巨万の懸賞付で奇談の競技
「久し振りで此の会を開きました。さぞ皆様は奇談、怪談、珍談を山の如く用意して下すったことと思います」
奇談クラブの集会室、幽幻な感じのする真珠色の微光が、承塵の裏から室全体を海の底のように照して居る中に立って、幹事の今八郎は斯う口を開きました。
「世の中が斯う平凡に組織立って来ると、私共の生活は極めて安全ではあるが、その代り面白味も可笑味も無くなってしまいます。何方を向いても常識と規則ずくめの中から、魅惑と刺戟とを求めようとするのは、丁度沙漠の中で清水を求めるようなもので、なかなか容易の事ではありません。――そこでこの会の会長吉井明子嬢が、無事と平凡とに苦しめられて居る皆様を救う為に、巨万の富を賭けて、皆様の中から血の滴るような奇怪を求めることになったのであります」
十何人の会衆の眼は、期せずして、今八郎の直ぐ側、安楽椅子に埋まり加減に凭れて居る、黒っぽい洋装をした麗人に注がれました。言うまでもなく、これは想像も付かないような大財力を擁する、吉井合資会社の女社長で、猟奇に耽る特殊の人達を集めた、奇談クラブの会長を兼ねた、シエヘラザーデ姫の如く賢こく、シエヘラザーデ姫の如く美しい――吉井明子嬢だったのです。
今八郎は、そんな事に構わず、落ち付き払った調子で話を続けました。
「ところで、その方法と言うのは、此処に集った十二人の会員が、銘々一つ宛秘蔵の話を持ち寄って、一と晩に一つずつ、十二日間に亙って競技を続け、最後の十三日目の晩に、十二の話のうちから互選投票で一等二等三等を定めるのです」
巨万の賞金と聞いて、会員達の間には、さすがに不思議な亢奮と、囁きが起りましたが、教養のある人達だけに、間もなくその亢奮も鎮まって、今八郎の話は静かに続きます。
「但し要求するお話は、架空の物語ではいけません。お話なさる事には、一々確かな証拠又は文献のあることで、話が極めて怪奇であるばかりでなく、本当に切れば血の出るような真実性と、聴く者の魂を揺り動かすような、魅力を持って居なければならないのです。お話の順序は、用意の都合もあることでしょうから、なるべく御申出順に従うことにし、差し向き今晩は、江柄三平君が驚天動地の奇談を御用意下すったそうですから、第一話として、それをお願いすることにいたしました。江柄氏を御紹介いたします」
江柄三平は、さし招かれて卓の前に立ち上りました。名前は弱い武者修業見たようですが、人柄はまことにいきな一九三一年型の好青年紳士です。
「私は江柄三平と申します。鉄工場に技師をいたして居ります。腹の底からの機械士で、小説や物語を作る才能は絶対に持ち合せませんから、此の物語も正真正銘の事実で、今さんのお言葉を仮りて言えば、切れば血の出るような真実性とやらは、フンダンに持って居る積りであります。――いや、事実か事実でないか、本当の事は私にも解りません。兎に角、思いもよらぬ事から、十一代前の祖先、当時三百石を食んだ、旗本江柄三十郎宗秋の書き遺した記録を発見して、あまりの不思議な物語に、私自身すっかり面喰って居る次第で、今晩此の席で申し上げるのも、実は皆さんに聞いて頂いて、こんな奇怪なことが、本当にあるものかどうか、それを判断して頂き度い為であります」
話は大分大袈裟です。奇談には馴れ切って居るクラブの人達も、江柄三平の真剣な態度には、思わず引き入れられて聞耳を立てました。
「率直に申し上げると、私の祖先の江柄三十郎宗秋と言う旗本が、明暦年間、その頃八百歳以上になる美女と契ったというのであります。十八歳の間違いではありません。確かに八百歳です。ハガードの小説に、三千年以上生きて居た美女の話がありますが、それは全く架空の小説で、事実ではありません。
尤も支那は昔から練丹とか仙術とか、長生不死の術とかを研究した国で、仙人伝などには想像もつかぬ長生の例が書いてあります。日本にも貞観年間に京で箸を売って居た老人が、齢数百歳であったらしいとか、宝暦年間、若狭の国の白比丘尼が、東国の高崎の比丘尼と、五百七、八十年間の源平時代の話をして来たとか、この種の例は沢山あります。併し、私は決してこんな事を衒学的に並べるのが本意ではありません。早速本題に立ち還って、江柄三十郎宗秋の経験した、恐ろしい物語をお伝えすることにいたしましょう」