Chapter 1 of 6

「八、久しく顏を見せなかつたな」

錢形の平次は縁側一パイの三文盆栽を片付けて、子分の八五郎の爲に座を作つてやり乍ら、煙草盆を引寄せて、甲斐性のない粉煙草をせゝるのでした。

「へエ、相濟みません。ツイ忙しかつたんで――」

「金儲けか、女出入か」

「からかつちやいけません」

「まさかあの案山子に魔が差したやうなのに凝つてゐるんぢやもるまいな」

「何んです、その案山子に魔がさしたてエのは」

「白ばつくれちやいけない、踊だよ。水本賀奈女とかいふのが、大變な評判ぢやないか。お前の伯母さんの近所に住み着いて、二年ばかりの間に町内の若い男をすつかり氣狂ひにしてしまつたといふ評判だぜ」

「へツ」

「變な聲だな、すつかり言ひ當てられたらう。――惡い事は言はないから、あれだけは止す方が宜いぜ。縮緬の手拭なんか持つて歩くと、野郎は段々縁遠くなるばかりだ」

「それですよ、親分」

「何がそれなんだ。眼の色を變へて膝なんか乘出しやがつて」

「その水本賀奈女師匠が、思案に餘つて錢形の親分さんにお願ひして、ちよつと伴れて來てくれと――」

ガラツ八の八五郎は、急に居住ひを直して、突き詰めた顏になるのです。

「御免蒙るよ、踊の師匠の用心棒は俺の柄にないことだ」

平次は自棄に煙管を叩くと、煙草の烟を拂ひ退けるやうに手を振るのでした。

「でも、水本賀奈女師匠が人に狙はれてゐるんですぜ。幾度も/\變なことがあつたんで――、怖くて叶はないから――」

「變なこともあるだらうよ。近頃は向柳原へ行くと、男達は皆んな魔がさしたやうにソハソハして居るつていふぢやないか」

平次はまるつ切り相手になりません。

「親分」

「もう澤山だ、歸つてくれ。――水本賀奈女にさう言ふが宜い、踊の師匠の看板を外して、紅白粉を洗ひ落し、疣尻卷にして賃仕事でも始めて見ろとな。世の中に怖いことがなくなるぜ」

ガラツ八はスゴスゴと歸つて行きました。まさに一言もない姿です。

併し、事件はこれを切つかけに、大變な發展をしてしまひました。それから三日目の夕方――。

「さア、大變ツ、親分」

息せき切つて飛込んだガラツ八。

「今日の大變は荒つぽいやうだな、何が始まつたんだ、八」

平次は相變らず驚く樣子もなく植木の芽から眼を外らさうともしません。

「師匠が絞め殺されたんですぜ、親分」

ガラツ八は少し喰ひ付きさうです。

「水本賀奈女がかい?」

「だから言はないこつちやない、あの時親分が行つて下されば――」

「怒るな八、殺されたのは氣の毒だが、岡つ引が十手を突つ張らかして、評判のよくない踊の師匠のところへ行けるか行けないか、考へて見ろ。一體どうしたんだ」

「可哀想ですよ、親分。――晝湯から歸つて來て、大肌脱ぎになつて化粧して居るところをやられたんだ」

「誰も居なかつたのか」

「内弟子のお秋は味噌漉しを下げて豆腐か何んか買ひに出かけた留守。――曲者は表の格子を開けて入つて、後ろから――、そのまゝ裏へ拔けた樣子で」

ガラツ八の話は手眞似が入ります。

「兎も角行つて見よう」

平次は立ち上がりました。

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