらぶら登って来たのは午後一時、もうカンデルタールに日が一面にさし込んで、透明な空気の中にブリュームリスアルプは眼の前にあるけれど、いくら登っても、距離は依然として変らない。タンネの森を東にはずれると、路はだんだん急に、雪は次第に深くなって、たびたび雪崩の跡を登ってゆく、雪路は中々難渋で、一里ばかりのエッシネンゼーまで、二時間もかかってしまった。
樅はだんだんまばらになって、両側の絶壁は覆いかぶさるように近づいて、やや小高い丘に立つと、ブリュームリスアルプはもう頭の上である。その直下、だらだら道を四、五町下りると、湖水のふちに出る。今は云うまでもなく雪に覆われた氷の下で、その三方を取りかこむ断崖の氷柱は、ブリュームリス・グレッチャーと見わけ難いくらい壮観を極めている。湖のふちにその名をとったホテル、――と云うよりもエッシネンゼー・ヒュッテと呼ぶ方が、真面目な態度だと思われる、――宿屋がある。寒くてたまらないから、飛び込んで御茶にありついた。
湖は窓から眼の下で、ブリュームリスアルプホルンは湖べりの樅の梢よりも、更に高く屹えている、日を半面にうけた、ロートホルンの牙のような山稜は、氷河の雪に陰をうつして、ここはもう深い日蔭になってしまった、宿の主婦だか下女だか分らない女に、夏時分の様子を聞いたりして、一時間ばかりストーヴのそばにかじりついていた、そしてカンデルシュテークに戻ったのは五時過ぎで、帰りは一時間しかかからなかった。
●アルペン・グリューン(エッシネンゼー)
ヴェランダに出る。夕闇はもう渓を包んで、しーんとした森の上に、アルペン・グリューンの美しさ! さすがに高いブリュームリスアルプホルンや、ワイセ・フラウの頂は、最後まで薔薇色に輝いている。そしてどこからとも知らず次第次第に薄らいで、灰色の空に消えてしまうと、ただ雪明りにくっきりと見える樅の梢に、ピカリピカリ夕星が光りはじめた。
夜またヴェランダに立つ、山はうす蒼く、物の精でもあるように、薄ぐらい渓の彼方に屹えていた、そしてその最高峰の右の肩には、星が一つピカッとエメラルドをちりばめたように光っている。山ふところの小村には、杣の焚く火が赤く見えて、死灰の闇に、風の響さえかすかなのが心細い。