一
「親分、ちょいと逢ってお願いしたいという人があるんだが――」
ガラッ八の八五郎は膝っ小僧を揃えて神妙に申上げるのです。
「大層改まりゃがったな。金の工面と情事の橋渡しは御免だが、外のことなら大概のことは引受けるぜ」
平次は安直に居住いを直しました。粉煙草もお小遣も、お上の御用までが種切れになって、二三日張合いもなく生き延びている心持の平次だったのです。
「へッ、へッ、へッ、そんなに気障なんじゃありません。御用向きのことですよ」
「そんならいつまでも門口に立たせちゃ悪い。どんな人か知らないがこっちへ通すがいい」
「ヘエ――」
ガラッ八が心得て路地へ首を出すと、共同井戸のところに待機している、手頃の年増を一人呼んで来ました。
「親分が逢って下さるとよ。遠慮することはねえ、ズーッと入りな、ズーッと」
ガラッ八は両手で畳を掃くように、件の女を招じ入れました。渋い身扮と慎み深い様子をしておりますが、抜群のきりょうで前に坐られると、平次ほどの者も何かしら、ぞっとするものがあります。
年の頃は二十七八、どうかしたらもう少し老けているかも知れません。眉の長い、眼の深い、少し浅黒い素顔も、よく通った鼻筋もこればかりは紅を含んだような赤い唇も、あまり街では見かけたことのない種類の美しさです。
「銭形の親分さん、始めてお目にかかります。――私はあの、市ヶ谷御納戸町の宗方善五郎様の厄介になっている茂与と申すものでございます」
少し武家風の匂う折目の正しい挨拶を、平次は持て余し気味に月代を撫でました。
「で、どんな用事で来なすった」
煙草盆を引寄せて叺の粉煙草を捻りましたが、火皿に足りそうもないので、苦笑いに紛らせてポンと煙草入を投ります。
「外でもございません。私が厄介になっております、宗方家の主人善五郎様は、ゆうべ人手に掛って相果てました」
「殺されたと言いなさるのかい」
「ハイ、殺されたとなりますと、何かと後が面倒なので、御親類方が集まって、自害の体に拵え、たくさんのお金まで費って、証人の口を塞ぎました。明日お葬いを済ませば、死人に口なし、それっきりになってしまって、殺した人は蔭で笑っていることでございましょう」
「お前さんはそれが気に入らないというのかえ」
「宗方善五郎様は五十を越した御浪人ですが、元は立派な御武家でございます。御武家が死にようもあろうに首を吊って死んでは、お腰の物の手前末代までの恥でございます」
平次は尤もらしく手などを拱きました。首を縊るのが誉れであるはずはありませんが、それを末代までの恥にする、この人達の気持にも解らないところがあったのです。
「自分で首を吊るのが恥は解っているが、人に絞め殺されるのもあまり御武家の誉れではあるまいぜ」
「でも、御主人様はこの春から軽い中風で、お身体が不自由でした」
「中風で不自由な年寄りを絞め殺すような悪い野郎もあるのかな」
「あんまりな仕打ちに、我慢がなり兼ね、何かの証拠にもと、これを持って参りました」
お茂与という美しい年増は、帯の間から紙入を出して、その中から小さく畳んだ半紙を抜き、皺を伸ばして平次の方へ滑らせたのです。
「何だ、これは書置きじゃないか」
「ハイ」
一、書置のこと。拙者こと万一非業に相果候様のこと有之節は、屹度有峰杉之助を御詮議相成り度く為後日右書き遺し申候也。
月 日宗方善五郎 判御役人様 御中
平次は手に取って眺めて、その打ち顫う手跡の間から、不思議な強迫観念におののく宗方善五郎の恐怖を覗くような気がして、言いようのない不気味なものを感ずるのでした。
「これはどうしたのだ」
「宗方善五郎様が、生前そっと書き遺して、私に預けておいたのでございます」
「いつ頃のことだ」
「二た月ばかり前で――」
「こんなものを預かるお前さんは?」
「宗方家遠縁の者で、三年越し御厄介になっておりますが、どんな御縁か御主人様はことの外信用して下さいました」
お茂与はこう言って眉を落すのです。顔がくもると一入美しさが引立って、不思議な魅力が四方に薫じます。
「八、行ってみようか」
「有難い」
八五郎はもう掘っ立て尻になって平次の出動を待っていたのです。