一
生まれつき目のよく見えない克子が兄の健とつれだって外へ遊びに出るとき、お母さんはきまったように二人にいって聞かせる。
「気いつけてな、克が石垣から落ちたりせんようにな」
それほど石垣の多い村である。海ぞいの村道に表を向けて立ちならぶ家々の裏口あたりから、もうゆるい勾配につれて石段がはじまり、村の背負っている山のてっぺんの方までも低い石垣の段々畑が続いているような土地柄なので、どこの家でも高いか低いか石垣の上に建っている。家々にはさまれた小道はその片側に狭い排水溝があり、そこも石垣で築いてある。目のわるい子供を持つお母さんにとって、この石垣は苦労の種であった。だから、できるだけ克子を家にとどめておきたいと思っても、子供たちは外の方が好きなのはどこの子とも同じであった。
ある日のこと、たった今二人で出かけたと思うまもなく裏の方で健の悲鳴が聞こえた。お母さんはあわてて飛びだしていくと、克子が肩をすくめたような格好で、おどろいたときの眉をしかめた顔で、道端につっ立っている。溝に落ちたのは健で、わあわあ泣きながら石垣を這い上がろうとしていた。どぶ泥が顔にまではねかかっていて、抱えあげたお母さんの手も泥だらけになった。克子がうたてそうに、
「健ちゃん、気いつけんせに溝い落ちたんで、お母たん」
と、声をふるわせている。
「ほんまによれ、なあ克ちゃん」
そしてお母さんはもう泣いてはいない健のよごれた手を強く引っぱり、手荒くセーターをぬがせて健の顔や自分の手をふいた。
「きょと作よ、きょときょとしよるせに溝に落ちたりせんならん」
健はだまっていた。べつにどこも怪我はなかった。お母さんは上衣やズボンや靴下まで取りかえながらもう一度叱った。
「ほんまにお前はきょと作じゃ、今日からきょと作いう名にしてやる」
すると健は少しきまりわるい顔で口をとがらし、
「ええい、きょと作じゃないわい」
と、肩をふった。
「きょと作じゃない子が溝い落ちるかい、きょときょとしよるさかい」
「きょときょとやこい、しやせんわい、健、克ちゃんがいつもどんなんか思て目つぶって歩いてみたら、気いつけたのに落ちたんじゃい」
これにはお母さんも何ともいいようがなく、
「きょうとやの、まあ」
と、笑った。
そんなふうで克子はお母さんが案じるほどのこともなく、健のいないときでも近所じゅうを一人で遊びまわった。まださをたより発音できない克子に、
「お母たん、めくらいうたら克のことかい」
と、突っかかるような調子でたずねられると、お母さんは、さて何と答えようかと克子の顔を眺める。そんなときの克子は、上瞼を伏せてめくら特有のくまどったような目つきをし、今にも泣きだしそうに口尻を細かくふるわせていた。外で遊んでいて、めくら、めくら、となぶられてきた腹立ちがみなぎっているのが、肩のはらせ方にまで現われていた。これまでにも、お前は目が悪いのだからと聞かせることはたびたびであったが、それでも克子自身、視力のにぶいということが、持っていたものを失ったのではなく、はじめから持っていなかった自然さで、はたの者が考えるほどの不自由は感じないもののように無邪気にふるまっていた。それでも五つになり、人なみに知恵づいてくるにつれて、このごろでは、自分だけがほかの子供とはちがった目を持っていることを少しずつわからされてくるようになった。しかし、その知らされ方は克子にとっては我慢のならないことにちがいなかった。そういう克子に、お前は、ほんとうはめくらなのだとはどうしてもいえないし、またお母さん自身も、克子をめくらだとは思いきれなかったからかもしれない。事実また、克子は多少は見えもする。お母さんの商売が毛糸屋であることも、克子に豊富な色の名をおぼえさせ、同じ年ごろのどこの子よりもよく知っていた。しかも克子独特の機知で、ゆたんぽがバケツ色をしているなどという。だが、一歩外へ出れば、ただ勘で動いているような克子を、世間ではめくらとしてより通用しないものと見ているにちがいなかった。
「めくらいうたら見えんことじゃのに、克は見えるのに」
克子は半分泣きかけていう。
「どれどれ、めくらかどうか見てやる」
お母さんは克子を引きよせ、編んでいた毛糸の玉をその手に握らせて、
「さあ、何色じゃ、これは」
克子は小さい手の甲で涙を横なでにし、毛糸を目とすれすれに近づけていって、
「キイロ色とミドリ色と二あつ」
と、その縒り糸を正確に答えた。
「ほうら、めくらじゃなかった」
そういわれると、もうにこにことなる克子であった。それでもまだ不平らしく、
「みんなが克のことだけを、めくら、めくらいうんで」
お母さんはそっとしてある内証ごとをあばきたてられるような気がしてつらかった。めくらではないといい聞かせ、そう考えさせようとしているのは、自分だけのはかないなぐさめなのであろうか。だとすれば、お前はめくらなのだといい聞かせた方がよいのだろうか。どんなに、考えたり、ごまかしてみても、世間ではちゃんと克子をめくら扱いしているのだし、世間でなくてもお母さん自身の経験でもはっきりしている。いつであったか買物の帰りに遊びから戻ってくる克子に出会い、何気なくその行手に立ちふさがると、克子は真顔になってよけて通ろうとする。お母さんはしゃがんで克子を抱くようにして、だまって風呂敷の中の蜜柑を一つ取りだして、その手に持たせた。克子はそれを両手でさすり、
「おおけに」
と、礼をいう。他人にたいするしおらしさであり、これがあの誰にでも飛びかかっていったり、ときによっては噛みついたりする克子であろうかと思われるほどの素直さであった。
「克ちゃん」
お母さんはわざと内証声でささやいた。
「はーい」
「これどこのばあやん?」
克子はあごを持ちあげ、
「知らあん」
と、薄く笑いながら答えた。
「誰かわからんのか」
と、抱えこんだままささやいた。そうされたことで、克子はからだをかたくし、遠慮っぽく小さい声で、
「知らあん」
と、ふたたび答えた。
「ほんなら、お母さんは?」
「うちで毛糸あみよる」
家にいて毛糸を編むお母さんの姿よりほかに、克子はちがった母親の姿を知らないのであろう。お母さんはそっと克子から手を離した。だまって家の方へ歩いていく克子のうしろ姿は目の見えない子とは思えないたしかな足どりであった。少し離れてお母さんは克子の後につづいた。一足もまちがいのない場所で克子は家の裏口に立ち、いきおいこんでガラス戸を開けるなり、
「お母たん、よそのばあやんが蜜柑くれたあ」
と、大声で土間を表の方へかけぬけていった。お母さんはわざと井戸端に立ちどまり、
「そうかあ、よかったなあ」
と、そこから答えた。ゆっくり近よっていくと、克子は手もとを見ずに、心もちそっぽを向いてその蜜柑をむきながら、
「よそのおばやんがのう、克ちゃんこれあげら、いうて蜜柑くれたんで」
と、そこだけ内証声でえくぼを浮かべる克子、それをめくらでないとどうしていいきれよう。めくらであればこそ、知らず知らず外へむかってかまえているような毎日である。だが、こんなこともあった。
裏口の方で大勢の足音といっしょに、子供たちのめいめいの声がもつれあって、
「克ちゃんのばあやん」と呼びかけられた。そこに克子のいないことはすぐにわかっていた。
「はい、なに」
編物の手を休めずにお母さんは大きな声で答えると、子供たちは思い思いの言葉で、克子がみんなに石を投げたと告げた。健がいっしょでないときはいつもこれであった。またかと思いながら、下駄をつっかけて裏口へ立った。
「どうして克が石ぶつけたん」
みな黙ってお母さんの顔を見あげていた。
「みんなが何ちゃせんのに克が石ぶつけたか?」
「ん」
子供はいちようにうなずく。
「ほて、誰に石があたった?」
それには誰も答えない。
「誰ぞ、克に何ぞ性悪したんじゃないんか」
やっぱり黙っている。きれいに澄んだ十二の瞳、一重まぶたの細い目、くるくるした丸い目、目やにでよごれた目もある。だが瞳だけはひとしお美しく、今嘘をついているとも思えない清らかさで澄みわたっているのを、お母さんは痛いように感じた。そんな思いをまでこめたお母さんの射るような眼差しに、敏感な反応をしめして、十二の目はたじたじとなった。お母さんははっとして急いで笑顔を作ってみた。自分が今どんなこわい顔でこの子供たちに立ちむかっていたかを気づいたからなのであった。だが、それでもなおいつものように「ごめんしておくれのう」とあやまる気持には遠かった。克子への気くばりはいつも卑屈な言葉となって子供たちへあやまり、煎餅の一枚ずつもあたえては、また克子と遊んでくれと頼むのであったが、相手は子供であると知りながら、なお腹にすえかねる思いで、大人げなく敷居をへだてて対峙していた。
戦線万里征くものを―― 克子の歌う声が聞こえてきた。豊かな声をはりあげ、大人っぽい節回しで歌っている。みんながいっせいにそちらを見ても、克子はまだ気づかないで、空を仰ぐような格好でからだをふりふり歌いつづけて近づいてきた。何にも見ていないときのゆったりとした表情である。見るとはだしであった。
「克ちゃん!」
思いがけないお母さんのいかつい声に克子はきゅうに足を止め、警戒の態度をした。眉をよせ、目には見えぬ触角であたりをさぐりまわしているような顔つきである。
「草履は」
ああ、それか、とでもいうように克子は薄笑いの顔になってからだの力をぬき、横ざまに畑の石垣にもたれた。
「誰らがかくしたんじゃもん」
鼻声で半分は甘ったれて訴える。子供の一人が、
「灯籠のとこにあったのに、克ちゃん見えなんだんじゃが」とべんちゃら声でいう。お母さんはもう子供たちへ探索の目を向けることがつらかった。
「さがしてきてあげら、克ちゃん」と、一人がかけだすと、あとの五人もそれにつづいて逃げるように走りだした。石を投げ、噛みつくと、よそから口説の多い克子の向こう見ずな振舞が、ただ持前の負けぬ性質からだけではなく、不具の子に与えられた武器なのだと思い、それで克子をとがめだてはできないのだぞと、大人の心の動き方だけで、むきになって、克子の敵と向かい合っているとき、克子は草履をかくされればはだしになって歌をうたっている。抱いて井戸端へ立たせると、冷たいともいわず指先を上にむけて踵で立っていた。そんなことを考えれば、お母さんの胸には新たな思いも湧くのであった。いつの日にか克子は自分が不具者であると知らされるであろうが、この子ならばむだな悲しみ方はしないであろう。草履がなければはだしで歩ける克子、そういう克子をこそ育てあげねばならないのだ。
「みんなが克だけをめくらいうてなぶる」
と、克子はくやしがっている。
「ほんまに、ほんまにこんなかわいい子を、どうしてそんなこというんじゃろにな」
お母さんは克子の頭を両手でかかえ、何度もさすりおろしながら、しだいになごやかな表情に変っていく克子の額にわが額をこすりつけていった。