Chapter 1 of 6

「親分、あつしの身體が匂やしませんか」

ガラツ八の八五郎が、入つて來ると、いきなり妙なことを言ふのです。

九月のよく晴れた日の夕方、植木の世話も一段落で、錢形平次は暫らくの閑日月を、粉煙草をせゝりながら、享樂して居る時でした。

「さてね、お前には腋臭が無かつた筈だし、感心に汗臭くもないやうだ、臭いと言へばお互ひに貧乏臭いが――」

平次は鼻をクン/\させながら、斯んな的の外れたことを言ふのです。

「嫌になるなア、そんな小汚い話ぢやなく、もつと良い匂ひがするでせう」

八五郎は素袷の薄寒さうな懷ろなどを叩いて見せるのでした。

「あの娘の移り香を嗅がせようといふのか、そいつは殺生だぜ、腹の滅つて居る時は、そんなのを嗅ぐと、虫がかぶつていけねえ」

「相變らず、口が惡いなア、そんなイヤな匂ひぢやありませんよ、お種人參と忍冬と茴香が匂はなきやならないわけなんだが」

「どこで、そんなものをクスねて來やがつたんだ」

「人聞きの惡いことを言はないで下さいよ。香ひの良い藥草を、一つ/\紙に包んで、綺麗な人から貰つたんですよ、それを紙入に入れて、内懷ろで温ためてあるんだが――」

「そんなものなら、髷節へ縛つて、鼻の先にブラ下げて歩くとよく匂ふぜ」

「叶はねえなア」

「ところで、それをくれた綺麗な人といふのは、何處の人間だえ」

「ザラの人間と一緒にするには、勿體ない位、良い女でしたよ、親分」

「眼の色變へて乘出すのは穩やかぢや無いぜ、お前に藥草の葉つぱをくれるんだから、いづれ場末の生藥屋の後家か何か」

「錢形の親分も、それは大きな見込違ひですよ、後家やおん婆ぢやありやしません、ピカ/\するやうな新造、つく/″\江戸は廣いと思ひましたよ、あんな良い娘が、世間の評判にもならずに、そつと隱れてゐるんだから」

「若くて眼鼻が揃つて居ると、皆んな良い女に見えるから、お前の鑑定は當てにならない」

「でも、板橋の加賀樣お下屋敷隣の御藥園の娘、お玉さんばかりは別ですよ、江戸中には隨分綺麗な娘もあるが、あんな後光の射すやうなのはありやしません、大したものですぜ」

「そんな女は、女房や情婦には向かないぜ、惡いことを言はねえから、あんまり近寄らない方がいゝぜ」

「なぜです?」

「ピカ/\後光が射して見ねえ、眩しくて口説もなるめえ」

錢形平次と子分の八五郎は、斯う言つた埒も無い掛合噺から、肝腎の話の筋を運んで行くのでした。

「まア、眞面目に聽いて下さいよ、親分。二三日前に、板橋の小峰凉庵先生のお藥園――百草園といふんですがね、そこから、友達傳ひに便りが來て、一度は錢形の親分に來て貰ひ度いが、いきなりさう言つてやつても、容易には來て下さるまいから、せめて一の子分の八五郎さんに瀬踏をして貰ひ度いといふ話で、瀧野川の御稻荷樣から辨天樣にお詣りする積りで、ちよいと寄道をして、覗いて來ましたがね」

八五郎の話は漸く本題に入りました。

「で、辨天樣は板橋の百草園に引越して、お前に有難い藥草を下すつたといふ筋か」

「先を潜つちやいけません、板橋の方は生きた辨天樣で、『ま、八五郎親分、よく來て下すつたわねエ』とにつこりした」

「とたんにお前はフラ/\になつた」

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