3
鳩も十数羽飼っていた。鳩は雌雄とも姿が優しく、その別ははっきりしない。突然、喉を脹らませ、だみ声で、荒荒しく鳴きながら、首を上下に振り立て、振り立て、つまり急にすさまじい形相になって、追って行くものがあれば、それが雄である。その先を、首を突っ立て、ひょい、ひょいといった恰好で、逃げて行くのが雌である。が、雄が二度、三度と雌に迫ると、と同じく、雌は自分から地上にしゃがみ、雄は羽を慄わせて雌の背に乗る。
鳩は一夫一妻で、一回に二卵を産み、雌雄交互に卵を温める。孵ったばかりの鳩の雛は赤裸で、目ばかり大きく、かなり醜い。また鳩の雛はの雛のように孵って直ぐ餌を啄むことはできない。親鳩は一度噛み下した餌を吐き出し、口移しに与える。やはり雌雄ともに餌を与える。雛が大きくなると、かなり大量の餌を与えるようで、親鳩の嘴のあたりや、胸の羽毛がきたなく汚れている。
早春の夕暮、奇妙な鳴き声が聞えて来る。好奇心が私を声の方へ誘って行く。鳴き声は雑倉の横の溝の中から聞えて来るようである。上体を屈めて覗いてみると、薄闇の中に、大きな蟇が小さい蟇を背負っている。更によく見ていると、その奥の方にも同じ形のものが見えた。
春になると、白壁の上に、沢山の脚長とんぼが留る。中には、一匹が上を向き、一匹は逆さまになって、尾を繋いでいるのもいた。蝶も草の上で尾を繋いでいる。とんぼは尾を繋いで飛んでいる。蝉も幹の上で尾を繋いでいる。
秋も長け、息が白く見えるような一朝、蛾の大群が発生し、朝の空を埋めることがある。俗に「よび蝶」と呼ばれている。翅は透き通り、黒い翅脈がある。触角は櫛型で、漆黒である。いかにも弱弱しいが、少年の私は、魔法使の中から生れ出たような妖気を感じた。
学校から帰って来る頃には、蛾は夥しい死骸となって、大裏の隅のあたりに散り落ちている。しかし板塀の上などに、尾を繋いで生き残っているのも、幾組かいた。
鳥や、昆虫のこのような行為が何を意味するか、私はいつともなく知った。しかし生徒達の言うように、また時には大人からも聞かされたが、万物の霊長たる人間(当時、この言葉は私の尊敬する人人の口からもしばしば語られた)の男女の間に、そのような行為が行われるとは、とうてい信じられなかった。例えば父母の間のそのような行為を、心中窃かに窺するだけでも、甚しい冒涜であると思った。
たつという、愉快な女中が来た。初めて私がたつを見たのは、私の家の小便所である。私が便所への戸を開けると、奇怪な姿が目に入った。女がこちら向きに腰を折って、用を足しているのである。女は脚を開き、着物は膝の上まで上げられている。厳格な母は女中達にもそのようなことは絶対に許さなかったので、私は驚倒した。私はあわてて戸をしめた。私が男女の器官に相違があるらしいことを実感した、最初の記憶である。
「おまい、この家のぼんか」
しかし女は私を見ながら、平気で言う。よく見ると、女というより少女で、稚児髷に結ってい、小学校を卒えたばかりの年頃である。私は少し侮辱されたように思ったが、
「ほうや」と答える。
「女みたい、白い顔してるな。わしおたつや。この家へ女子衆に来たんや」
「ふうん」
「広い家やな。見せていな」
「おこられやへんか」
「ほやかて、ゆっくり休んでいって、言わはったもん」
私は先きに立って歩き出した。裏庭には公孫樹の大樹がある。その隣に枇杷の木もあるが、公孫樹の勢に圧せられ、反対側ばかりに枝を伸している。
「いかい木やな」
たつは公孫樹の側へ走って行き、両手を広げてその幹に抱きついた。
「西光寺さんのよりいかいな」
私は構わず歩いて行く。たつは直ぐ追いつき、後から言う。
「おまい、何ちゅう名や」
「晋って言うんや」
「ふうん。ほんでも、女みたい顔してるな」
私は馬鹿にされているようで、少し腹が立つ。が、今度はたつが先きに立って歩いて行く。木戸を開けると、梅林である。
「梅ならうち家にもあるわ。けんど、梅は酸いさかい、ほない好かん」
「砂の中へ入ると、おこられるぞ」
自然石を土で重ね、その上にむべ垣がある。それを廻ると、苔を敷き詰めた前栽である。赤松を主にし、高野槙、五葉松、檜、椎、ゆずりは、山茶花等が植え込まれている。楓も目立って多い。私は飛石伝いに歩いて行った。
「苔を下駄で踏むと、おこられるぞ」
「ようおこる家やな」
築山の裾に、幹が六本に分れた松の木がある。
「よし、あれに上ったろ」
たつがそう言ったかと思うと、突然、跣になり、駆けて行き、その一本の幹を上り始めた。たつは実に巧に上って行く。しかし私はすっかり度胆を抜かれた思いで、声を発することもできない。たつははだけた膝を巧に屈伸して、既に高く上って行く。
たつは松の一枝に腰かけ、二本の脚を垂れた。それからひどく気取った恰好で、片手を額に当てる。小手にかざしたつもりらしい。たつが何か言っている。しかしその声は聞えない。私は初のうちは呆気にとられたが、次第に愉快になって来た。
「たつ、東京が見えるか」
しかし私の声も聞えないらしい。たつはやっと下り初める。上る時と同じく脚を屈伸して下りて来る。地上近くになると、たつは脚を伸したまま、滑り下りた。たつは気負立った風に、顎を突き出して言う。
「九居瀬が見えたわ」
「九居瀬てなんや」
「知らんのか、わしの在所やないか。愛知川の上や」
「愛知川やったら、川並山へ登らな見えやへんわ」
しかしその翌朝から、たつは母に叱られ通しである。まず言葉遣いが悪いといって叱られる。
「目上のお方に、『来やはった』とはなんや。『来なさった』とか、『お出でやした』とか言うもんや」
また行儀が悪いといって叱られる。
「女のくせに、なんや、ほないに立ちはだかって」
しかしたつはあまり悲しそうな顔はしない。むしろ何のために叱られているのか、解せない風である。それがまた母の小言の種になる。
「ほんまに横着な、蛙の面に水とは、このことや」
しかしたつは使い歩きは素晴しく早い。その点だけは、至ってせっかちな母の気に入ったようである。
「たつは、はい帰って来たのかいな。手紙は確かに入れて来たのやろな」
「うん、ちゃんと入れて来たが」
「ほれ、また『うん』、ほれがいかん。『はい』とか、『へえ』とか言うのやほん」
三年生になった。担任は里内校長先生である。しかし先生は休まれる日が多い。代って、西村先生や、礒田先生から授業を受ける。西村先生は中学校を出たばかりで、和服に小倉袴を着け、威勢のよい先生である。礒田先生は老先生で、女生徒達のお下げ髪を結び合せたりする。私は新学年になった緊張感をあまり感じない。
母の厳格な躾には、さすがのたつもかなり応えているらしい。母の目を逃れては、私が遊んでいるところへやって来る。
「何してるんや」
そう言って、暫くは神妙にしているが、たつは直ぐ威勢よくなる。
「晋さん、睨み合いしょ」
たつは私の方を向き、折り曲げた両腕で勢よく自分の脇腹を叩きながら、大きな声で言う。
「だるまさん、だるまさん……」
子供のくせに、私は睨みっこは強い。全く別のことを考えていればよい。が、たつは私を笑わせようと、片目をつむったり、口を歪げたりしては、自ら噴き出してしまう。すると、たつはいきなり私の大きな太鼓を引きずり出し、足を男のように踏み開き、桴を振り上げて、勢よく打ち鳴らす。
「九居瀬の太鼓や」
九居瀬の祭礼の太鼓の鳴らし方の意で、たつはひどく得意である。
また木のぼりに限らず、高い所はたつの好む場所のようである。たつは水屋の屋根に上って、母に激しく叱られたこともある。
ある時、たつが顎を上げ、私の前へ喉を突き出して言う。
「こそぼってみやい。わしらなんともないわ」
私は一寸ためらったが、そっとたつの喉に指を当てる。たつは平気な顔をしている。
「ほれみ、どうもないやろ。晋さんもこそぼってみたろか」
「ほんなもん、わしらこそばいもん」
「あかんこっちゃな。わしら腋の下かて、こそばいことないわ。ほら、こそぼってもよいわ」
たつは両腕を上げる。私は誘われるように、たつの両腋に手を入れる。途端に、たつは大きな声を発し、腕を窄める。
「わあっ、こそぼ。やっぱりこそばいもんやな。ほうや、晋さん、こそぼり合いしやへんか。じゃんけんで負けた方がこそぼられるんや」
「ほんなこと、かなん」
「晋さんは喉だけやが、なあ、しようまいか」
自分の手で、自分の喉や腋を擽っても、何の感じもない。若しも、睨みっこの場合のように、全く別のことをでも考えておればどうだろう、と私は考える。すると、妙な好奇心も湧く。
私は承知する。初めのじゃんけんは私が勝った。
「今度こっさり、こそぼがらんほん」
たつは自分から腕を上げる。が、私が手を伸すと、たつはいきなり腕を窄め、また大きな声を出した。
「わあっ、こそぼ」
「こそぼいて、手もさわったらへんのに」
「ほやかて、何や知らんが、こそぼかったもん。今度こっさりや」
たつはまた腕を上げる。私は素早く手を差し入れる。たつは腕を窄め、苦しげに笑いながら、上体をくねらせた。
「わああ、こそぼかった。けんど、これ、おもろいな」
次ぎは私が負ける。私はたつの前に喉を突き出し、算術の加え算をする。たつの指が喉に触れる。やはりひどくこそばゆい。私は顎を引き、たつの手を外す。
その次ぎも私が負ける。が、奇妙なことに、この時は私の負けを意識したというか、少くとも予期したような記憶が微かにある。ところが、たつがいきなり私の腋の下に手を差し入れる。私はたつの違約を責めようとするが、あまりにくすぐったく、物も言えない。体をよじって、私はやっとたつの手から逃れる。たつが面白そうに笑いながら、手を振って言う。
「じゃんけん、じゃんけん……」
「もう、わし、せん」
「なんでや。ほんなこといわんと、もっとしようまいか」
不意に、不思議な感情が湧いた。或はたつが約束を破ったことに対する、闘志のようなものであったかも知れない。
「よし、ほんならやろ」
「やろ、やろ」
今度は私が勝った。たつは僅かに脇をあけたが、私が手を上げると、直ぐ腕を縮める。たつは二度、三度と同じことを繰り返す。
「なんやい、たつて、わりにとろくさいのやな」
「よし、ほんなら、こうや」
たつは両手を頭の上に上げ、両手の指を組み合せる。
「もう、どうなっとして」
私は思い切ってその腋の下に手を当てた。
「わあっ」
たつはあわてて腕を下し、私の手を締めつける。が、そのため、私の手は却って八つ口からたつの腋の中に入ってしまう。
「こそ……こ、こ、こそ……ぼ……」
私の指はたつの肌に触れている。私は得体の知れぬ気持になる。報復の快感というより、或はより性欲的なものであったかも知れない。しかし私の両手はたつの両腕に挟みつけられ、引き抜くこともできない。私は逆に私の指を動かす。
「く、く、くるし……」
たつは体を右に、左に振って苦しむ。その顔は醜くゆがみ、紅潮している。最後に、たつは反りかえる恰好になり、斜め横に倒れる。その膝が割れ、膝小僧が出ている。が、たつは上体を伏せて、動かない。
「ああ、苦しかったわ」
たつはやっと起き上った。その目には涙が光っている。が、たつは膝の着物を合せてから、意外なことを言う。
「けんど、なんでや知らんが、よい気持やわ。今度は、晋さんやかて腋の下やぞ」
が、その時、たつを呼ぶ母の声が聞える。たつは舌を出して、出て行った。
四年生になった。担任は小野先生である。脇村先生が校長になられる。この年、次兄が膳所中学校に入学した。次兄は極めて温和な性質であるが、体格が群を抜いて大きく、太ってもいる。従って次兄の存在は無言のうちに生徒達を圧していたわけである。その次兄がいなくなってみると、学校では私は自然に緊張を感じる。
弟の明のことが私の記憶に残るようになったのも、この頃からである。私の六つの時の母の大病は、弟を出産した彼の産褥熱であった。以来、弟は本家の祖母の許で育てられていたからでもあるが。