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カラマゾフの兄弟 01 上
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カラマゾフの兄弟 01 上
ドストエフスキーフィヨードル・ミハイロヴィチ
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译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 6 of 40

四 三男アリョーシャ

彼はその時まだやっと満二十歳であった(中の兄のイワンは当時二十四、長兄のドミトリイは二十八であった)。まず最初に言っておかなければならないのは、この青年アリョーシャが、けっして狂信者でもなければ、また、少なくとも自分の考えでは、けっして神秘主義者でさえなかったことである。前もって遠慮のない意見を述べるならば、彼はわずかに若き博愛家にすぎず、修道院の生活にはいったのも、ただその生活が彼の心をうち、いわば世界悪の闇から愛の光明を願い求める彼の魂の究極の理想として、そのころの彼の心に映じたからである。またこの修道院の生活が彼の驚異の念を呼びさましたのも、その中に、そのころ、彼の目してなみなみならぬ人物とする、有名な長老ゾシマを、発見したからであった。彼はやむにやまれぬ心の初恋のような熱情を捧げつくして、この長老に傾倒した。もっとも、彼はすでに揺籃時代から非常に変わった人間であったことは争われない事実である。ついでながら、彼がわずか四つで母に別れながら、その後一生を通じて、母の面影やその慈愛を、『あたかも自分の眼の前に母親が生きて立っているかのように』まざまざと覚えていたことはすでに述べたとおりである。こうした思い出はずっとずっと幼い――二つくらいのころからさえ、よく記憶に残るもので(それは誰でも知っていることであるが)、それは闇の中に浮かび出た明るい点のように、――また、それ以上は跡形もなく消え失せた大きな絵から切り抜かれた小さい断片のように、一生を通じて心のなかに浮かんでくるものである。アリョーシャの場合も全くそのとおりであった。彼はある夏の静かな夕暮を覚えていた。窓があいていた、夕日が斜めにさしこんでいた(この斜めにさしこむ光を彼は最もよく覚えていた)、部屋の片隅には聖像があり、その前には燈明がともされていた。聖像の前に母がひざまずいて、ヒステリイのようにすすり泣きしながら不意に金切声をあげてわめきだすと共に、彼を両の手で痛いほど固く抱きしめて、わが子の身の上を聖母マリヤに祈り、また聖母の被衣の陰に隠そうとでもするかのように、彼を両手に抱き上げて聖像の方へ差し伸べたりしていた……すると、不意に乳母が駆けこんで来て、おびえながら彼を母親の手からもぎ取ってしまった、これがそのときの光景であった! アリョーシャはその刹那の母の顔まで覚えていた。その顔は、彼が記憶している限りでは、取り乱してはいたが、美しいものであった。しかし、彼はこの記憶を人に打ち明けることをあまり好まなかった。幼年期にも、少年期にも、彼はあまり感情を面に現わさなかったばかりか、むしろ口数の少ないほうであった。それはけっして臆病のためとか、無愛想で人づきが悪いためではなかった。それどころか、かえって、原因は何か他にある。つまり、きわめて個人的な、他人にはなんの関係もない、自分だけの内心の屈託といったようなものであるが、それが彼にとっては非常に重大なものなので、このために他人のことは忘れるともなく忘れがちになるのであった。しかも彼は人を愛した。そして一生涯、人を信じきって暮らしたらしいが、かつて誰ひとりとして彼をばかというものもなければ、お人好しと考える者もなかった。彼の内部には、自分は他人の裁判官になるのはいやだ、そして他人を非難するのも好かないから、どんなことがあっても人を咎めない、とでも言っているようなところがあった(それはその後、一生を通じてそうであった)、事実、彼は少しもとがめ立てをせずに、ときには深い悲哀を感ずることもたびたびあったが、いっさいのことを許しているらしかった。この意味で、何びとも彼を驚かしたりおびやかしたりすることができないほどになっていた。二十歳の年に、まぎれもなく、けがらわしき淫蕩の巣窟たる父親の家に身を寄せてからも、童貞純潔な彼は、見るに忍びないときに、黙々としてその場をはずすばかりで相手が誰であろうとも、いささかの軽蔑をも非難をも見せなかった。かつてよその居候であったところから、侮辱に対しては敏感で繊細な神経を持っていた父親は、最初は、腑に落ちないような、気むずかしい態度で、『黙り者の腹はさまざま』といった風で彼を迎えたが、結局は、まだ二週間ともたたないうちに、絶えず彼を抱きしめて、接吻するようになった。もっとも、それは泣き上戸の感傷の涙まじりにではあったが、しかも彼のような人間には、ほかの何びとにも感ずることのないような、深い真実な愛情がありありと見えていた……。

それに、この青年はどこへ行っても人に好かれた。それはまだ幼い子供のときからそうであった。自分の恩人で養育者たるエフィム・ペトローヴィッチ・ポレーノフの家へ引き取られると、彼はこの家のあらゆる人たちをすっかり引きつけてしまって、全く本当の子供と同様に見なされたものであった。それにしても、彼がこの家庭へはいったのは、まだきわめて幼少のころで、こんな子供に打算的な悪知恵や、機嫌を取って人に好かれようとする術策や技巧や、自分を可愛がらせようとする手腕などといったものを期待することは、絶対にできないことである。したがって、おのれに対する特別な愛情を人の心に呼びさます能力は、なんら技巧を弄することなく、端的に自然から賦与された本性だったわけである。学校においてもやはり同じことであった。もっとも、彼は仲間から疑いや、時として嘲笑や、あるいはことによると、憎悪さえも受けそうな子供に見えたかもしれない。たとえば、彼はよく物思いに沈んで、人を避けるようなことがあった。ごく幼少のころから彼は隅のほうに引っこんで、読書にふけることを好んだ。それにもかかわらず、彼は学校にいる間じゅう、全くみんなの寵児といってもいいほど、仲間から可愛がられた。彼はめったにふざけたり、はしゃいだりはしなかったが、しかし、誰でも一目彼を見ると、それはけっして気むずかしさのためではなく、反対に、落ち着いてさっぱりした性質のためである、ということをすぐに悟るのであった。同じ年ごろの子供に伍しても、彼はけっして頭角を現わそうなどとは考えたことはなかった。そのせいであろうか、彼はついぞ何一つ恐れたことがなかった。それでいて仲間の子供たちは、彼が自分の勇気を鼻にかけているのでなく、かえって、自分が大胆で勇敢なことを、いっこう知らないようなありさまであることを、すぐに了解した。彼は侮辱を覚えていたことなどは一度としてなかった。侮辱を受けてから一時間ほどすると、当の侮辱者に返事をしたり、自分のほうからそれに話しかけたりすることがよくあった。そんなときには、まるで二人のあいだには何事もなかったかのように相手を信じきったような、晴れ晴れした顔をしている。それはうっかり、その侮辱を忘れたとか、またはことさらに許したとかいうような様子ではなく、そんなことは侮辱でもなんでもないといった顔つきなので、この点がすっかり子供たちの心を擒にし、征服したのであった。ただ一つ彼には人と変わった性質があって、それが下級生から上級生に至るまで、中学の全学級にわたって、彼をからかってやろう、という望みを友だちに起こさせたものである。もっとも、それは腹の黒い嘲笑ではなくただ皆にとってそれが楽しいからであった。この変わった性質というのは、野性的な、夢中になるほどの羞恥心と潔癖とであった。彼は女に関するある種のことばやある種の会話を、はたで聞いていることすらできなかった。ところが、不幸にも、こうした『ある種』のことばや会話は、いずれの学校においても絶やすことはできないものである。まだほんの子供で、心も魂も清浄潔白な少年たちが、時によっては兵隊でさえ口にするのを憚るような事柄や、場面や、方法などを、教室の中で、仲間同士大きな声で口外する。かえって兵隊などは、教育のある上流社会の年少の子弟が疾うの昔に知っているような、この方面のことを、あまり知りもしなければ、心得てもいないものである。まだ、そこにはおそらく、道徳的堕落というようなものはないであろう。厚顔無恥はあっても、やはり本当の意味での放縦な、内面的なものではなくて、ただ外面的なものにすぎないが、しかもこれがしばしば彼らのあいだでは、何かデリケートで、微妙で、男らしい、模倣に価するもののように考えられるのである。『アリョーシャ・カラマゾフ』が、『そのこと』について話の出るたびに、あわてて指で耳を塞ぐのを見て、時おり一同はことさらぐるりに集まって、むりやりにその手を払いのけながら、両の耳を向けて大声で忌まわしいことをわめくのであった。すると相手は、それを振り払って、床の上に倒れ、すっかり顔を隠してしまって、その際、何も言わなければ、乱暴な口ひとつきかず、無言のまま、じっと侮辱を忍ぶのであった。ついには誰も彼を構わなくなって、『女っ児』とからかうのさえもよしてしまったばかりではなく、この意味で彼に同情をもって見るようになった。ついでながら、級中、学課において彼はいつも優等生の一人であったが、一度も首席になったことはなかった。

エフィム・ペトローヴィッチが死んでからも、アリョーシャはなお二年のあいだ、県立の中学校にとどまっていた。エフィム・ペトローヴィッチの夫人は悲嘆に暮れて、良人の亡きあと、すぐに、女ばかりの家族をまとめて、永逗留の予定でイタリアへ旅立ってしまったので、アリョーシャはエフィム・ペトローヴィッチの遠縁に当たる、これまで一度も顔を見たこともない二人の婦人の家へ移ることになったが、いかなる条件のもとに引き取られたものか、それは自分でも知らなかった。もう一つ、彼の、非常にといっていいくらいの変わった性質は、自分はそもそも、誰の費用で生活をしているのか、ということを、これまで一度も心に留めたことのない点であった。この点において、兄のイワン・フョードロヴィッチが大学で初めの二年間、自分で働いて身すぎをしながら苦労をしたり、またほんの子供のころから、自分の恩人の家で他人のやっかいになっている、ということを感じてつらい思いをしていたのに比べると、全く正反対であった。

しかし、アリョーシャのこうした奇妙な性格も、あまり深くとがめるわけにはいくまいと思われる。というのは、彼を少しでも知っている者は誰でも、この問題にぶつかると、アレクセイはたとえ一時に多額の金がはいったところで、最初に出会った無心者に施してしまうか、なにかの慈善事業に寄付をするか、または単に巧妙な詐欺師にひっかかって巻きあげられるかして、苦もなく使い果たしてしまう宗教的キ印に類する青年の一人に違いないと、すぐに気づくからであった。概して彼は金の値打ちというものをよく知らなかった。もとより、それは文字どおりの意味ではない。彼はけっして自分から頼んだのではないが、時おり小遣い銭をもらうことがあったが、それも、時によると、幾週間もその使途に困ってもてあますかと思えば、また時にはおそろしく無雑作に扱って、またたく間になくしてしまうのであった。フョードル・アレクサンドロヴィッチ・ミウーソフは、金やブルジョアらしい廉恥心にかけては、少なからず神経過敏なほうであったが、のちに、アレクセイを見慣れてしまってから、あるとき、彼について一つの名句を吐いたことがあった。

『この男はおそらく、世界じゅうにただ一人の、類のない人間かもしれない。あれはたとい人口百万ほどの不案内な都会の大広場へ、いきなりただ一人で、一文なしで打っちゃられても、けっして飢え死にをしたり、凍え死にをしたりすることはないだろう。すぐに人が食べものをくれたり、仕事の世話をしてくれたりするから。人がしてくれなくとも、自分ですぐどこかに職を見つける。しかもそれはあの人間にとって、骨の折れることでもなければ、屈辱でもなく、また世話をしてくれる人もそれを少しも苦にしないどころか、かえって満足に思うだろう』

彼は中学の全課程を終えなかった。まだ卒業までにはまる一年あるのに、彼はいきなり、やっかいになっていた二人の婦人に向かって、ふとある用事が頭に浮かんできたので、父のもとへ帰るつもりだと申し出た。婦人たちはひとかたならず彼を惜しんで、放そうとはしなかった。旅費はあまりたいした額でもなかったので、彼は恩人の遺族から、外国出発のおりに贈られた時計を質に入れようとしたが、二人の婦人はそれをも止めて、十分に旅費をつくってくれ、新しい着物や肌着類までも調えてくれた。しかし、彼はぜひ三等車に乗りたいからと言って、その金も半分は返してしまった。この町へ着いた時、『なんだって学校を卒業もしないで来たんだ?』という父親の最初の質問に対して、彼は何も答えなかった。そしていつものように物思いに沈んでいたという噂である。その後まもなく、彼が母の墓を捜していることがわかった。それが帰郷の唯一の目的であると、帰って来たとき自分でも打ち明けかかっていた。しかし、それだけで帰郷の理由の全部が尽きていたかどうかは疑わしい。不意に彼の心のうちにわきあがって、どこかよくわからないが、しかも避けがたい新しい道へ、いやおうなしにぐんぐんと彼を引っぱっていったのは、はたして何であったか、それはそのころ、彼自身にさえもわからず、なんら説明のしようがなかったのだと解釈するのが最も妥当なことであろう。フョードル・パーヴロヴィッチは自分の第二の妻をどこに葬ったか、わが子に教えることができなかった。棺へ土をかぶせてこのかた、一度も墓参りをしたことがないので、長い年月がたつうちに、そのときどこへ葬ったのか、全く忘れ果ててしまったからである……。

ついでながらフョードル・パーヴロヴィッチのことを少しばかり話しておこう。彼はそれまで長いあいだこの町に住んでいなかった。二度目の妻が亡くなってのち三、四年たって、南ロシアへ赴き、ついにオデッサまで行って、そこに何年か引き続いて暮らしたのであった。最初のうちは、彼自身の言いぐさによると、『多くの卑しい老若男女のユダヤ人』とつきあっていたが、やがてはユダヤ人ばかりでなく、『上流のユダヤ人の家へも出入りする』ようになった。彼が金もうけに特別の腕を磨きあげたのは、この時代のことと考えなければならぬ。彼が再びこの町へ帰って、すっかり落ち着くことになったのは、アリョーシャの帰郷よりわずか三年前のことであった。町の古馴染は、彼がまだけっしてそんな老人ではないのに、ひどく老けたように思った。彼の物ごしは上品になったというよりも、なんだか妙にあつかましくなってきた。昔の道化が、今度は、ほかの者を道化に仕立てようという、ずうずうしい要求を現わし始めたのである。女を相手に見苦しいまねをすることは、以前どおりに好きだというよりも、そのやり方がいっそういやらしくなったように思われた。間もなく彼は郡内に多くの新しい酒場を開いた。どうやら彼の財産は十万ルーブルか、それとも、幾分それに欠けるくらいはあったらしい。町内や郡内の多くの人たちが、たちまち彼から借金をしたが、それはもちろん、たしかな抵当を入れてのことであった。ごく最近になって、彼もなんだか気がゆるんだらしく、流暢さと身のしまりがなくなり、妙にだらしがなくなって、何か事を始めても、前後がすっかり食い違い、すべてが投げやりになって、いよいよ頻繁に深酒に浸るようになった。だから、もしも、そのころ、やはりいいかげんに老いぼれていた例の下男グリゴリイが、ほとんど付き添いの格で彼を見張っていなかったなら、フョードルの生活には、絶えずめんどうなごたごたが起こっていたことであろう。アリョーシャの帰郷は、精神的な方面から見ても、彼になんらかの影響を与えたらしい。年に似合わず老いぼれたフョードルの心のうちに、遠い昔に魂の中で萎えしぼんでいたあるものが、不意に眼ざめたかのようであった。『なあ、これ』と彼は、アリョーシャの顔をつくづく眺めながら、言うのであった、『おまえはあいつに生き写しだな、あの憑かれた女に』彼は自分の亡き妻で、アリョーシャの母をそう呼んでいたのである。その『憑かれた女』の墓は、ついに下男のグリゴリイによって、アリョーシャに教えられた。グリゴリイは彼を町の墓地へつれて行って、そこのずっと奥の隅にある鋳鉄製の、あまり金はかかっていないが、小ぢんまりした墓じるしを指さした。その上には故人の名まえ、身分、年齢、死亡の年などといっしょに碑銘があって、下の方には、一般に中産階級の人の墓に使われる古風な、四行詩のようなものまで刻んであった。驚いたことに、この墓じるしはグリゴリイの仕業であった。これは彼が自腹を切って、気の毒な『憑かれた女』の奥津城の上に建てたものである。それに先立って彼は幾度となく、この墓のことをほのめかして、フョードル・パーヴロヴィッチをうるさがらせたものであるが、結局フョードルは、ただにこの墓のことばかりではなく、あらゆる思い出を振りすてて、オデッサへ行ってしまったのであった。アリョーシャは母の墓の前でなんら感傷的な態度を示さなかった。彼はただ、墓じるしを建てるについてグリゴリイの物々しい、もっともらしい話にじっと聞き入ったばかりで、しばらく頭をたれてたたずんでいたが、やがて何一つ物も言わずに立ち去った。それきり、彼はおそらく、一年ばかりも墓場へ来なかったであろう。しかもこの小さな插話は、フョードル・パーヴロヴィッチにも影響を与えたが、しかもそれは非常に風変わりなものであった。彼は金を千ルーブル取り出すと、それを町の修道院へ持って行って、亡き妻の回向を頼んだのであった。しかし、それは二度目の妻、すなわちアリョーシャの母である『憑かれた女』のためでなく、自分を打った先妻のアデライーダ・イワーノヴナの菩提を葬うためであった。そして、その晩、酒に酔いしれて、アリョーシャを相手に坊主どもの悪口を言った。彼自身は信心からおよそ縁遠い人間であった。おそらく五カペイカの蝋燭一本さえも、聖像の前へ立てたことのない男であった。こんな手合いには、よくこうした奇妙な感情や思想の突発が起こるものである。

彼がこのごろ、ひどく気のゆるんできたことは、前に述べたとおりである。それに彼の容貌は最近とみに、過去の生活全体の内容と特質を、まざまざと証明するような相好を現わしてきた。いつも無遠慮でうさん臭い、しかも人を嘲けるような小さい眼の下に、長いぶよぶよした肉の袋がたれて、小さいながら脂ぎった顔に、おびただしい皺が深く刻まれているばかりでなく、とがった頤の下から、まるで金財布のようにだぶだぶした横に長い大きな贅肉がぶらさがっていた。それが彼の顔にいやらしい淫蕩な相を与えているのであった。そのうえに、腫れぼったい唇のあいだから、ほとんど腐ってしまった黒い歯のかけらをちらちら見せる貪欲らしい長い口が付いているのである。彼は話をするたびに唾をやたらに跳ね飛ばした。とはいえ、よく好んで、われとわが顔をひやかしたものであるが、さしてその顔に不満足でもなかったのである。ことに彼はそれほど大きくはないが、非常に細かくて、ひときわ目立つ段のついた鼻を指しながら、『正真正銘のローマ鼻だ』と言った、『こいつが肉袋といっしょになって、退廃期の古代ローマ貴族そのままの顔ができあがっているんだ』それが彼の自慢なところらしかった。

アリョーシャは母の墓を見つけてほどなく、いきなり、父に向かって、自分は修道院へはいりたい、修道僧たちも自分が新発意になることを許してくれたと言いだした。彼はまたそのとき、これは自分の格別な希望であるから、父としての厳粛な許しが与えられるように、ぜひともお願いすると説明した。老人は、この修道院内の庵室に行ない済ましているゾシマ長老が、自分の『おとなしい子供』に特殊な感銘を与えていることは、すでによく承知していた。

「あの長老は、そりゃあ、あすこではいちばん心の潔白な坊さんだよ」じっと黙ったまま何か考えこむような風でアリョーシャのことばを最後まで聞いて、彼はこう口を切ったが、わが子の願いに驚いた様子は少しもなかった。「ふむ……じゃあ、おまえはあすこへ行こうっていうのか、うちのおとなしい坊主!」彼は一杯機嫌だったが、突然、にやりと笑った。それは例の引きのばしたような、一杯機嫌ながらも、狡猾さと、生酔いの本性を失わぬ薄ら笑いであった。「ふむ……だが、わしも、いずれはおまえが、何かそんな風なことになるだろうとは、感づいておったのだよ。どうだ、思いがけなかったろうが? おまえは全くあすこをねらっておったんだからの。が、まあ、しかたがないさ、おまえも二千ルーブルという自分の金を持っておるのだから、あれがまあ、持参金になるってものだ。わしもけっしておまえを打っちゃっときゃあせんからな、今だって、寺で出せと言うだけのものは、おまえのために寄進するよ。だが、もし出せと言わなければ、なにもこっちから出しゃばったことをするにも当たるまいよ。そんなもんじゃないかえ? だって、おまえの金の使い方といえば、とんとカナリヤとおんなじで、一週間に二粒ずつもありゃたくさんだろうよ――ふむ……ときに、なんだな、あるお寺のことなんだが、そこにはちょっとした控え屋敷のようなものがあって、その中には、誰でも知っておることだが、『お囲い女房ばかりが住んでおる』のさ。なんでも三十匹ぐらいもいるらしいぞ……わしもそこへ行ったことがあるが、なかなかおもしろいわい。もちろん、一種特別な、変わっておるというだけのおもしろさなんだけれど、ただ惜しいことに、恐ろしい国粋主義で、フランスの女がさっぱりいないんでの。呼び寄せたらいいんだのに、金は幾らでもあるんだから。そのうち嗅ぎつけたら、やって来るだろうよ。だが、ここの寺には何もない。お囲い女房なんか一人もいないで、坊主ばかりが二百匹ほどもいるのさ。道心堅固で、戒律のやかましい連中ばかりなんだな、白状をすれば……。じゃあ、おまえは坊主の仲間へはいりたいんだな? だが、アリョーシャ、わしは全くのところ、おまえが可哀そうなんだよ。まさかと思うかもしれんが、わしはおまえが大好きになってしまったのだよ……それでも、これを機会に一つ、わしらのような罪障の深い者のために、お祈りをしてくれるんだな。全くわしらはここに御輿をすえているうちに、ずいぶんいろいろと罪を重ねたものだからな。わしはいつもよくそう思ったものさ――いつか、わしらのために祈ってくれる者がどこかにいるだろうか? そんな人間がはたしてこの世にいるかしらん? とな。なあ、可愛い坊主、おまえは本当にせんかもしれんが、このことにかけたら、わしはから他愛がないんだよ。そりゃおそろしくばかなのさ。ところが、ばかなりにも、しょっちゅうこのことを考えるんだよ。いや、しょっちゅうじゃない、むろん、ときどきの話だ。だが、わしが死んだとき、鬼どもがわしを鉤に引っ掛けて、地獄へ引きずりこむのを、ちょっと忘れさせるっていうわけにはいかんものだろうかなあ? わしの気になるのは、この鉤なんだよ。いったいやつらは、どこからそんなものを手に入れるんだろう? 何でこしらえてあるんかしら? 鉄だろうかな? そんなら、どこでそんなものを鍛つんだろう? 何か工場のようなものでも地獄にあるのかな? でも修道院では坊主どもはきっと、地獄に天井があるものと考えてるんだろう。ところが、わしは地獄というものを信じるのはいいけれど、まだねがわくば天井のないやつがいいな。そうすれば、地獄も少しは気のきいた、文化的な、つまりルーテル式なものになってくるからな。全く、天井があろうとなかろうと、同じことじゃないかよ。ところが、このいまいましい問題は、その中にあるんだ! それで、もし天井がないとすれば、鉤もないことになるだろう。ところで、鉤がないとすれば、すっかり見込み違いで、またわからなくなる、つまり、誰もわしを鉤にかけて引きずりこむ者はいないわけだ、ところで、もしわしを鉤にかけて引きずりこまないとしたら、そのときはどうだろうな、いったい、この世のどこに、真理があるというんだ? Il faudrait les inventer(ぜひとも作り出さにゃならんのだ)ことさらにその鉤をわしのために、わし一人のためにな、なぜと言って、とてもおまえにはわかるまいが、アリョーシャ、わしは実になんとも言えん恥知らずだからな!……」

「でも地獄には鉤なんかありませんよ」と父を見つめながら、静かにまじめにアリョーシャは答えた。

「そうだとも、そうだとも、ただ鉤の影ばかりなんだ、知ってるよ、知ってるよ。あるフランス人が地獄のことを書いておるが、全くそのとおりなんだ、J'ai vu l'ombre d'un cocher'qui avec l'ombre d'une brosse frottait l'ombre d'une carosse(わたしは見た、刷毛の影にて馬車の影を磨く御者の影を)だ。しかし、おまえはどうして鉤がないってことを知ってるんだい? 少しのあいだ坊さんたちの中へはいっておったら、そんなことも言わなくなるだろうが。しかし、まあ行くがいい、そして善知識になるがいいぞ。そうなったら、わしのところへ来て話して聞かしてくれ。なんといっても、あの世の様子が良く知っていさえすれば、そこへ行くのも楽なわけだからな。それに、おまえも、のんだくれの親爺や娘っ子どものそばにいるよりは、坊さんたちのところにいたほうが身のためだから……、せめておまえだけは、天使のように、なんにもさわらせたくないよ。いや、あすこへ行けば、おまえもさわるものがなかろう。わしがおまえに許しを与えるのも、つまりは、それを当てにするからなんだよ。おまえの心はまだ悪魔に食われておらんからな。ぱっと燃えて、消えて、それからすっかり以前のからだになって、帰って来るがいい。わしはおまえを待っておるぞ。実際、世界じゅうでこのわしを悪く言わないのは、ただおまえ一人きりだからな、それはわしも感じとるわい。本当に感じとるとも、実際、それを感じないわけにはいかんじゃないかえ?……」

そして、彼はすすりあげて泣きだしさえした。彼は感傷的であった。悪党ではあったが、同時に感傷的な人間でもあった。

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