一
「やい、ガラツ八」
「ガラツ八は人聞きが惡いなア、後生だから、八とか、八公とか言つておくんなさいな」
「つまらねエ見得を張りあがるな、側に美しい新造でも居る時は、八さんとか、八兄哥とか言つてやるよ、平常使ひはガラツ八で澤山だ。贅澤を言ふな」
「情けねえ綽名を取つちやつたものさね。せめて、錢形の平次親分の片腕で、小判形の八五郎とか何とか言や――」
「馬鹿野郎、人樣が見て笑つてるぜ、往來で見得なんか切りやがつて」
「へエ」
捕物の名人、錢形の平次と、その子分ガラツ八は、そんな無駄を言ひ乍ら、濱町河岸を兩國の方へ歩いて居りました。
逢へばつまらない無駄ばかり言つて居りますが、二人は妙に氣の合つた親分子分で、平次のやうな頭の良い岡つ引に取つては、少し腦味噌の少ない、その代り正直者で骨惜しみをしないガラツ八位のところが、丁度手頃な助手でもあつたのでせう。
「ところで、八」
「へツ、有難てえことに、今度はガラ拔きと來たね。何です親分」
「今日の行先を知つて居るだらうな」
「知りませんよ。いきなり親分が、サア行かう、サア行かう――て言ふから跟いて來たんで、時分が時分だから、大方『百尺』でも奢つて下さるんでせう」
「馬鹿だね、相變らず奢らせる事ばかり考へてやがる――今日のはそんな氣のきいたんぢやねえ」
「へエ――さうすると、何時か見たいに、食はず飮まずで、人間は何里歩けるか、お前に試させるんだ、てな事になりやしませんか」
「いや、そんな罪の深いのぢやないが――變な事を聞くやうだが、手前、身體を汚したことがあるかい」
「身體を汚す?」
「文身があるかといふことだよ、――實は今日兩國の種村に『文身自慢の會』といふのがあるんだ」
「へエ――」
「これから覗いて見ようと想ふんだが、蚤が螫した程でもいゝから、身體に文身のない者は入れないことになつて居る」
「それなら大丈夫で」
「あるかい」
「あるかいは情けねえ、この通り」
袷の裾を捲つて見せると、成程、ガラツ八の左の足の踝に筋彫で小さく桃の實を彫つたのがあります。
「ウ、フ、――その文身の方が情けねえ」
「さう言つたつて、これでも蚤の螫した跡よりはでかいでせう。――一體そんなことを言ふ親分こそ身體を汚したことがありますかい」
「眞似をしちやいけねえ」
「何べんも親分の背中を流して上げたが、つひぞ文身のあるのに氣が付いたことがねえが――」
「それア、手前がドヂだからだ、文身は確かにある」
「ちよいと見せておくんなさい」
「往來で裸になれるかい、折助やがえんぢやあるまいし」
「見て置かねえと、何とも安心がならねえ。向うへ行つて木戸でも衝かれると、錢形の親分ばかりぢやねえ、この八五郎の恥だ」
「餘計な心配だ」
無駄を言ふうちに、兩國の橋詰、大弓場の裏の一廓の料理屋のうち、一番構への大きい『種村』の入口に着きました。
「入らつしやいまし」
「錢形の親分がお出でだよ」
「シツ」
大きい聲で奧へ通すのを、平次は半分目顏で押へました。種村の前に世話人が四五人、怪し氣な羽織などを引つ掛けて、一々出入りの人の身體を檢べて、手形代りに文身の有無を見て居りますが、平次は顏が賣れて居るせゐか、不作法な肌を脱ぐ迄もなく、其儘木戸を通されて、奧へ案内されたのです。
川に面した廣間を三つ四つ打つこ貫いて、如何にも文身自慢らしいのが、もう五六人も集つて居りますが、平次は別段その中から人の顏を物色するでもなく、
「親分、石原のが來て居ますぜ」
と袖を引くガラツ八を目で叱つて、隅つこの方へ神妙に差し控へました。