Chapter 1 of 10

「親分、手紙が參りました」

「どれ/\、これは良い手だ。が、餘程急いだと見える」

錢形平次は封を切つて讀み下しました。初冬の夕陽が這ひ寄る縁側、今までガラツ八の八五郎を相手に、將棋の詰手を考へて居る――と言つた、泰平無事な日だつたのです。

「使の者が待つて居りますが――」

ガラツ八は膝つ小僧を隱し乍ら、感に堪へて居る平次を促しました。

「待てよ、手紙の文面は、――至急相談したいことがあるから、此使の者と一緒に來て貰ひたいと言ふのだ。場所は柳橋、名前はない。――言葉は丁寧だが、四角几帳面な文句の樣子では、間違ひもなく武家だ、――使ひの者はどんな男だ」

「女で」

「それぢやお茶屋の女中だらう、――手前行つて見な」

「あつしが行くんですかい」

「お茶屋から岡つ引を呼び付けるやうな奴のところへは行きたくねえ、第一この左樣然らばの文句が氣に入らねえよ」

平次は日頃にもなく妙なことを言ひ出しました。

「あつしも嫌ひで、――お茶屋から岡つ引を呼び付けるやうな野郎は」

ガラツ八は内懷から頤の下へ手を出して、剃り立ての青鬚の跡を、逆樣に撫で上げました。

「馬鹿野郎」

「へツ」

「人の眞似なんかしあがつて、――漸く賣り出したばかりの癖に、仕事の選り好みをすると罰が當るぞ」

「へエ――」

「世間でさう言つて居るぜ、神田の平次のところに居る八五郎は、見掛けほどは馬鹿ぢやねえ――とな。手前にしちや大した評判だ。それにつけても、一つでも餘計に仕事をして、腕を上げるのが心掛といふものぢやないか。手前も何時まで居候ぢやあるめえ、――ハツ、ハツ、ハツ、ハツ」

平次はいきなり笑ひ出しました。

「親分」

「俺も人に意見をするやうになつたのが可笑しかつたんだよ。年は取りたくねえな、八」

年は取りたくないと言つたところで、平次はまだ三十を越したばかり、ガラツ八と幾つも年が違ふわけではありません。

「親分、行きますよ。お茶屋だらうが、お寺だらうが」

「お寺と一緒にする奴があるかい」

「物の譬で――」

ガラツ八はそんな事を言ひ乍らも、手早く支度をして、使の者と一緒に飛出しました。

「思ひの外難かしい仕事かも知れないよ。ドヂを踏むな」

念の爲、さう言ひ乍ら、平次は物蔭からそつと覗きました。使の女といふのは、二十二三、柳橋あたりのお茶屋の女とはどうしても思へない、少し武家風な、その癖妖艶なところのある年増でした。

ガラツ八の八五郎は、

「さア參りませう、飛んだお待たせ申しました」

親分の平次見たいな顏をして女の先に立つて行くのを、眞物の平次はほゝ笑ましい心持で眺めて居たのです。

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