一
「親分、良い新造が来たでしょう、こう小股の切上った、白色で、ポチャ/\した」
「馬鹿野郎」
銭形平次は思わず一喝を食わせました。上り框から這い込むように、まだ朝の膳も片付かない茶の間を覗きながら八五郎は途方もないことを訊くのです。
「でも、あんな可愛らしいのはちょいと神田中にもありませんよ、あっしが知らない位だから。よっぽど遠くから来たに違えねえと思うんだが――」
「呆れた野郎だ、いきなり人の家へ飛込んで来やがって、お早ようとも言わずに――もっとも凄いか可愛いか知らないが、女が一人来るには来たがね」
「それね、路地を飛出した様子が、ひどくあわてていたから、親分のところへ来て、うんと脅かされたこととは思ったが――」
「待ってくれ、脅かしもどうもしないよ、姫糊を三文ほど買っただけなんだが――ありゃお前、七、八年前に還暦が過ぎた筈だぜ」
「誰です、それは」
「此辺をちょい/\歩く糊売の婆ァだよ」
「嫌になるなァ、あっしの言うのは、十八、九の、ポチャ/\した」
「わかったよ、色白で小股の切上った――というんだろう」
親分、子分の話は、何処まで行っても果てしがありません。
「その人なら、お勝手口へ来ましたよ」
隣の部屋から応えたのは、平次の女房のお静でした。
「何んだ、お前が承知して居たのか、それならそれと早く言えばいいのに」
「でも、何んにも言わずに帰ってしまったんですもの、私はびっくりして追っ掛けて見ましたが、八五郎さんが向うから路地へ入って来るのが見えたんで、あわてて戻ってしまいました。私まだ、変な格好をしているんでしょう」
朝の仕度がおくれて、お静はまだ髪も直さず、帯もよくは締めていなかったのです。
「仕様がねえなァ――本当に何んにも言わなかったのか」
平次は大きな舌打をしましたが、帯ひろどいて、若い娘を追っ掛けなかったお静のたしなみまでは小言も言えません。
「人の影が射したんで、覗いて見ると、戸袋の陰にしょんぼり立って居るんです、八さんの言う通り、それは可愛い娘でした。何んか御用? と訊くと、アノー、アノーとくり返して言うだけ」
「で?」
「水下駄を突っかけて側へ行こうとするといきなり逃げ出すんですもの、私はもう」
お静はやるせない胸を抱くのです。
「八の岡惚れの人別帳になくたって、それだけのきりょうなら、又めぐり逢わないものでもあるまいよ」
平次も苦笑いをする外はありません。
困り抜いたことがあって、若い娘が江戸一番の御用聞、銭形平次の知恵を借りに来たが、いざとなると言いそびれるか脅えるかして、あわてて逃げ出してしまった例は、今までの経験でも、二度や三度ではありません。
それを自分の手落ちにして、ひどく萎れているお静や、岡惚れ帳に書き入れ損ねて、がっかりして居る八五郎の顔を見ると、平次は歯痒ゆく馬鹿々々しく、そして腹立たしくさえ感ずるのでした。