Chapter 1 of 8

「親分、子さらひが流行るんだつてネ」

「聞いたよ、憎いぢやないか」

錢形平次は苦い顏をしました。

「赤ん坊なら何處へ連れて行かれても、それつきり判らなくなるかも知れないが、浚はれるのは大概七つ八つから十二三の子だから何んな場所に賣られたにしても、土地の役人なり御用聞なりに、名乘つて出られさうなものぢやありませんか。江戸だけでも何人あるか知れないが、一人も行方が判らないとは變だねえ、親分」

ガラツ八の八五郎も、時々は斯う言つた上等の智慧を出すこともあつたのです。

「だから俺は考へて居るのさ、相手の見當だけでも付かなきア、うつかり手は出せねえ、――だがな八、金や品物を盜られたのなら、働いて取返す術もあるだらうが、子供を浚はれた親の身になつて見れば、諦めやうがあるまい。惡事の數も多いが、信夫の藤太の昔から、人の子を取るほど罪の深いものはないなア」

錢形平次も妙に感傷的でした

「女の子だけを浚ふなら解つて居るが、時々男の子を誘拐す了簡が解らないぢやありませんか」

八五郎はまだ首を捻つて居ります。

丁度その時、

「御免下さい、錢形の親分さんは此方で――」

門口から年配の女の聲、平次の女房お靜は取次に出た樣子です。

「八、また誘拐らしいぜ」

「どうしてそんな事が判るんで、親分」

「女が二人連で、こんなに早く御用聞の家へ來るのはよく/\の用事さ」

「へツ、當るも八卦といふ奴で」

八五郎はガチヤガチヤをやる眞似をしました。

「金座の勘定役石井平四郎樣の御召使が二人でお出でになりました」

お靜が取次ぐのを待つて居たやうに、

「到頭俺の繩張内へやつて來たのか、よし/\此邊が乘出しの潮時だらう、丁寧に通すんだよ」

「ハイ」

引返したお靜、間もなく二人の女を案内して來ました。

「始めてお目にかゝります。私は金座の役人石井平四郎の雇人、霜と申します。御坊ちやまの乳母をいたして居りました。これはお附の小間使春で御座います」

挨拶をしたのは、四十二三の如何にも實直さうな女、その後ろに小さく控へたのは、十七八の大商人の召使らしい美しい娘です。

「平次は私で、――どんな御用でせう」

「大變な事が起りました」

「坊ちやんが誘拐されたんでせう」

「えツ、ど、どうしてそれを」

「お前さんの顏に書いてある」

「えツ」

お霜の驚きは大袈裟でした。

「まア、そんな事はどうでもいゝ、――坊ちやんの見えなくなつた、前後の事を詳しく聽かうぢやありませんか」

平次の調子には、いろ/\の意味が籠つて居さうです。

「かうなんですよ、親分さん、――昨夜戌刻少し過ぎでした。あんまり暑いんで、お春さんが坊ちやんを表の縁臺で遊ばせて居ると、晝買つた花火が箪笥の上にあつた筈だから、持つて來いと仰しやるんださうです。店には多勢人が居るし、まだ往來もある頃だから、何の氣なしにお家へ入つて、花火を搜して持つて出ると、ツイ今しがたまで遊んで居た、坊ちやんの姿が見えないんです」

「手間は取らなかつたらうな、お春さん」

平次は乳母の饒舌を少し持て餘したやうに、側で默つて俯向いて居るお春を顧みました。

「いえ、ほんの煙草なら三服吸ふ間でした」

お春は、多い毛を重さうに、かう顏をふり仰ぎました。

申分なく美しい縹緻ですが、何となく弱々しいうちに、肉體とは沒交渉に強い魂を持つて居さうな娘です。

「そんな一寸の間に、何處へもいらつしやる筈は御座いません。それから大騷動をして、町中を搜しましたが、何處にも見當らず、奉公人や、御近所の衆や、お出入りの人達が八方に手をわけて、一と晩寢ずに搜しても悉皆行方が解らないんです」

「――」

「若しや、神隱しにでも逢つたんぢやないかといふ方もありますが、神隱しなら三年五年經つて出て來ることもありますが、――あの、この節江戸中の騷ぎになつて居る、子さらひの手に掛つたら、何うしませう」

お霜は大きく眼を開いて、ゴクリと固唾を呑みました。忠義者には相違ないまでも、お春に比べると、何となく神經の鈍さうな女です。

「大事なことを訊かなかつたが、坊ちやんは幾つで、名は何と言ひなさるんだ」

「七つで御座いますよ。勇太郎樣と仰しやつて、それは/\お可愛らしいお子さんで御座いますよ」

お霜は自分の子の事でも言ふやうに誇らし氣でした。少し動物的かも知れませんが、兎に角、自分の育てた子を、此上もなく可愛がつて居ることは確かです。

「お霜さんは江戸に家があるんだらうね」

「へエ、大根畑(本郷新花町)に世帶を持つて居ましたが、亭主の文七がやくざで三年前に別れて了ひました」

「お春さんは?」

「木更津で御座います」

「兎に角、やつて見るとしよう。子さらひも、長崎や堺や、大阪から流行つて來たことで、江戸では品川寄と深川にあつただけだが、俺の繩張うちへ來ちや放つて置けまい。八、一緒に本町まで行つて見るか」

「へエ――」

平次とガラツ八は、お霜、お春の二人に案内されて、本町の石井平四郎の家まで行きました。金座の勘定役といふと、今の日本銀行の重役で、その住居、調度、奉公人の數など、目を驚かすばかりの豪勢さです。

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