Chapter 1 of 9

「永い間斯んな稼業をして居るが、變死人を見るのはつく/″\厭だな」

捕物の名人錢形の平次は、口癖のやうにかう言つて居りました。血みどろの死體をいぢり廻すのを商賣冥利と考へる爲には、平次の神經は少し繊細に過ぎたのです。

それが一番凄慘な死體と逃れやうもなく顏を合せることになつたのですから、全くやりきれません。

「ガラツ八、手前は大變なところへ、俺を引張つて來あがつたな」

「繩張り違ひは承知の上ですが、布袋屋の旦那が、石原の親分ぢや心もとないから、錢形のに見て貰つてくれつて言ひますぜ」

「つまらねえお節介だ」

舌うちを一つ、それでも振りもぎつて歸ることもならず、柳橋の側に繋いだ屋形船の簾を分けました。中は血の海。

子分のガラツ八が差出した提灯の覺束ない明りにすかして見ると、若い藝妓が一人、銀簪を深々と右の眼に突つ立てられて、仰向け樣に死んで居たのです。

「あツ」

死體嫌ひの平次は思はず顏を反けました。若くも美しくもある樣子ですが、半面血潮に染んで、その物凄さといふものはありません。

「これは酷い」

そのうちに平次は職業意識を回復して、一歩女の死體に近づきました。

紅の裳を蹴返して踏みはだけた足を直してやると、一番先に目についたのは手。

「何か持つてゐますぜ」

ガラツ八が注意するまでもありません。平次は早くも近寄つて見ると、苦惱に歪んだ女の左手に握つたのは男物の羽織の紐、その頃流行つた太く短い絹眞田で、爭ふはずみに引き千切つたらしく、紐の耳にはり取つたばかりの乳が付いて居ります。

「これは良い手掛りだ」

其紐をり取つた絽の男羽織が、脱ぎ捨てた儘に放り出してあるのを、ガラツ八は少し得意らしく拾ひ上げました。

女の前髮は掴んで引られたやうで目茶滅茶に崩れて居りますが、外に傷らしいものは一つもありません。

眼に突つ立てた銀簪は、鷹の羽を淺く彫つた平打の丈夫な品で、若い藝妓の頭を飾るにしては少し野暮です。

それを松の葉になつた足の方三寸ほども、人間の眼の中へ突き立てたのですから、鐵槌で叩いたのでなければ、恐ろしい強力です、――何うして刺したらう――平次はフトそんな事を考へて居りました。

「親分、布袋屋の旦那が、ちよいとお話申し上げたい事があるさうで――」

岸から小腰を屈めて、恐る/\船の中を覗込んだのは、凉の一行に立交つて居た幇間の金兵衞です。

「此處で宜しければお目にかゝりませう――、と言つて貰はうか」

「へエ」

平次は小首を傾げて、虐たらしい殺されやうをした女の頭を見詰めて居ります。其處には、不思議に落ち散りもせず玳瑁の櫛と、珊瑚の五分玉に細い金足をすげた簪がもう一本あつたのです。

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