Chapter 1 of 6

Chapter 1

石田周吉というのは痩せた背の高い男である。彼の身体は一寸薄弱そうに見えるけれど、何処か丈夫なものを身内に包んでいるような観がある。始終健全ではないが、またそのままにじりじりと如何な無理をも通してゆけそうに見える。実際彼のうちには不思議な大きいものが在る。注意の対照となるものを凡て自分のうちに引きずり込んで、それで彼はじっと落ち付いている。誰も彼が激しい言葉を発するのを見た者はない。どうかすると頬の筋肉がびくびく震えることもあるが、それも一瞬間のうちに表皮の下に隠されてしまって見えなくなる。凡てのものが心の奥へ潜入してゆくのだ。然しそうして彼の心の奥には何が蓄積されたか? 誰も、恐らくは彼自身と雖も、それを云い得ないであろう。恐ろしい深いそして暗い穴だ。其処をふと覗く時、人は皆ある重苦しい圧迫をさえ感ずる。彼のうちには恐ろしく力強い彼一人の把持する世界が、そして恐らくは空虚な世界が、あるらしい。

最近彼のうちには何か変化、というより寧ろ推移があったらしい。一人で散歩している時など、よく彼は急に足を早めることがある。何かに追われるといった風だ。それからまた彼の眼の光りも濁ってきた。ともすると彼は力ない弱々しい眼付でじっと眼鏡越しに空間を見つめながら、唇をきっと結んでいることがある。その眼付には空虚な憂鬱があり、その口元には強い意力が籠っている。「空虚の中の力」というのは、最近の彼の外貌が示すその内心を最もよくいい現わした言葉であろう。

彼はお島という女と一緒に小さい一戸を構えている。物質的には乏しい生活をしているが、相変らず種々な努力を続けているらしい。

彼は次のように、約二年ばかり前からの恋物語りを告白する――。

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