Chapter 1 of 2

むかし、台湾の南のはじの要害の地に、支那の海賊がやつてきて、住居をかまへましたので、附近の住民はたいへん困りました。殊にその海賊の首領は、頭に角が一本ある鬼で、船には守神として黄金の猫をもつてるといふので、「金の猫の鬼」と綽名されてる、気性の荒々しい大男でした。

「金の猫の鬼」をどうかしてたちのかせたいと、附近の住民たちはいろ/\相談しましたが、よい考へも浮かびませんでした。

それをピチ公がきいて、よし俺が行つてやらうといふので、一人でのこ/\出かけていきました。――ピチ公といふのは、元気な快活な少年で、魚が網ですくはれた時のやうにいつもぴち/\してるので、みんなからさう呼ばれてるのです。

ピチ公は散歩にでも行くやうな気持で、口笛をふきながらやつていきました。野を横ぎり、丘を越え、森をつききつて、「金の猫の鬼」の住居の方へと進みました。

ところが、森がいつまでも続いて、方向が分らなくなりました。しかも、道が二つに分れてゐます。

その分れ道のところに、変な男が、木を切るやうな風をしながら、煙草をすつてゐました。ピチ公は平気で尋ねました。

「『金の猫の鬼』のところへ行くには、どつちへ行つたらいゝんですか。」

男は眼をちらと光らして、答へました。

「右へ行きなさい。」

――まてよ、とピチ公は考へました。こいつは変な奴だ。右へ行けといつたが、俺の方から見た右は、こちらを向いてるこの男から見れば左だし、この男から見た右は、俺には左だし……はてな。

ピチ公は思ひきつて、左の方へ――その男から見れば右の方へ、進んでいきました。男は何ともいひませんでした。

それから、いくら行つても森ばかりでした。ピチ公は心細くなつて、道をまちがへたのではないかと思つてると、また変な男に出逢ひました。

「『金の猫の鬼』のところへは、こつちから行けますか。」とピチ公は尋ねました。

「わたしは知らない。」と男は答へました。「この先に行くと、ひとが三人ゐるところに出るから、そこでききなさい。」

それから暫く行くと、少し森の開けたところに出て、そこに変な男が二人ゐました。

――はてな、とピチ公は考へました。あいつは三人といつたが、二人きりゐない。だが、俺を加へると三人になるし……。

ピチ公は思ひきつて、「金の猫の鬼」の住居を尋ねてみました。

「この森を出ると、すぐそこだよ。」と二人の男は答へました。

なるほど、暫くすると、森から出ました。その向うの丘の上に、大きな土蔵のやうな家があつて、そり返つた太い剣をもつてる番人が、入口に立つてゐました。

ピチ公は平気な顔で進んでいきました。そして、右手をあげ、それを左から逆に額にかざして、おどけた顔をしながら、失敬、といつてやりました。

番人はにやりと笑ひました。ピチ公を仲間の少年と思つてか、黙つて通らせました。

土蔵の中には、広い廊下があつて、その左右に、幾つも扉がありました。そしていちばん奥の扉には、金の猫の模様がついてゐました。

――これだな、とピチ公は考へました。

ピチ公はその扉を叩きました。

「誰だ。」と大きな声が中から響きました。

「僕です。」とピチ公は答へました。

「僕とは……誰だ。」

「わたくしです。」

「わたくし……一体誰だ。」

「俺だ。」とピチ公は大声でいひました。

「オレ……。」

「この俺。」

「コノオレ……をかしな名前をいふな。はひつてこい。」

ピチ公は扉をあけて、中にはひつていきました。

室の中には、三方の壁に、いろんな武器がいつぱいかゝつてゐて、方々に、いろんな骨董品が並んでゐて、その真中に、赤い絨毯の上に、額に角みたいな長い瘤のある大男が、あぐらをかいて、酒を飲んでゐました。

彼は酔つた眼付を、じつとピチ公の上にすゑました。

「コノオレといふのはお前か。何しに来た。」

「あなたは、海賊でせう。僕は海賊が大好きだから、手下になりに来たんです。」

「うむ、面白い気性の子供だな。丁度退屈してたところだ。まあ酒でもつげ。」

細長い酒瓶と、大きな盃でした。ピチ公はお酌をしてやりました。そして彼が一杯飲むと、眼瞼をぱちぱち動かしてみせました。二杯目には、鼻の頭をひくひく動かしてみせました。三杯目には、耳をぴく/\動かしてみせました。海賊はその度に大笑をして、すつかり機嫌よくなつて、酔つ払ひました。

その時、手下の男がはいつてきて、彼の耳に何かささやきました。彼はむつかしい顔付をして、手下の男といつしよに出て行きました。

ピチ公は一人になると、きふにおそろしくなりました。自分のことがばれたのかも知れない。殺されるのかも知れない。とそんな気がして、あたりを見まはしました。すると、海賊の首領が坐つてた後の方の棚の上に、金の猫がのせてあるのが、眼につきました。どうせばれたのなら……といふ気持から、元気が出て、彼はその金の猫をとつて、室の外にとび出しました。

入口と反対の方へ逃げだすと、岩山の上に出て、下はすぐ海でした。

ピチ公は逃げ場所に困つて、岩のかげに隠れました。

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