Chapter 1 of 8

「親分、お願ひがあるんだが」

ガラツ八の八五郎は言ひ憎さうに、長い顎を撫でて居ります。

「又お小遣ひだらう、お安い御用みたいだが、たんとはねえよ」

錢形の平次はさう言ひ乍ら、立ち上がりました。

「親分、冗談ぢやない。又お靜さんの着物なんか剥いぢや殺生だ。――あわてちやいけねえ、今日は金が欲しくて來たんぢやありませんよ。金なら小判というものを、うんと持つて居ますぜ」

八五郎はこんな事を言ひ乍ら、泳ぐやうな手付きをしました。うつかり金の話をすると、お靜の髮の物までも曲げ兼ねない、錢形平次の氣性が、八五郎に取つては、嬉しいやうな悲しいやうな、まことに變てこなものだつたのです。

「馬鹿野郎、お前が膝つ小僧を隱してお辭儀をすると、何時もの事だから、又金の無心と早合點するぢやないか」

「へツ、勘辨しておくんなさい――今日は金ぢやねえ、ほんの少しばかり、智慧の方を貸して貰ひてえんで」

ガラツ八は掌の窪みで、額をピタリピタリと叩きます。

「何だ。智慧なら改まるに及ぶものか、小出しの口で間に合ふなら、うんと用意してあるよ」

「大きく出たね、親分」

「金ぢや大きな事が言へねえから、ホツとしたところさ。少しは附合つていゝ心持にさしてくれ」

「親分子分の間柄だ」

「馬鹿ツ、まるで掛合噺見たいな事を言やがる、手つ取り早く筋を申し上げな」

「親分の智慧を借りてえといふのが、外に待つて居るんで」

「誰方だい」

「大根畑の左官の伊之助親方を御存じでせう」

「うん――知つてるよ、あの酒の好きな、六十年配の」

「その伊之助親方の娘のお北さんなんで」

ガラツ八はさう言ひ乍ら、入口に待たして置いた、十八九の娘を招じ入れました。

「親分さん、お邪魔をいたします。――實は大變なことが出來ましたので、お力を拜借に參りましたが――」

お北はさう言ひ乍ら、淺黒いキリヽとした顏を擧げました。決して綺麗ではありませんが、氣性者らしいうちに愛嬌があつて地味な木綿の單衣も、こればかりは娘らしい赤い帶も、言ふに言はれぬ一種の魅力でした。

「大した手傳ひは出來ないが、一體どんな事があつたんだ、お北さん」

「他ぢや御座いませんが、私の弟の乙松といふのが、七日ばかり前から行方不明になりました」

「幾つなんで」

「五つになつたばかりですが、智慧の遲い方で何にも解りません」

「心當りは搜したんだらうな」

「それはもう、親類から遊び仲間の家まで、私一人で何遍も/\搜しましたが、此方から搜す時は何處へ隱れて居るのか、少しも解りません」

お北の言葉には、妙に絡んだところがあります。

「搜さない時は出て來るとでも言ふのかい」

「幽靈ぢやないかと思ひますが」

賢さうなお北も、そつと後を振り向きました。眞晝の明るい家の中には、もとより何の變つたこともあるわけはありません。

「幽靈?」

「昨夜、お勝手口の暗がりから、――そつと覗いて居りました」

「その弟さんが?」

「え」

「をかしな話だな、本物の弟さんぢやないのか」

「いえ、乙松はあんな樣子をして居る筈はありません。芝居へ出て來る先代萩の千松のやうに、袂の長い絹物の紋附を着て、頭も顏もお稚兒さんのやうに綺麗になつて居ましたが、不思議なことに、袴の裾はぼけて、足は見えませんでした」

お北は氣性者でも、迷信でこり固まつた江戸娘でした。かう言ふうちにも、何やら脅やかされるやうに襟をかき合せて、ぞつと肩を竦めます。

「そいつは氣の迷ひだらう――物は言はなかつたかい」

「言ひ度さうでしたが、何にも言はずに見えなくなつてしまひました」

「フーム」

平次もこれだけでは、智慧の小出しを使ひやうもありません。

「私はもう悲しくなつて、いきなり飛出さうとすると、父親が――あれは狐か狸だらう、乙松はあんな樣子をして居る筈はないから――つて無理に引止めました。一體これはどうしたことでせう、親分さん」

弟思ひらしいお北の顏は、言ひやうもない悲みと不安がありました。七日の間、相談する相手もなく、何彼と思ひ惱んだことでせう。

「お袋さんは?」

「去年の春五十八で亡くなりました。――それから父さんはお酒ばかり呑んで、乙松が行方不知になつても一向心配をする樣子もなく――江戸の眞ん中を『迷子の迷子の乙松やい』と鉦や太鼓で探して歩けるかい、馬鹿々々しい――なんて威張つてばかり居ります」

「父つあんの伊之助親方は、たしか六十を越した筈だし、お袋さんが五十八で去年亡くなつたとすると五つになる子があるのは少し變ぢやないか、お北さん」

「拾つた子なんです」

「さうか――それで親方は暢氣にして居るんだらう」

「でも、私が小さい時なんかとは比べものにならない程可愛がつて居ました。今度だつて口では強いことを言つても、お酒ばかり呑んで居るところを見ると、心の中では、どんなことを考へて居るか判りやしません」

お北の言葉で、次第に事件の輪廓が明かになつて行くやうです。

「その子の本當の親元は何處なんだい」

と平次、これは肝腎の問ひでした。

「それが解りません。五年前の夏、天神樣の門の外で拾つて來た――と言つて、白羽二重の産衣に包んで、生れたばかりの赤ん坊を抱いて來ましたが、赤ん坊に附いて居たお金は少しばかりではなかつた樣子で、あちこちの借など返したのを、私は子供心に覺えて居ります」

「伊之助親方は知つて居るだらうな――八、こいつは一向つまらない話らしいぜ、手前の智慧でも埒が明きさうだ、やつて見るがいゝ」

平次は默つて聽き入る八五郎を顧みます。

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