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天皇 誰が日本民族の主人であるか
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天皇 誰が日本民族の主人であるか
蜷川新
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译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 3 of 29

2 天皇退位の問題

「降伏日本」と称する一大醜態は、日本の人民がつくりだしたものではない。それは天皇自身がつくられた、日本国はじまって以来の一大事態である。日本民族のために、すなわち、主権の本体である「人民の集合体」のために、この未曽有の一大恥辱をこうむらしめたことは、天皇の負わるべき重大な責任である。

旧憲法にもとづいて、天皇には責任がないととなえる人は、今日の民主日本の人民たる権利と道義とを、そなえていないものである。そのはなはだしく卑屈な人にいたっては、「戦争をおわらしめたのは、天皇であった。天皇は、日本民族を危地から救いだされたのである。」と、声高らかにとなえ天皇の仁徳をたたえるものすらある。

それは、開戦の宣言は天皇がおこなわれ、戦争の継続は天皇が指揮されたという事実を、まったく棚にあげて、ただ、たんに終戦の一事実のみをとらえて、この戦争をものがたっている人のことばである。私は、これらの人の賛辞を、古風な、且つ卑怯者のヘツライであると見るものである。人民の苦痛を念とせられるならば、天皇はもつと早く、戦争休上を命じらるべきであった。

天皇は、無謀の戦争をはじめられた。そうして、人民の空しく死屍となって海外に捨てられたもの、海中に葬られたものは、じつに二百万人にたっしている。戦禍をこうむったものにいたっては、数千万人の多きにおよんでいる。日本の領土は半分に減った。物資はうしなわれた。植民地はことごとく、うばわれた。八千万人の今後の生活は、至難をきわめている。天皇は、深夜、鬼哭啾啾の悲惨を、天と地とに接して、しずかに聞かるべきである。

天皇は、「情は父子である。」と、人民にむかって宣べられたが、その仁心をもって、全人民にたいし、「この一大惨禍は、じつにわれの責任である。」と、みずから、わびらるべきであった。聖武天皇のような昔の天皇は、天災地変が生じたときには、それは天皇の徳が不足していたからだと言って、天地にたいして、その身を責められたものである。それあってこそ、はじめて「情は父子なり」の勅語も、意義をもつのである。

しかるに今日の天皇は、このことをおこなわれなかった。そうして、終戦後、全国各地に悠々と旅行なぞせられた。それでは、賢明仁慈の天皇とは、今の人も、将来の史家も、たたえることをしないであろう。けだし、このようなことは、輔弼の大臣や側近の者たちに、賢明な人物がひとりもいないためであろう。

天皇の側近の者は、マックアーサーに天皇を紹介して、その住宅に、天皇をして訪問せしめた。それは、天皇を戦犯の危地から脱せしめる方策であったと伝えられている。マックアーサーは、天皇とならんで写真をとった。そのマックアーサーは、あたかも元首のごとく、先輩のごとく身がまえ、その天皇は、あたかも恩師にたいする子弟のごとき直立の姿勢に写っていた。それが社会に公表されている。これは、日本天皇の名誉ではありえない。これは、天皇の側近者の人物が、はなはだしく小粒であることを示した一場面である。

米人の新聞記者マークゲーンの書いた『ニッポン日記』によれば、マックアーサーは三回めの対面にはじめて、「陛下と呼んだ。」ということである。一回と二回とは、占領軍総司令官としての威厳をたもって、天皇に接したことが、それでよくわかる。

天皇は降伏されたけれども、降伏の手続きは、参謀総長と外務大臣とにとらせていられる。それで、占領時の天皇の対敵態度はおわるべきであった。天皇は、それよりもまず、日本人民にむかって、その過失をわびられ、かつて公言された「父子の情」をしめされ、全人民をして、天皇の至情に感泣せしむべきであった。天皇は降伏の放送を、みずからなされたのである。さらに、その歩をすすめて、人民にむかって直接に、その悔悟の誠意を述べらるべきであった。天皇は過まっておられる。

天皇は、道義上、人民にたいして責任がある。天皇は、その責任を自覚され、その地位を去られるのが、天皇として至当である。皇室典範のごときは、どうにでもなるのである。権力のまったく伴なわない今日の皇位に、天皇権力万能主義をもって、多年、天皇の地位におられた人が、旧のごとくに恬然として坐っておられるのは、威儀あるものとは、すべての人類からは見られえないであろう。

正直な学者や、天皇のために名誉を思う人びとは、天皇の退位を、公然と論じたのであったが、それは至言であった。「天皇の退位を論じる人間は、非国民である。」と口走った内閣員が一人あったといわれるが、その人こそは不誠実の人である。

今の日本には、人民に主権がある。天皇を無権力のものとさだめ、ただたんに法律上、意義のないシンボルとしたのは、じつに日本人民である。(憲法第一条)その日本人民が、天皇にかんし、すなわち一人の人間にかんして、その退位を論じることは、人民の自由でなければならない。それは基本人権の作用である。その自由の人民を指して「非国民」であるとののしるがごときは、人間の基本人権を軽んじるものである。それは憲法の無視者である。すなわち「国の組織」を破るものであって、その人こそは、じつに非国民であるといえる。

天皇は、退位されるべきである。そうして、今の皇居から天皇家を、いっさい引きはらわれ、今後は適当の官舎に住まわれ、その経済をちぢめられて、人民の負担をへらすの誠意をしめされ、人間として、正しく、たのしく、「健全に生存」せらるべきである。

幕末において、幕府方と朝廷方とは、国際法上の二つの交戦団体となった。海外の列国は当時、局外中立を宣言したのであった。幕府方の主脳であった将軍、徳川慶喜は、戦わずして朝廷方に降伏を申しいれた。その結果として、江戸城は朝廷方に、降伏規約をもって、引きわたされたのである。

幕府方は、俗人史家が論じているような「賊軍」ではなかったのである。すなわち江戸城は、戦争によって天皇方が手にいれた一大戦利品ともいうべきものである。江戸城はこうして朝廷方のものとなった。そうしてそれは、一国の新しい主権者の居城となったのである。徳川家康以来およそ二百七十年間にわたって、江戸城はじつに日本の主権者の居城であった。

しかしながら、今日の天皇は、すでに日本国の元首ではない。権力の主体ではない。ただたんに、シンボル(象徴)にすぎないのである。シンボルの法律的の解釈は、別にこれをおこなうことにするが、そのシンボルには、主権者の居城は、住宅としては、不釣りあいである。もはや、その用法を変えるべき時である。

日本の新憲法によれば、皇室の財産は、すべて「日本の国」にゆずられたのである。(憲法第八十八条「すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。」)

天皇は、旧時のように、宮城をそのまま占有して、それを住まいとしておられる権利をもっていないのである。法律をもって、この憲法第八十八条は、それを動かすことは絶対にできないのである。天皇は、憲法にもとづいて、この法理を守らるべきである。(憲法第九十九条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。」)すべて憲法に反する行政は、憲法上、無効である。(憲法第九十八条「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」)

人民は、この法理を、みずから打ちけす権利を有してはいない。国会も政府も、この点の理解をまったく欠いている。それは憲法上、不法である。世の偽善者は、あるいは、この議論に反対するであろう。しかしながら、偽忠は、民主日本から見るならば、それはゆるすべからざる不逞の思想といえる。

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