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Chapter 1

花月の夜

徳冨蘆花

戸を明くれば、十六日の月桜の梢にあり。空色淡くして碧霞み、白雲団々、月に近きは銀の如く光り、遠きは綿の如く和らかなり。

春星影よりも微に空を綴る。微茫月色、花に映じて、密なる枝は月を鎖してほの闇く、疎なる一枝は月にさし出でゝほの白く、風情言ひ尽し難し。薄き影と、薄き光は、落花点々たる庭に落ちて、地を歩す、宛ながら天を歩むの感あり。

浜の方を望めば、砂洲茫々として白し。何処やらに俚歌を唱ふ声あり。

已にして雨はら/\と降り来ぬ。やがてまた止みぬ。

春雲月を籠めて、夜ほの白く、桜花澹として無からむとす。蛙の声いと静かなり。

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