六
下仁田街道から国境を越えて、信州の南佐久へ入った山崎譲と七兵衛は、筑摩川の沿岸を溯って、南へ南へと走りつづけます。この二人の行手は説明を加えるまでもなく、南条、五十嵐らの浪士のあとを追って行くものであります。しかしてまた南条、五十嵐らの浪士は、がんりきの百をところの案内として、甲府城をめざして進んで行ったことも明らかであります。彼等は、甲府の城を拠点として、容易ならぬ陰謀を企てんとしていることも明らかであります。
それを察した山崎らは、事の発せざるうちに、その巣窟を覆してしまわなければならぬ――蓋し、南条、五十嵐らは強力に身をやつして都合五人で、この山道へ分け入ったけれども、必ず何れかに根拠地があって、そこでひとたび合図をすれば、なお幾多の同志が続々と集まって来ることにはなっているだろう。また山崎こそは単身で、あとを追いかけたようなものだが、甲府の地へ足を踏み入れた時は、勤番の武士は一呼して皆、その味方になるべきはずである。
しかしながら、どう間違ったものか山崎と七兵衛との二人は、ついに南条、五十嵐らの一行を突き留めることができないで、甲府の城下に着いてしまいました。山崎も七兵衛も、その用心にかけては優劣のない方ですから、同じ道を通ったならば、彼等に出し抜かれるはずはない。道を違えたものか、或いは横道をして外らしたものか、それはとにかく、早く甲府の城下へ到着することが先手である、と思ったから二人は、無二無三に甲府の城下へ到着しました。
城下へ着いて見たが、甲府城の内外には別に変ったこともない。今や勤番支配の駒井能登守もおらないし、組頭であった神尾主膳もいないが、そんなことは、別段にこの二人に交渉のあることではありません。
「山崎先生」
「何だ」
「久しぶりで甲府の土地へ足を入れて、はじめて思い出した事がありますよ」
「それゃ何事だ」
「ほかの事じゃございません、百の野郎がここの土地へ、いい寝かし物をしておいたことを、いま私が思い出しました。おそらく、百の野郎も忘れていやがると思いますが、そいつをひとつ取り出して来て、旦那のお目にかけましょうかね」
「何だい、その寝かし物というのは」
「そりゃ刀でございます、名刀が一振かくしてあるんでございます」
「ナニ、名刀? 名刀なら有っても決して邪魔にはならねえが、名刀にも品がある、お前たちのいう名刀は、あんまり大した代物ではあるまい」
「それがなかなか素敵で、出処が確かなものなんですよ」
「古刀か、新刀か。在銘のものか、ただしは無銘か」
「古刀のパリパリで、たしかやすつなと言っていましたよ」
「やすつな? やすつなもいろいろあるからな、出羽にもあれば、下坂にもあるし、薩摩にも、江戸にもあるんだ、出来のいいのもあるが、そんなに大したものじゃなかろう」
「そんなんじゃございません、因州鳥取あたりにそのやすつなというのはございませんかね」
「因州鳥取にやすつなという刀鍛冶は聞かねえが……そうそう伯耆の国に安綱があるが、こりゃあ別物だ」
「それそれ、その伯耆の安綱でございますよ」
七兵衛がこういうと、山崎譲は、
「ふふん」
と鼻の先であしらい、
「伯耆の安綱といえば古刀中の古刀で、大同年間の人だ、名刀鬼丸を鍛えた刀鍛冶の神様と言われる大名人だ、伯耆の安綱がそんなにザラにあって堪るものかい」